低用量アスピリンの常用は認知症リスクを低減しない [医学一般の話題]

低用量アスピリンの服用は、認知症、アルツハイマー病(Alzheimer disease;AD)、および軽度の認知障害(mild cognitive impairment; MCI)の発生率を抑制しなかったと報告されている。

本研究は、米国とオーストラリアにおける70歳以上の地域に住む個人(米国のマイノリティは65歳以上)で、心血管疾患、身体障害、認知症と診断された人、計19,114人の参加者を対象とした、二重盲検プラシーボ対照試験(ASPREE試験データの分析: Joanne Ryan, PhD, and Elsdon Storey, MB, DPhil, of Monash University in Melbourne, Australia, and co-authors.)。

参加者は、1:1-100 mg/日のアスピリンまたはプラシーボに無作為化。修正ミニ精神状態検査、改訂ホプキンス言語学習テスト、シンボル数字モダリティテスト、および制御された口頭単語協会テストを、ベースラインおよびフォローアップ後に評価。認知症はDSM-IV基準に従って診断。フォロー期間の中央値4.7年に964人がさらなる認知症と評価され、575例が認知症と診断、41%が臨床的にアルツハイマー病に分類。

すべての認知症リスクのハザード比は1.03(hazard ratio [HR], 1.03; 95% confidence interval [CI], 0.91–1.17)、ADの可能性0.96 (HR, 0.96; 95% CI, 0.74–1.24)、およびMCI 1.12(HR, 1.12; 95% CI, 0.92–1.37)で、いずれも、プラシーボとの差はなかった。

この研究は、健康な高齢者にとって、低用量アスピリンが認知症、可能性のあるAD、MCI、または認知機能低下の発生率を減少させることは無いことを示唆している。現時点で、認知症やアルツハイマー病の予防効果や改善効果のある薬剤は存在しない。

一方、低用量アスピリンの長期使用によって、女性の2型糖尿病患者では認知症のリスクが42%減少 (HR 0.58, 95% CI 0.36-0.95)したとする報告もある(Matsumoto C, 他, 2020)。尚、この研究結果では、男性患者では効果はなく、全体的な影響は有意ではなかった。

出典文献
Randomized placebo-controlled trial of the effects of aspirin on dementia and cognitive decline
Joanne Ryan, Elsdon Storey, Anne M. Murray, Robyn L. et al.,
Neurology 2020;DOI:10.1212/WNL.0000000000009277.

引用文献
Sex Difference in Effects of Low-Dose Aspirin on Prevention of Dementia in Patients With Type 2 Diabetes: A Long-term Follow-up Study of a Randomized Clinical Trial.
Matsumoto C, Ogawa H, Saito Y, Okada S, Soejima H, et al.,
Diabetes Care 2020 Feb; 43 (2): 314-320. https://doi.org/10.2337/dc19-1188

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イタリアにおけるCOVID-19患者の死亡率の特性 [医学一般の話題]

イタリア全体の症例死亡率の7.2%は、中国の2.3%(最近は1.4%と報告)に比べて大幅に高くなっている。この死亡率は、SARS-CoV-2(ウイルス名)陽性者数をSARS-CoV-2による死亡症例数で割った値と定義している。COVID-19症例は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する逆転写酵素-ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)試験により同定されている。

しかしながら、この死亡率の算出には注意すべき点がある。

イタリアにおける症例死亡統計量は、直接的な死因とは無関係に、RT-PCRを介してSARS-CoV-2陽性者で発生する関連死を定義することに基づいている。この方法は、COVID-19関連死の定義に関する明確な基準が未だ無いために選択されたもの。したがって、この方法でCOVID-19の死亡を定義したことによって、症例死亡率の過大評価をもたらした可能性がある。

イタリアで死亡したCOVID-19患者355人のサブサンプルでは、平均年齢は79.5歳(SD、8.1)、117人(30%)が虚血性心疾患、126人(35.5%)が糖尿病、72人(20.3%)が活動性癌、87人(24.5%)が心房細動、24人(6.8%)が認知症、34人(9.6%)が脳卒中の既往歴を有していた。既存疾患の平均数は2.7(SD、1.6)で、併存疾患が無かった患者はわずか3人(0.8%)のみであった。172人(48.5%)が3つ以上の基礎疾患を有していた。これらの併存疾患の存在は、COVID-19感染とは無関係に死亡リスクを高めている可能性がある。

イタリアの人口統計学的特徴として、他の国とは異なり高齢者が多いことが挙げられる。2019年時点で、イタリアの人口の約23%が65歳以上であり、COVID-19(限らないが)は高齢患者では致死的であるため、他の国と比較して死亡率を高くした可能性がある。

イタリアと中国の死亡率は0~69歳の年齢層では非常に似ているが、イタリアでは70歳以上の個人、特に80歳以上の死亡率が高い。この違いは説明が難しい。症例数の分布では、70歳以上のイタリアは37.6%、中国では11.9%に過ぎず、2カ国で大きく異なっている。イタリアの90歳以上の症例数は687例であり、この年齢層の死亡率は非常に高く22.7%。しかし、中国では90歳以上の症例に関するデータは報告されていない。WHO-China合同ミッションの報告書では、80歳以上の患者の死亡率は、中国は21.9%、イタリアでは20.2%と同程度となっている。

したがって、中国のそれに比べて、イタリアの全体的な高齢者分布は部分的には平均症例死亡率の高さを説明できるかもしれない。

3番目に考えられる説明として、SARS-CoV-2 RT-PCR試験で使用される各国の戦略の違いが死亡率の変動に影響している可能性がある。

流行の非常に初期段階で感染した可能性のある、症候性および無症候性接触の両方に対する広範な検査戦略の後、2月25日、イタリア保健省はより厳格な試験方針を勧告した。この後、COVID-19によって入院を必要とすると疑われた、より重篤な臨床症状を有する患者に対する検査を優先した。この試験戦略によって陽性症例が増加し、さらに、死亡率を増加させた(症例死亡率は2月24日の3.1%から3月17日の7.2%に変更)可能性がある。つまり、死亡率が低い、より軽度の症例は分母にカウントされなかった。

しかし、これらのデータは限られており、イタリアで文書化されたCOVID-19症例の最初の月から導き出されたもので、今後の患者数および死亡例の増加によって死亡率パターンが変更される可能性がある。

COVID-19は新規の疾患であるため、多くの国の協調による、患者の特徴と検査方針の透明で正確な報告に基づく継続的な監視が必要なことは言うまでもない。

追伸

しかしながら、敢えて言わせてもらえば、インド政府や日本の都知事などの警戒ぶりは異常に思える。

例えば、日本における肺炎による死亡者は昨年度で94,654人と、10万人近い人が死亡している。

つまり、一日平均259人もの人が通常の肺炎で亡くなっている。また、インフルエンザでも数千人、多い年では、1万人程度が亡くなっている。しかしこれまで、騒ぎになったことはない。一方、新型コロナウイルスによる死亡者は現時点で合計でも数十人に過ぎない。既に、知っている感染症でどれほど多くの人が死のうが誰も気にしないが、新型と聞くとそれだけでパニックになって大騒ぎになる。

出典文献
Case-Fatality Rate and Characteristics of Patients Dying in Relation to COVID-19 in Italy
Graziano Onder, Giovanni Rezza, Silvio Brusaferro,
JAMA. Published online March 23, 2020. doi:10.1001/jama.2020.4683

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中国武漢におけるCOVID-19の臨床的重症度 [医学一般の話題]

中国武漢で発生した感染症COVID-19は、2020年1月9日を以て、新型コロナウイルスSARS-CoV-2が原因ウイルスとして正式に特定。

中国の流行中心地である武漢(Wuhan)における新型コロナウイルス感染者の致死率は1.4%であると、Joseph Wu氏(香港大学University of Hong Kongの著名疫学者)が主導する研究グループによって報告された(Nature Medicine)。この数値は、WHOが発表した推定致死率よりもかなり低い値であるが、むしろ妥当だろう。さらに、PCR検査の信頼性の低さや、感染が確認された患者が軽度より重度の症状を示した可能性などから推定すれば、実際の致死率はもっと大幅に低いと予想される。

さらに、旅行者データから予測された症例数から推測した死亡率と武漢における死亡率を使用してモデルをパラメータ化したことを考えると、武漢以外の人には一般化できない。実際、これまでのところ、武漢の死亡率は中国本土の他のすべての都市よりもはるかに高くなっている。現在、無症候性の未診断感染者の人数が未知の要因の1つとなっており、これらの無症候性または臨床的に非常に軽度の症例が症候性死亡リスク(sCFR)の推定値に入らないため、感染死亡リスクは症候性死亡リスク(sCFR)よりも低くなる。

メルケル首相は、「国民の60%から70%が新型コロナウイルスに感染する可能性がある」と示唆したようだ。しかし、これは新型コロナに対して全く免疫を持っていないという仮定に基づいている。この推測の背景として。感染者がその感染症に対する免疫をもたない集団に入ったとき、感染性期間に直接感染させる平均の人数を「基本再生産数」と呼び、新型コロナもインフルエンザやSARSと同様に、基本再生産数は2~3と言われている。計算では、基本再生産数が3であれば、集団免疫による感染拡大停止までに67%が感染することになることを根拠として述べたものと思われる。

しかし、2009年にパンデミック化した新型インフルエンザでも、国民の6~7割が感染するようなことはなかった。多くの人が、何らかの形で免疫をもっていると考えられる。さらに、感染から回復して免疫を得た人々が「免疫の壁」となって感染拡大を抑制する力となる。

念のため補足すれば、60歳以上の感染者が症状を示した場合の致死率は、35~59歳の患者に比べて約5.1倍高く、29歳以下の感染者では0.6倍とのこと。しかし、これも極めて自然のことであり、取り立てて騒ぐことでも特殊なことでもない。

但し、新型コロナウイルスによる肺炎の特徴として、両側の肺が炎症を起こすため呼吸ができなくなることが患者にとってつらく、人口呼吸器が必要になるなど治療上やっかいと言える。

それでも、一般論としては、驚異の程度で考えるならば通常のインフルエンザと同等と捉えるべきで、かつてのペストやスペイン風邪のように、世界中が怯えてパニックになるような感染症ではないと思われる。因みに、20世紀最悪のパンデミックとされるスペイン風邪では、世界中で2000万人~4500万人が死亡し、日本国内でも約45万人が死亡した。無論、個人にとっては自らの命こそ唯一無二であり、かけがえの無いものであるからこそ恐怖することは心情として当然だが。

しかしながら、「パンデミック」と宣言された以上、今更、封鎖することに意味があるとは考えられない。

緩和措置の最も重要な目標は、流行曲線を「平坦化」して医療サービスのピーク需要を減らし、より良い治療法を開発するための時間を稼ぐこと。

出典文献
Estimating clinical severity of COVID-19 from the transmission dynamics in Wuhan, China
Joseph T. Wu, Kathy Leung, Mary Bushman, Nishant Kishore, et al.,
Nature Medicine (2020)

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