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駆出率保存型心不全の原因としての肥満 [PERSPECTIVE]

心不全は心ポンプ機能障害を基盤とし、神経体液因子の活性化、運動耐容能低下、不整脈、生命予後不良を主徴とする症候群であると定義されています。通常、心ポンプ機能障害は心収縮力の低下と考えがちですが、必ずしもそうではなく、拡張機能障害による心不全も存在します。

実際、心不全患者の半数以上が心臓のポンプ機能が正常であるにもかかわら発症します。しかし、日常診療では拡張機能を正確に評価することは、必ずしも容易ではないため、便宜上、このような病態を「収縮機能の保たれた心不全“Heart Failure with Preserved Ejection Fraction”,略名“HFpEF”」と呼んでいます。

息切れ、労作不耐症、疲労、むくみなどの症状に加え、この種の心不全に罹患しているほとんどの患者 (80%以上の患者) が過体重または肥満も抱えています。最近では、これらの患者において、肥満は単なる併存疾患であるだけではなく、この種の心不全を発症する根本的な原因である可能性が示唆されています。

つまり、肥満こそが原因であると考えられています。

従来、心臓専門医は心不全の患者を診たとき、心臓が問題の主な原因であると考えてしまうように慣らされてきました。しかし、そもそも肥満は複数の臓器系に影響を与える全身性疾患であり、心臓もその 1つに過ぎず肥満という全身性疾患の一部です。

医師が通常行う治療は下流への影響に対処することです。 たとえば、うっ血に対する治療薬は短期間は効果がありますが、肥満という根本的な問題に対処していないため、常に悪化し続けます。 睡眠時無呼吸症候群や心房細動なども同様です。下流への影響は治療しますが、根本原因には対処していません。つまり、最近まで、根本的な原因に対処するためのツールをあまり持っていませんでした。拡張不全の病態の評価は収縮不全に比べて難しく、治療法についてはまだ確立されていないのが現状です。

肥満の有病率が急速に増加すると、このタイプの心不全の有病率も増加することが明らかになってきました。 肥満と重要な器官内の脂肪組織の蓄積が、この種の心不全の発症と進行の最大の予測因子であることが実証されつつあります。

心臓、腎臓、肝臓などの内臓周囲の脂肪組織が増えると炎症も増加し、心臓の線維化や瘢痕組織の形成などの構造変化を引き起こします。また、脂肪や脂肪組織が増加すると血液量と血漿量が増加してうっ血し、高血圧を悪化させて心筋の肥厚を引き起こします。

最近、有意な体重減少をもたらす薬剤が出現しました。特定の国の96の臨床試験施設において、529人の患者を対象とした大規模な世界的臨床試験が実施され、多くの患者の体重が大幅に減少して心不全の症状が劇的に改善しました。

セマグルチドで治療を受けた患者は、心不全関連の症状と身体的制限が大幅に改善して運動機能が大幅に改善し、炎症が大幅に軽減されました。観察された改善は、このタイプの心不全に対するこれまでの薬物療法の中で最大でした。

セマグルチド(Semaglutide)は、2型糖尿病の治療および長期的な体重管理(減量薬)に使用される、ノボノルディスクが開発したGLP-1受容体作動薬です。商品名は、オゼンピック(注射薬)、リベルサス(経口薬)。この薬剤は、ヒト型グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)と同様に、インスリン分泌を増加させて糖代謝を高める作用があります。

インスリンの分泌を増やすために、SU(スルホニル尿素)薬で膵臓のβ細胞を刺激し続けているとその機能が低下してしまいます。しかし、このインクレチン関連薬は必要時しかインスリン分泌を刺激しないので、β細胞への負担が少なく、さらに、動物実験の段階ではβ細胞を増やす作用もあるようです。

心臓専門医は現在、駆出率保存型心不全(HFpEF)が肥満によって引き起こされる可能性があることを認識しています。「治療の意図」のこのエピソードは、肥満治療が HFpEF を予防できるという新しいパラダイムへの移行の始まりです。肥満の合併症に対処するには、肥満そのものを治療する必要があり、これは、共存条件としての肥満から、これらすべての合併症の根本原因として、治療介入の主要なターゲットとしての肥満への非常に重要な議論の変化です。

追伸

日米欧の3つの心不全学会によって、昨年合同で提唱された心不全の国際定義(universal definition)では、「器質的または機能的な心臓の異常を原因とする症候を呈し、Na利尿ペプチド上昇または肺・体うっ血の客観的エビデンスが認められる臨床症候群」とされています。

さらに追伸
セマグルチド (Ozempic、Wegovy) やチルゼパチド (Mounjaro) などの注射剤による体重減少は永遠に続くものではなく、平均1年強で「プラトー」に達します。これは、新しい GLP-1 受容体作動薬であっても同様です。

それは当然のことで、降圧剤を飲んでもさらに低血圧になることはなく、糖尿病薬で血糖値が無制限に低下することもありません。我々の体は、進化的に極端な状況から守られるようにできています。

臨床試験では、セマグルチド2.4mg/週で、60週目あたりから体重は徐々に減少し、体重の約10%から15%が減少しました。また、血圧とHBA1cに対するセマグルチドの効果はさらに早く頭打ちになったようです。

出典文献
Obesity and Heart Failure
N Engl J Med 2023; 389:e15
DOI: 10.1056/NEJMp2307349

引用文献
The GLP-1 Agonist Plateau No One's Talking About
— Weight stabilization is no surprise to specialists, but for patients it's more complicated
by Sophie Putka, Enterprise & Investigative Writer, MedPage Today September 22, 2023

間違った腰痛治療を見直そうと警鐘 [PERSPECTIVE]

全米科学アカデミーのワークショップにおいて、何人もの科学者が腰痛を治療するためのアプローチについて即時の行動を求めました。彼らは、臨床医に対してすでに明らかになっている証拠を診療において実装するよう求めました。

腰痛診療が過度に医療化され、非常に問題を悪化させているという事実と、臨床医が現在の証拠と治療の推奨事項に従うためのインセンティブの必要性を訴えています(Christine Goertz, DC, PhD, ノースカロライナ州ダーラムのデューク臨床研究所の筋骨格研究教授、デューク大学整形外科部門の脊椎健康イノベーション実施の副議長。)

一般的に使用される治療アプローチは、利益よりも害をもたらすことがよくあります。処方薬は、特定の状況で一部の患者には短期間の痛みの緩和につながる可能性はありますが、持続性はなく、全体的にはリスクの方が高く効果は認められません。さらに、オピオイドによる死亡や、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)は腸管出血発生率に相関し、心筋梗塞の発生率を高くします。

コルチコステロイド注射、オピオイド、およびNSAIDsは、急性疼痛から慢性疼痛に移行する患者の数を増加させている可能性があります。さらに、MRIは転帰を悪化させる可能性があり、手術はほとんどの場合に必要ないことを患者に伝えるべきです。

American College of Physiciansopens in a new tab or window (ACP)は、腰痛の管理に関する非常に収束的な支持的証拠に裏打ちされた包括的なガイドラインを発表しました。その推奨される第一選択治療には、運動、教育、セルフケアオプション、脊椎マニピュレーション、鍼治療、マッサージなどの非薬理学的アプローチが含まれています。特に、臨床医が処方薬を試す前に、腰痛に対する非薬理学的治療を検討するよう求めています。

問題は、臨床医たちが証拠に従っていないことです。既知のベストプラクティスが広く実装されるには複数の障壁があります。医療制度は、特にそのような変化が彼らの利益にならない場合には改善されません。また、プライマリケア医は、医学部で非薬理学的治療について学んでいない可能性があり、痛みの明確な説明の欠如と、患者からの鎮痛剤の要望、さらには、手術を最上級の治療法とする認識に便乗します。

さらに、既存の支払いポリシーと腰痛のベストプラクティスとの間には大きな隔たりがあります。民間および公的保険会社は、処方薬、コルチコステロイド注射、および手術に対しては強力な償還を提供しますが、対照的に、鍼治療、マッサージなどのガイドラインに準拠した治療の適用に対しては大きな制限を設けることがよくあります。

しかし、ポリシーはガイドラインの推奨事項に合わせて変更できます。一部の医療制度や保険会社は正しい方向に進んでいます。デューク大学ヘルスシステムは、脊椎健康プログラムを腰痛の患者に調整したガイドライン一致のケアを提供します。ユナイテッド ヘルスケアは、腰痛のためにカイロプラクターまたは理学療法士を最初に受診したメンバーに対して、自己負担金を請求しません。また、メディケアは最近、鍼治療の補償を提供し始めました。

Christine Goertz, DC, PhD,opens in a new tab or window is a professor in musculoskeletal research at the Duke Clinical Research Institute n Durham, North Carolina, vice chair for Implementation of Spine Health Innovations in the Department of Orthopaedic Surgery at Duke University, and core faculty at the Duke Margolis Center for Health Policy.

引用文献
We're Treating Low Back Pain All Wrong
— Let's reexamine the current approach to treatment
by Christine Goertz, DC, PhD
MEDPAGETODAY, April 14, 2023

鉄過剰による組織障害から見た瀉血療法 [PERSPECTIVE]

 鉄は生物にとって必須の金属ですが、同時に、“鉄の過剰”による組織傷害が多くの疾患の発症に関与していることが分かってきています。鉄の蓄積によって発症・増悪する多くの疾患と、医学的な“瀉血療法”と鍼灸における“瀉血”について少し考えてみます。

 鉄は遷移金属であり、Fe²+とFe³+を遷移して電子を受け渡します。この性質が、酸化還元反応を促進させる酵素の活性中心として最適な元素になっています。
 赤血球中の血色素であるヘモグロビンやミオグロビンは、その活性中心である鉄に酸素分子を結合させて運搬します。また、カタラーゼやチトクロームなどの酵素の補因子でもあります。従って、好気的生物にとって必須の金属です。しかしながら、この性質が活性酸素発生の触媒として働き、活性酸素・フリーラジカルを産生(フェントン反応)します。酸素は生命にとって両刃の剣であり、非常に優れたエネルギー産生物質である一方で、活性酸素を生じて細胞自身を傷害します。

 ヒトの体内における鉄代謝は、1日1~2mgの食物からの吸収に対し、消化管粘膜や皮膚の脱落による同程度の消失とによってバランスが保たれています。鉄は重要な元素であるため、体内には積極的な排泄機構が存在しません。仮に、輸血しますと、1単位当たり100mgの鉄が体内に取り込まれます。従いまして、輸血を続ければ用意に過剰に蓄積されます。鉄は血清中ではトランスフェリンと結合しますが、飽和度が上昇しますと、毒性のあるNTBI(non-transferrin boundiron; トランスフェリン非結合鉄)となって様々な臓器障害を引き起こします。

 C型慢性肝炎の際の肝臓への鉄の蓄積と、継続的な瀉血療法によって炎症症状が改善することは、一般的にも知られる様になりました。しかしながら、鉄の蓄積と臓器障害は肝臓だけに生じるものではありません。
 
 鉄の蓄積によって、肝臓では線維化から肝硬変、癌へと進行します。この他にも、脳、心臓、腎臓、肺、膵臓、内分泌臓器など多くの臓器に蓄積して障害します。その結果、癌、心筋症、心不全、動脈硬化、糖尿病、下垂体機能不全、甲状腺機能不全、悪性中皮腫(アスベストによることは知られていますが、特に、クロルシドライト、アモサイトは鉄を約30%含有しており、鉄が発症に関与しています)などを引き起こします。さらに最近では、細菌・ウイルス感染、肥満、生活習慣病、アルコール摂取など、様々な因子が鉄による傷害を悪化させることも明らかになってきました。

 少しショッキングな研究があります。
 末梢動脈疾患の患者について、6ヶ月に1回瀉血を行って鉄を減少させた群と対照群に分け、約5年間追跡調査したところ、瀉血群は癌の発生が35%減少しました。さらに、癌発生患者の死亡率では、瀉血群は対照群に比べて60%減少しました。

Zacharski LR, Chow BK, Howes PS, et al. : Decreased cancer risk after iron reduction in patients with peripheral arterial disease : results from a randomaized trial. J Natl Cancer Inst 2008 ; 100:996-1002. 

 この研究での癌のトップ3は、肺がん、大腸がん、前立腺がんでした。体内の鉄貯蔵が癌の発症と予後に深く関わっていることを示しています。

 従いまして、鉄の過剰はあらゆる疾患に関わると言っても過言ではありません。以前は、幸いにして、日本人には遺伝的なヘモクロマトーシスは殆どいませんでしたので、鉄欠乏性貧血のことだけを考えていても良かったのです。…が。そのことが、鉄は与えれば良いという誤った認識をもたせてしまったと言えます。

 先述した、「瀉血療法」が保険適応にもなっている、C型慢性肝炎に対する治療法をもう少し説明しますと。この治療法は、当時名古屋大学におられた林久男先生が考案したものです。 インターフェロンが無効な患者に対し、瀉血を続けて若干の貧血状態を維持することで、ウイルスは除去されなくても肝機能は改善します。肝障害の原因となっている、肝臓に蓄積した鉄を瀉血によって減少させる方法で、世界的にも検証されています。また、非アルコール性脂肪性肝炎も鉄沈着が多く、鉄が関与しています。

 “瀉血”と聞けば、医学が未発達であった大昔の、「忌まわしき治療」として嫌悪感を抱く医師も多いものと思われます。また、多くの鍼灸師も、その行為は「医師法違反」として敬遠するものと思われます。医学的に行われる、大量の出血を伴う「瀉血」と、鍼灸が行う僅かな量の出血の「刺絡」を同質の行為と見なすか否かについては、本稿で議論するつもりはありません。

 しかしながら一言だけ言わせてもらいますと、2000年以上の歴史と経験に基づく治療法を、外科処置の範疇であるとの理由だけで、その価値を精査せず一方的に奪う権利があるのでしょうか。「医師である」というだけで、彼らにのみ全てが許されるのは大いに疑問です。

 臨床的には、極めて少量の出血によって著効を示す炎症性疾患は多く、適応を正しく行えば有効な治療法と言えます。これらの現象は、炎症局所の鉄の量的問題のみではなく、他にもメカニズムがあるように思われ、医学的研究の価値は十分あるものと思われます。
 
 鍼灸における、「刺絡・瀉血」の効果は医師の殆どが知らないものと思われます。医学的な研究による検証を行い、その臨床的価値の評価と方法論の確率が望まれます。さらにその上で、医師並びに法務省は鍼灸師の行為として認めるべき部分は認める。鍼灸師側も、自らの権利として主張すべき点をはっきりと言うべきであると思うのですが。

 
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