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手術中の過剰な酸素投与は腎臓、心筋、および肺損傷発生率の増加に関連する [生体にとって酸素とは]

手術中の超生理学的酸素投与が術後の腎臓、心臓、および肺損傷の低下と関連するかを調べた外科患者の大規模で多様なコホートにおいて、酸素曝露の増加は腎臓、心臓、および肺の有害な転帰に関連していたと報告されている。

今でも、エビデンスも不明なまま過剰な酸素が投与されていることや、今頃、このような研究が行われているのかと呆れてしまうのだが、、、。さらに、この雑誌は、世界四大医学雑誌の1つである「BMJ ; イギリス医師会雑誌」なのだ。

さらに呆れるのは、手術中の酸素投与を導くには、臓器損傷と患者中心の結果に対する小さいながらも臨床的に有意な影響を検出するための大規模な臨床試験が必要だと述べている。

デザインは、Multicenter Perioperative Outcomes Group のデータ レジストリに参加している全米の 42 の医療センターにおける観察コホート研究。対象は、2016 年 1 月から 2018 年 11 月の間に全身麻酔および気管内挿管による 120分以上の外科的処置を受けて入院した成人患者535, 085人の適格な患者のうちの、除外基準適用後の350,647人(年齢中央値 59 歳 四分位範囲 46-69 歳)で、3839 人の麻酔科医で構成されていた。

介入は、超生理学的酸素投与。ヘモグロビン酸素飽和度が 92% を超えていた数分間の空気中の吸入酸素 (21%) の割合の曲線下面積として定義。主要エンドポイントは、Kidney Disease Improving Global Outcomes 基準を使用して定義された急性腎障害、手術後 72 時間以内に血清トロポニンが 0.04 ng/mL を超える心筋障害、国際分類の病院退院診断コードを使用して定義された肺障害。

手術は、350, 647 人の患者のうち 24, 602 人 (7.1%) で、術前血清ヘモグロビンおよびクレアチニン濃度の中央値は、それぞれ 13.2 g/dL (四分位範囲 11.8 ~ 14.3 g/dL) および 0.86 mg/dL (0.71 ~ 1.03 mg/dL) 。

糖尿病は 350, 647 例中 45, 614 例 (13.0%)、高血圧は 350, 647 例中 148,370 例 (42.3%)、慢性腎臓病は350, 647 例中 29, 645 例 (8.5%)、末期腎疾患は 350,647 例中 6,091 例の患者 (1.7%)。 手術は、350, 647 人の患者のうち 24,602 人 (7.1%) 。 コホートの術前血清ヘモグロビンおよびクレアチニン濃度の中央値は、それぞれ 13.2g/dL (四分位範囲 11.8 ~ 14.3 g/dL) および 0.86 mg/dL (0.71 ~ 1.03 mg/dL) 。 手術時間の中央値は 205 分 (四分位範囲 158 ~ 279 分) で、350, 647 人の患者のうち 148, 388 人 (47.4%; 表 1) で少なくとも 1 回の低血圧のエピソードが認められた。

AKI は 297, 554 例中 19, 207 例 (6.5%)、320, 527 例中 8972 例 (2.8%)、肺損傷は 312 ,161 例中 13,789 例 (4.4%)、脳卒中は312,161 例中 3,298 例 (1.1%) で確認。

309,929 人の患者のうち 2,468 人 (0.8%) が手術後 30 日以内に死亡。 AKI、心筋損傷、肺損傷はそれぞれ、入院期間の延長と30日死亡率の増加に関連。

超生理学的酸素投与は、共変量として含まれるすべての要因とは無関係に術後 AKI発症と関連していた。AUCFIO2 の 75th centile の患者は、25th centileの患者よりも AKI のオッズが 26% 高かった (odds ratio 1.26, 95% confidence interval 1.22 to 1.30; fig 2, upper panel; P<0.001)。

超生理学的酸素投与は、肺損傷と関連していた。 AUCFIO2 の 75th centile の患者は、25th centileの患者よりも肺損傷のオッズが14% 高かった(odds ratio 1.14, 1.12 to 1.16; fig 2, lower panel; P<0.001)。

全身麻酔を受けている患者の 80% 以上がエビデンスも無いまま、正常な血中酸素レベルを維持するのに必要な量を超える酸素投与に曝されていると推定されている。術中における吸気酸素の割合 (FIO2) に関するベストプラクティス戦略が不明のままに。

手術中の低酸素血症の結果と高酸素血症の推定安全性により、酸素補給の投与が麻酔の基本的な構成要素となり、FIO2を高めることで手術中の患者に利点をもたらすと考えられてきた。その利点として、周術期の動脈および組織の酸素圧を高めることによる虚血性組織損傷の減少、手術部位感染のリスク低下、および吻合部位の治癒の改善などが含まれている。

しかし、これらの利点は酸素不足の状態に限られる。医師は、生物学の基本的な知識を忘れているのだろうか。

このような考えには、生体内部における酸素は「有毒物質」であるという認識が欠如している。我々は、呼吸によって酸素を取り込んで生きている「好気的生物」であるため、酸素が有毒物質と言われても信じがたいと思われる。古代の地球上には酸素は存在しておらず、嫌気的生物が繁栄していた。やがて、光合成植物の出現によって大気中に酸素が出現し数億年かけて増加した。嫌気的生物にとって、大気汚染物質である酸素の増加は正に危機的状態であった。しかし、生物はこの状況を逆手にとって、有害な酸素を除去すると同時にこれを利用して効率的にATPを作り出すシステムを作り出した。その方法はミトコンドリアとの共生であった。

しかし、体の内部の細胞は好気的になる以前の嫌気的なままであるため、酸素は猛毒であり、存在して良い部位と濃度は厳格に制御されている。酸素は、主にミトコンドリアに運ばれて内的呼吸の化学反応に使われる。酸素は、生物にとって「生きるための電池」と言えるATPを合成する化学反応の最終段階において、電子を受け取って処分する役目を担っている。

しかし、この酸素が生体内組織にとっては有害である事実は何も変わっていないことを認識すべきなのだ。過剰に投与すれば生体組織を損傷することは自明の理であろう。

医療の現場では、過剰な酸素療法の有害性が認識されず、ICUなどにおいても患者はhyperoxemic状態に長時間曝されている。
このブログの「酸素療法の妄想 [生体にとって酸素とは;2016-10-08 13:47 ]」に紹介。

出典文献
Oxygen administration during surgery and postoperative organ injury: observational cohort study
David R McIlroy, Matthew S Shotwell, Marcos G Lopez, Michelle T Vaughn, et al.
BMJ 2022; 379 doi: https://doi.org/10.1136/bmj-2022-070941 (Published 30 November 2022)
Cite this as: BMJ 2022;379:e070941

低酸素環境によって成体マウスの心筋細胞が再生する [生体にとって酸素とは]

吸入する酸素の濃度を徐々に低下させることで、成体の心筋細胞におけるミトコンドリアの代謝や活性酸素の減少につながり、心筋細胞の増殖が誘導されて損傷からの機能回復をもたらすことが報告されている。

これらの回復には毛細血管の拡張や冠側副血行の発達が伴っており、これが心筋の変性を抑制して心機能の改善をもたらしたものと推測されている。

新しく増殖した心筋細胞の細胞系譜を追跡したところ、幹細胞などに由来するのではなく、新生仔と同様に既存の心筋細胞から増殖していることが確認されている。以上の結果から、低酸素の環境におかれることにより内在性の心筋細胞の再生能が活性化されることが判明した。この研究により、低酸素療法が心筋症の治療に有効である可能性が示唆された。

従来は、心筋細胞は細胞周期を永久に停止していると考えられ、再生はしないものと考えられてきた。しかし、最近では、哺乳類の成体の心筋細胞も再び細胞周期に復帰できるという考えが支持されている。

一般的に、心臓における酸素の欠乏は心筋症のおもな原因となっており、心筋細胞の再生のために酸素濃度を低下させるとする考えは受け入れがたいものと思われる。しかし、この研究では、酸素濃度を低下させることが、心筋細胞のミトコンドリアにおける代謝や活性酸素を減少させて心筋細胞を再生させることが確認された。

具体的な吸入方法
低酸素ショックを避けるため、吸入する酸素濃度を1日1%ずつ低下させ、酸素濃度が7%に達したところでこのまま2週間維持。その後、1日2%ずつ酸素濃度を上昇させて環境中の濃度である20.9%に到達。
詳細は下記論文を参照。

私は以前から、医師の酸素に対する妄想を指摘してきたが、この研究も、この考えを支持するものと言える。

但し、誤解の無いよう付け加えると、高等動物の体細胞はそれぞれが分化した機能を営んでおり、そのエネルギー源である酸素を有機呼吸による代謝系に頼っているのは事実である。さらに、一般的に信じられている「フリーラジカル老化説」には根拠が無い。

むしろ、抗酸化物質のサプリメントを大量に摂取すると早死するリスクが高く成る。

フリーラジカルのリークは呼吸の副産物ではなく、意図的なシグナルであり。呼吸鎖複合体の数を増やし、ミトコンドリア内部で呼吸を最適化して呼吸能力を高めている。これまでの研究の問題点は、細胞に対して大気濃度の酸素に曝して行っており、体内における濃度をはるかに上回る条件にあった。生体とフリーラジカルとの関係は複雑であり単純には言えないが、「抗酸化物質は決して寿命を延ばしたり、病気を予防したりはしない。」ことだけは確かだ。

出典文献
ライフサイエンス 新着論文レビュー
低酸素の環境による成体のマウスにおける心臓の再生

2016年12月13日

中田祐二・Hesham A. Sadek
(米国Texas大学Southwestern Medical Center,Department of Internal Medicine)
email:中田祐二
DOI: 10.7875/first.author.2016.121
Hypoxia induces heart regeneration in adult mice.
Yuji Nakada, Diana C. Canseco, SuWannee Thet, Salim Abdisalaam, Aroumougame Asaithamby, Celio X Santos, Ajay Shah, Hua Zhang, James E. Faber, Michael T. Kinter, Luke I. Szweda, Chao Xing, Ralph Deberardinis, Orhan Oz, Zhigang Lu, Cheng Cheng Zhang, Wataru Kimura, Hesham A. Sadek
Nature, DOI: 10.1038/nature20173

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酸素療法の妄想 [生体にとって酸素とは]

医療の現場では過剰な酸素療法の有害性が認識されず、ICUなどにおいて、患者はhyperoxemic状態に長時間曝されています(1.-3.)。

イタリアのモデナ大学病院を含む一般外科病院のICUにおける、72時間以上滞在した患者を対象にしたオープンラベル無作為化臨床試験(2010年 3月~2012 年 10 月)の結果、従来の酸素療法は抑制的な酸素療法に比べて死亡率が高くなりました。

合計434名の患者 (平均 64 歳、女性188名 [43.3%])、抑制的酸素療法群 (n = 216)および従来の酸素療法群 (n = 218) 。

介入
抑制的酸素療法群(conservative group):
Pao2 ; 70~100 mm Hg, オキシヘモグロビン飽和度 (Sao2); 94% ~98%

従来の酸素療法群(conventional control group):
Pao2 ; 150 mm Hg, Sao2; 97%~100%

死亡した患者は、抑制的酸素療法群では25例(11.6%)、従来の酸素療法群44例 (20.2%)。リスク比は0.57(relative risk [RR], 0.57 [95% CI, 0.37-0.90]; P=0.01)、絶対リスク低下 [ARR] 0.086(95% CI, 0.017-0.150)。

血液中の酸素濃度を高くし過ぎると死亡率も高くなります。つまり、高濃度酸素負荷を避けながら適切な酸素濃度を保つことが重要です。 これは、ごく当然のことであると思われます。

但し、この研究は、患者登録の都合で早期の段階で中止されています。

急性低酸素血症は重症の入院患者ではしばしば発生し、通常は、吸気中の酸素の補給によって改善します。しかし、現状では、Pao2およびSao2の明確な基準値がなく、無批判的に酸素投与が行われています。その結果もたらされる肺毒性として、間質性線維症、無気肺、気管気管支炎、酸素中毒、酸素誘発末梢血管収などが生じます(4.5.)。

また、st上昇型心筋梗塞の患者では、酸素療法によって心筋傷害を高める可能性があり、心筋梗塞サイズの増加にも関連付けられています(6.)。

このような「酸素の有害性」は、生物学の基本的な知識があれば理解できることですが、医師の多くには、酸素への妄想があるようです。酸素は我々のような好気的生物にとって必須の物質であり、普通に空気を吸って生きています。しかし一方、体内は嫌気的環境であり、酸素分子は有毒な物質です。強力な酸化剤である酸素分子はそれ自身で有害ですが、酸素によって発生する活性酸素はさらに強力な酸化剤であり危険な分子です(殺菌や神経伝達物質としてなど、様々に利用されてもいますが)。

かつて地球上に繁栄していた嫌気的生物は、シアノバクテリアが産生した猛毒の酸素が地球上に増加したため危機に陥りました。その結果、生物はこの危険な酸素を除去しながら、効率的にATPを産生する方法である酸素呼吸を編み出しました。これが好気的生物です。

我々にとって、酸素分子の主な必要性とは、ミトコンドリアにおける酸素呼吸の代謝経路において、有機物から奪って使い終えた電子の最終的な捨て場なのです。この基本を認識すべきですが、、。

出典文献
Massimo Girardis, Stefano Busani, et al.,
Effect of Conservative vs Conventional Oxygen Therapy on Mortality Among Patients in an Intensive Care Unit
The Oxygen-ICU Randomized Clinical Trial.
JAMA. Published online October 5, 2016. doi:10.1001/jama.2016.11993

1.
Kallstrom TJ; American Association for Respiratory Care (AARC). AARC clinical practice guideline: oxygen therapy for adults in the acute care facility 2002 revision and update. Respir Care. 2002;47(6):717-720.
PubMed

2.
O’Driscoll BR, Howard LS, Davison AG; British Thoracic Society. Emergency oxygen use in adult patients: concise guidance. Clin Med (Lond). 2011;11(4):372-375. doi:10.7861/clinmedicine.11-4-372
PubMed|Article

3.
Martin DS, Grocott MP. Oxygen therapy in critical illness: precise control of arterial oxygenation and permissive hypoxemia. Crit Care Med. 2013;41(2):423-432.
PubMed|Article

4.
Davis WB, Rennard SI, Bitterman PB, Crystal RG. Pulmonary oxygen toxicity: early reversible changes in human alveolar structures induced by hyperoxia. N Engl J Med. 1983;309(15):878-883.
PubMed|Article

5.
Crapo JD. Morphologic changes in pulmonary oxygen toxicity. Annu Rev Physiol. 1986;48:721-731.

6.
Stub D, Smith K, Bernard S, et al; AVOID Investigators. Air versus oxygen in ST-segment-elevation myocardial infarction. Circulation. 2015;131(24):2143-2150.

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急性心筋梗塞患者への酸素療法はむしろ有害と報告 [生体にとって酸素とは]

急性心筋梗塞患者において、クレアチニンキナーゼレベルによって推定した梗塞サイズは、通常の酸素飽和度(幾何平均ピーク比1.26, P=0.01)に比べて高い者ではより大きく、むしろ有害となる可能性が指摘されています。

6ヶ月後に、心臓MRIによって測定された梗塞サイズの中央値は、20.3対13.1g(P=0.04)で、僅かですが酸素療法で高くなっています。著者は、差は無いと記していますが統計的には有意です。

AVOID試験では、臨床的エンドポイントに差は見られませんが。

心筋梗塞の再発は5.5% 対 0.9%(P<0.01)、不整脈も40.4% 対 31.4%(P=0.05)と、何れも、酸素療法で高くなりました。

治療学書を見ますと、全ての心筋梗塞症例に対して、先ず、酸素投与することが推奨されていますが、低酸素状態にない者にまで酸素を投与することに意味は無く、むしろ有害であり、医師の妄想と言えます。

低酸素血症の非存在下では、酸素療法によって利益を得ることはないはずです。その行為は、冠状動脈の血流を減少させる冠状血管抵抗を増大させ、再灌流傷害を引き起こすことは基礎科学からの証拠が示しています。

我々は酸素に囲まれ、これを吸い込んで生きていますので、その酸素が体内の組織にとっては極めて毒性が高い物質であることを知っている人は、極めて少数であると思われます。

好気的生物にとって酸素は必須の物質ですが、それはミトコンドリアによるATPの産生に必要だからです。しかし本来は、身体内は嫌気的環境になっており、酸素が存在して良い組織や状況はごく限られています。肺包気あるいは動脈血中の酸素濃度および分圧は、それぞれ16%、100mmHgですが、毛細血管では6%、40mmHg、細胞レベルでは10mmHgまで低下します。体内の酸素濃度は、代謝異常を来さぬように極めて厳格にコントロールされています。それは、酸素が必須の物質であると同時に、生体内においては極めて毒性が高い物質だからです。

さらに、最近は、生体内における酸素の多彩な機能が解ってきています。

出典
AHA: Extra Oxygen No Help in Acute MIPublished: Nov 20, 2014
By Crystal Phend, Senior Staff Writer, MedPage Today
Reviewed by Zalman S. Agus, MD; Emeritus Professor, Perelman School of Medicine at the University of Pennsylvania

Primary source: American Heart Association
Source reference: Stub D, et al "A randomized controlled trial of oxygen therapy in acute ST-segment elevation myocardial infarction: The Air Versus Oxygen in Myocardial Infarction (AVOID) Study" AHA 2014.

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