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鍼治療は慢性萎縮性胃炎患者の血清差次的発現タンパク質を調節する [鍼灸関連研究報告から]

鍼治療は、慢性萎縮性胃炎(CAG)の発生と進行に相関する、アクチン結合タンパク質とNotchシグナル伝達経路関連タンパク質を調節して治療に寄与する可能性があると報告されている(2021.6.14.)。
*鍼刺激によるノッチシグナル(Notch signaling)への作用について、以前から文献を探しているが期待するような報告が見つからない。少し前の文献であることと、要約のみであるため、参考程度ではあるが紹介したい。

この報告は、CAG患者の血清中の差次的に発現するタンパク質(DEP)を特定し、CAGにおける鍼治療のメカニズムを調査している。

健康なボランティア(HC)8人、慢性非栄養性胃炎(NAG)患者8人、CAG患者8人、および鍼治療(CAG + ACU)を受けたCAG患者8人から末梢血清を収集した後、タンパク質の同定と定量のためにiTRAQ試薬で標識。二次元液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(2D-LC-MS / MS)。代表的なDEPはバイオインフォマティクスによって選択され、タンパク質は酵素免疫測定法(ELISA)によって検証。

816の非冗長タンパク質に対応する、合計4,448のユニークなペプチドが同定された。 HCグループと比較して、DEPがCAGおよびNAGグループからそれぞれ75および106識別された。CAGグループと比較して、NAGグループとCAG + ACUグループからそれぞれ110と66のDEPが特定された。

DEPは主にタンパク質結合とNotchシグナル伝達経路関連タンパク質に関与し、アップレギュレートされたタンパク質にはアクチン結合タンパク質(チモシンベータ-4、トロポミオシン-4、プロフィリン-1、トランスゲリン-2)が含まれ、一方、ダウンレギュレーションされたタンパク質にはNotch2とNotch3が含まれていた。鍼治療後、CAG患者におけるこれらのタンパク質の発現は健康な人々におけるそれと似通っていた。

前述した6つのタンパク質のレベルはELISAによって検証され、結果はiTRAQ分析の結果と同様であった。

出典文献
Acupuncture Regulates Serum Differentially Expressed Proteins in Patients with Chronic Atrophic Gastritis: A Quantitative iTRAQ Proteomics Study
Feng Li , Bai Yang , Yanan, et al.
Evidence-based Complementary and Alternative Medicine : eCAM
Publication date (Electronic): 14 June 2021
Publisher: Hindawi

Notchシグナルは、今から100年以上前(1913年)に、翅に切り込みが入った一匹の雌のショウジョウバエが発見された事が端緒となった。一見、非常にシンプルな隣接細胞間のコミュニケ-ション手段の1つであるNotchシグナル経路は、発生過程において様々な細胞種の分化を制御して、発生、再生などの生命現象や、先天疾患、代謝性疾患、癌などの疾患の発症や進行に関与することが示唆されている。鍼刺激によるNotchシグナルへの作用について、今後注目していきたい。

経皮的耳介迷走神経刺激によるうつ病の治療 [鍼灸関連研究報告から]

経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS)は、うつ病患者の不安、遅滞、睡眠障害、絶望症状を大幅に軽減する。

頸部迷走神経刺激療法(VNS)は、2005年に慢性治療抵抗性うつ病の治療法として、米国食品医薬品局(FDA)によって承認された。 しかし、外科的リスク、技術的課題、および潜在的な副作用により適用が制限されている。

このような障壁を克服するために、非侵襲性の経皮的迷走神経刺激(tVNS)法が開発された。現在、tVNSを適用する主な方法として、1つは、GammaCoreなどの特別に設計されたデバイスを使用して頸神経に表面的に刺激を加えることであり、もう1つは耳に刺激を与えること。

耳のtVNSの理論的根拠は、耳の領域の特定の部分(耳甲介および後耳の下半分)に求心性VNが分布することを示す、解剖学的研究に基づいている。

これまでの研究によって、taVNSが扁桃体-背外側前頭前野の接続性を大幅に増加させることが確認されており、これはうつ病の重症度の軽減に関連している。taVNSは、デフォルトモードネットワーク、エグゼクティブネットワーク、感情回路や報酬回路に関与するネットワークなど、さまざまなニューラルネットワークのアクティビティと接続性を大幅に調整することが示唆されている。しかし、taVNSと免疫系の中枢/末梢機能状態との関係、および脳の神経回路の変化はまだ十分には解明されていない。

大うつ病性障害(MDD)は、無快感症、エネルギー低下、反芻、認知障害、植物症状、および自殺傾向を特徴とする。taVNSは、特に、MDDの残存症状の治療に頻繁に使用されている(1.)

MDDに対する一般的な代替治療法は、抗うつ薬、心理療法、認知行動療法、脳深部刺激療法、電気けいれん療法、および反復経頭蓋磁気刺激療法などである。しかし、抗うつ薬の奏効率は満足のいくものではなく、最大35%の患者が再発性で治療に耐性を示す。このような事実を考慮して、迷走神経刺激(VNS)は、18歳以上の難治性MDD患者に対する補助的な長期治療として、2005年に米国食品医薬品局(FDA)によって承認された。VNSには抗炎症効果が実証されており、これが抗うつ薬に反応しなかった患者における有効性の重要な理由である可能性がある(2.3.)。

しかしこのアプローチは、外科的合併症、呼吸困難、咽頭炎、喉頭の痛みと引き締め、声の緊張などの潜在的な副作用によって制限されている。迷走神経の耳介枝は、アルダーマン神経またはアーノルド神経としても知られ、外耳を神経支配しており、耳介鍼の有効性とその抗うつメカニズムはVNSで見られるものと関連している可能性がある。taVNSの間欠的および慢性的な刺激は、偽のtaVNSグループで得られたスコアと比較して、ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)スコアを大幅に改善できるという証拠がある(4.)。

taVNSの背後にある理論は、迷走神経が脾臓、腸、脳における炎症との関係において重要な役割を果たすとする仮定に基づいている。 taVNSは、抗うつ効果を媒介する脳領域(扁桃体、腹側線条体、背側線条体、腹内側前頭前野など)と、脾臓神経につながる腸との関係を調節するマイクロバイオーム-脳-腸軸に関連しており、これが炎症を軽減すると考えられている(5.6.)。

2つのメタ分析により、腫瘍壊死因子-α(TNF-α)、インターロイキン(IL)-6、IL-1、C反応​​性タンパク質(CRP)などの炎症性サイトカインのレベルがうつ病中に増加することが示されている(7.8.)。最近のレビューの結果、免疫炎症経路の活性化がモノアミン作動性およびグルタミン酸作動性神経伝達に影響を及ぼし、少なくとも一部のMDDの病因に寄与する可能性がある。

自然免疫の活性化と炎症は、炎症マーカーが上昇したうつ病患者のサブグループで病態生理学的メカニズムを構成することが報告されている(9.)。血漿CRPの増加は、腹側線条体、海馬傍回、扁桃体、眼窩前頭皮質、島、後帯状皮質(PCC)を含む、広く分布するネットワークにおける機能的接続性の低下や血漿と大脳脊髄液のCRPとも関連する。

50人の、無投薬MDD外来患者における基底核グルタメートの化学シフトイメージング測定を用いた研究では、免疫調節不全または慢性炎症が寛解した再発性のMDDに存在する可能性があると推測されている(10.)。同様に、他の著者は、taVNS治療の根底にあるメカニズムが神経炎症性感作の持続的な阻害に関連している可能性があることを指摘している。但し、MDDの炎症誘発性神経調節不全に関連する、taVNSベースのバイオシグネチャーはこれまで十分に特徴付けられていない。

MDDに関与する脳領域は2つの要素に関連付けられている。それは、背側前頭葉、背側帯状皮質、下頭頂皮質、および後帯状皮質を含む注意認知コンポーネントで、2つのコンポーネントの間は大脳基底核と視床位置して密接に連絡している。迷走神経の耳枝(ABVN)が孤束核(NTS)に突出し、青斑核、傍小脳脚核、視床下部、視床、扁桃体、海馬、前帯状皮質(ACC)、前部島、および外側前帯状皮質など、他の脳領域とさらに接続している(11.)。 したがって、VNは、うつ病に関連する皮質-大脳辺縁系-視床-線条体の神経回路に直接および間接的に接続してこれらの領域の活動に影響を与える。

最近、微生物との相互作用がヒトの恒常性を維持する上で重要であることが示唆されてる。(76–79)腸内細菌叢は、神経、内分泌、および免疫経路を介して中枢神経系と相互作用することにより、脳の機能、気分、および行動に影響を与える。特に、マイクロバイオータは、ストレス反応や、うつ病や不安などのストレス関連行動の調節に重要であることが示されている(12.13.)。

VNが胃腸系、免疫系、内分泌系を大幅に調節できることはよく知られており、マイクロバイオーム-脳-腸軸を調整することによってうつ病の治療に寄与する可能性がある

また、うつ病の神経原性理論(14)に基づくと、うつ病は成人の海馬神経新生の障害に起因し、成人の海馬神経新生の促進が回復につながる。VNSは海馬の神経新生を刺激することがうつ病治療の別のメカニズムを提供する可能性がある。例えば、VNSは、海馬細胞の増殖を調節できるセロトニンやノルエピネフリンなどの神経伝達物質の伝達を変化させる可能性がある。したがって、taVNSは、海馬の神経新生を調節することにより、うつ病の症状を緩和する可能性がある。

刺激する場所と刺激する方法

神経解剖学研究では、VNの耳枝は主に、耳甲介(外耳道を含む)と後耳の下半分に分布していることを示している。したがって、これらの領域はtaVNSのターゲットになるはずだが、神経分岐は個人間で変動し、その領域には他の神経分岐があることから、異なる個人間で一貫してVNを刺激することは依然として課題となっている。

内耳珠、外耳道の下後壁、耳甲介舟、および耳たぶ(VN分布のない対照位置)で25Hzの刺激によって引き起こされるfMRI信号の変化を比較した結果、内側の耳珠と耳甲介舟への刺激が、対照(耳たぶ)と比較して、孤束核(NTS)とLCで有意に大きく活性化した。さらなるROI分析では、耳甲介舟を刺激するだけで、コントロールの場所を刺激するよりも、NTSとLCの両方で有意に強い活性化が生じることが示された。

これらの結果は、VN神経支配を伴う耳の異なる位置でtaVNSが異なる脳経路を調節する可能性があり、それが異なる調節効果に関連している可能性があることを示している。脳の領域とさまざまな耳の領域との関連を体系的に調査するには、さらに多くの研究が必要となる。

刺激の頻度と強度は両方ともtaVNSの重要なパラメータであり、異なる刺激周波数が異なる脳の変化と神経伝達物質の放出を引き起こす可能性があることが示唆されている。動物実験(15.)では、発作抑制の持続時間で測定した場合、20HzのtaVNSの抗てんかん効果が2および100Hzの抗てんかん効果よりも有意に長い。また、薬剤耐性てんかんのtaVNS治療に関する最近の研究(16)では、1Hzグループと比較して、25Hzグループの患者の発作頻度が有意に減少した。しかし、片頭痛患者に関する別の研究(17.)では、1HzのtaVNSが25HzのtaVNSよりも大きく改善した。すなわち、最適な刺激周波数は障害に応じて変化する可能性があることを示唆している。

経皮的耳介迷走神経刺激は、非常に安全で忍容性の高い治療法である。報告されている軽度/中等度の副作用は、耳鳴りまたは耳鳴りの悪化、および刺激中または刺激後の痛み、知覚異常、そう痒など、何れも、刺激部位での局所的な問題である。

興味深いことに、両側乳様突起にtaVNSを行うと他と比較してより深刻な副作用が発生する。 Trevizolの研究(18.)では、合計12人の患者のうち、10人の患者が刺激後に軽度から中等度の日中の眠気を報告し、6人が投薬を必要としない軽度から中等度の緊張性頭痛を報告し、4人が軽度から中等度の悪心を報告した。 これは、両側刺激中に脳全体を流れる電流が原因である可能性があると推測されており、両側乳様突起に対するtaVNSの副作用についてはさらなる研究が必要となる。

現在、経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS)は、大うつ病性障害(MDD)に苦しむ患者のための比較的非侵襲的な代替治療として期待されている。

さらに、経皮的耳介迷走神経刺激は耳介鍼を理解する手段となり得る。うつ病に使用される耳の経穴はVN分布の領域にある。したがって、耳鍼とtaVNSは同様の理論と同様の治療手順によって実行される。また、耳鍼の鎮痛効果もVNの刺激によって説明される可能性がある。

出典文献
Treating Depression with Transcutaneous Auricular Vagus Nerve Stimulation: State of the Art and Future Perspectives
Jian Kong, Jiliang Fang, Joel Park, Shaoyuan Li,Peijing Rong,
Front Psychiatry. 2018; 9: 20. Published online 2018 Feb 5. doi: 10.3389/fpsyt.2018.00020

Neural networks and the anti-inflammatory effect of transcutaneous auricular vagus nerve stimulation in depression
Chun-Hong Liu, Ming-Hao Yang, Guang-Zhong Zhang, Xiao-Xu Wang, et, al.
Journal of Neuroinflammation volume 17, Article number: 54 (2020)

二次文献
1.
Badran BW, Yu AB, Adair D, Mappin G, DeVries WH, Jenkins DD, et al. Laboratory administration of transcutaneous auricular vagus nerve stimulation (taVNS): technique, targeting, and considerations. J Vis Exp. 2019;143. https://doi.org/10.3791/58984.

2.
Drobisz D, Damborská A. Deep brain stimulation targets for treating depression. Behav Brain Res. 2019;359:266–73.

3.
Carreno FR, Frazer A. Vagal nerve stimulation for treatment-resistant depression. Neurotherapeutics. 2017;14(3):716–27.

4.
Rong P, Liu J, Wang L, Liu R, Fang J, Zhao J, et al. Effect of transcutaneous auricular vagus nerve stimulation on major depressive disorder: a nonrandomized controlled pilot study. J Affect Disord. 2016;195:172–9.

5.
Drevets WC, Bogers W, Raichle ME. Functional anatomical correlates of antidepressant drug treatment assessed using PET measures of regional glucose metabolism. Eur Neuropsychopharmacol. 2002;12:527–44.

6.
Han W, Tellez LA, Perkins MH, Perez IO, Qu T, Ferreira J, et al. A neural circuit for gut-induced reward. Cell. 2018;175:665–78.

7.
Hiles SA, Baker AL, de Malmanche T, Attia J. A meta-analysis of differences in IL-6 and IL-10 between people with and without depression: exploring the causes of heterogeneity. Brain Behav Immun. 2012;26:1180–8.

8.
Köhler CA, Freitas TH, Maes M, de Andrade NQ, Liu CS, Fernandes BS, et al. Peripheral cytokine and chemokine alterations in depression: a meta-analysis of 82 studies. Acta Psychiatr Scand. 2017;135:373–87.

9.
Miller AH, Haroon E, Felger JC. Therapeutic implications of brain-immune interactions: treatment in translation. Neuropsychopharmacology. 2017;42:334–59.

10.
Liu CH, Zhang GZ, Li B, Li M, Woelfer M, Walter M, et al. Role of inflammation in depression relapse. J Neuroinflammation. 2019;16:90.

11.
Beekwilder JP, Beems T. Overview of the clinical applications of vagus nerve stimulation. J Clin Neurophysiol (2010) 27(2):130–8.10.1097/WNP.0b013e3181d64d8a

12.
Cryan JF, Dinan TG. Mind-altering microorganisms: the impact of the gut microbiota on brain and behaviour. Nat Rev Neurosci (2012) 13(10):701–12.10.1038/nrn3346

13.Galland L. The gut microbiome and the brain. J Med Food (2014) 17(12):1261–72.10.1089/jmf.2014.7000

14.
Miller BR, Hen R. The current state of the neurogenic theory of depression and anxiety. Curr Opin Neurobiol (2015) 30:51–8.10.1016/j.conb.2014.08.012

15.
Wang XY, Shang HY, He W, Shi H, Jing XH, Zhu B. [Effects of transcutaneous electrostimulation of auricular concha at different stimulating frequencies and duration on acute seizures in epilepsy rats]. Zhen Ci Yan Jiu (2012) 37(6):447–52.

16.
Bauer S, Baier H, Baumgartner C, Bohlmann K, Fauser S, Graf W, et al. Transcutaneous vagus nerve stimulation (tVNS) for treatment of drug-resistant epilepsy: a randomized, double-blind clinical trial (cMPsE02). Brain Stimul (2016) 9(3):356–63.10.1016/j.brs.2015.11.003

17.
Straube A, Ellrich J, Eren O, Blum B, Ruscheweyh R. Treatment of chronic migraine with transcutaneous stimulation of the auricular branch of the vagal nerve (auricular t-VNS): a randomized, monocentric clinical trial. J Headache Pain (2015) 16:543.10.1186/s10194-015-0543-3

18.
Trevizol AP, Shiozawa P, Taiar I, Soares A, Gomes JS, Barros MD, et al. Transcutaneous vagus nerve stimulation (taVNS) for major depressive disorder: an open label proof-of-concept trial. Brain Stimul (2016) 9(3):453–4.10.1016/j.brs.2016.02.001

鍼治療は反復性片頭痛の予防に有効と報告されているが [鍼灸関連研究報告から]

マニュアル鍼治療は、前兆(閃輝暗点)のない反復性片頭痛の予防において、偽(sham)鍼治療や通常治療に比べて片頭痛の発現日数や発作回数を抑制したと報告されている(中国・華中科技大学のShabei Xu氏ら)。

この報告は鍼灸師としては歓迎すべきだが、個人的には大いに不満がある。

第一点として、この種の医学研究では毎度のことだが、結論として、「予防薬の使用に消極的な患者や予防薬が効果がない場合の治療として、将来のガイドラインで考慮すべきである。」と述べられている。

効果があるとしながら、その対象として「従来の治療に抵抗する症例に鍼でもやってみれば」と、言っているのだ。おまえ達がお手上げの患者に対して鍼治療に効果があったのならば、その優位性は明らかであり、優れた治療法として素直に認めるべきだ。

昔から、このやり方なのだ。医学的治療で効果がなかった患者を対象にして鍼治療を試み、明確な効果が認められないと、鍼治療には効果が無いと結論づける。極めて「unfair」なのである。同じ土俵の上で比較
してこそ、その効果や治療法の優越性が明白となる。

第二点は、教科書に示された経穴の位置に、触診による反応など何も確かめることもなく、おまけに、刺激の加え方などの手技も考慮することなく単純に刺している。これこそが、従来の鍼治療における医学研究に見られる重大な欠陥である。何も考えず、教科書に記された経穴に刺してこれを伝統的鍼治療と呼び、研究手法が「randomised」であればそれだけで質の高い研究として評価される。しかし、これでは根本的に鍼治療になってはいない。

さらに、極めて個人的な意見を言うと。私は、ほとんどの場合、「教科書的な経穴」を治療には用いないし、そのような固定された特定のポイントの存在は否定している。

経穴は教科書的な固定されたポイントではなく、それは、特に何らかの不調がある時に反応が出現し易い領域であり、この部位の病的状態がさらに不調を助長すると同時に、この部位の異常を緩和することで臓器の変調も軽減できるような、特異な“regio”または“area”と呼ぶべき存在である。さらに言えば、このような特異な領域は経絡理論とは無縁で、医学的に予想できる部位である。この意味においても、経絡理論は無用であり全くのナンセンスと言える(詳細は、私のブログの記事を参照されたい)。

尚、私は、片頭痛の治療穴としてこの文献に記された経穴のほとんどを使用していない。経絡理論とは全く異なる、独自の部位(regio)を触診によって確認し使用している。

一応、報告内容を簡単に記すと。
 
研究デザインは、“randomised, controlled clinical trial”で、対象となった患者は150人(平均年齢36.5歳, SD 11.4, 女性123人;82%)。介入は、 真の鍼治療ポイント(20)プラス通常のケアとマニュアル鍼治療, 非経穴部位への偽鍼治療プラス通常のケア, および単独で通常のケアの3群に分類して8週間実施。

平均片頭痛の減少は、13~16週において、マニュアル鍼治療群で3.5 (SD 2.5) 偽鍼治療群では2.4 (3.4) (adjusted difference −1.4, 95% confidence interval −2.4 to −0.3; P=0.005)。

同様に、17 ~20週では、3.9 (3.0)versus 2.2 (3.2)(adjusted difference −2.1, −2.9 to −1.2; P<0.001)。

発作回数の減少は、2.3 (1.7)versus 1.6 (2.5)(adjusted difference −1.0, −1.5 to −0.5; P<0.001)。

何れも、重篤な有害事象は報告されていない。

しかし、統計的には有意とは言え、臨床的に意義がある差と言えるものではない。私の臨床経験と比較して、随分と効果が低いように思われる。やはり、治療法に大きな問題があると言いたい。

出典文献
Manual acupuncture versus sham acupuncture and usual care for prophylaxis of episodic migraine without aura: multicentre, randomised clinical trial
Shabei Xu, Lingling Yu, Xiang Luo, et al.,
BMJ 2020; 368 doi: https://doi.org/10.1136/bmj.m697 (Published 25 March 2020)

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経穴領域コラーゲン線維の抗炎症における鍼治療の堤・插操作の役割 [鍼灸関連研究報告から]

“Lifting and Thrusting Manipulation堤插操作”を伴う鍼治療は操作無しの治療と比べ、エンドトキシンの注射によって誘発された血清IL-1β、TNF-αおよびIL-6のレベル増加を有意に阻害し、抗炎症性サイトカインであるIL-4を上昇させた。また、ウサギ耳静脈に注射した細菌エンドトキシンによる発熱を低下させた。

堤插操作群および操作無し鍼群の直腸温度上昇率は、モデル化後2時間、4時間および6時間でグループ鍼治療無し群よりも有意に低く(P <0.01)、堤插操作群は操作無し鍼群よりも低率であった(P <0.05)。 鍼治療がエンドトキシンによる発熱を有意に明白かつ迅速に抑制することが示唆され、その効果は鍼治療後4時間でも有意であった。

経穴領域におけるコラーゲン線維の形態学的特徴として、光顕微鏡下では、コラーゲン線維が規則的な方向に束状に配列されて線維が巻き付いていることが見出された。 堤插操作によって、コラーゲン線維の表面はわずかに荒く捻れ、部分的に折れていた。経穴(Quchi:曲池)部位へのコラゲナーゼ前処理後、筋の組織構造が乱され、破壊されたコラーゲン線維と混合し、赤血球が間質腔に放出されて血管も損傷した。

経穴部位へのコラゲナーゼの注射によって局所コラーゲン線維を破壊すると、血清IL-4レベルは鍼治療無し群と比較して有意差はなく(P> 0.05)、操作無し鍼群との比較でも有意差はなかった(P> 0.05)。したがって、鍼治療部位のコラーゲン線維が鍼治療の機械的刺激の受容において重要である可能性が示唆された。

介入は、6種類のグループに分けられている。

偽手術グループ(N)
両側の「曲池:Quchi」にの生理食塩水(50μL)を注射し、30分後にエンドトキシン注射または鍼治療を施さずにウサギの耳静脈に1mL / kgの用量で生理食塩水を注射した。

モデルグループ(M)
両側の曲池に生理食塩水(50μL)を注射し、30分後に細菌内毒素3μg/mLを1mL / kgの用量でウサギの耳の静脈に注射して、治療無しの発熱モデルとした。

操作群なしの鍼(W)
モデル群と同様のプロトコールに従い、モデリングの1.5時間後に両手の曲池に操作無しの鍼治療を施した。

鍼治療グループ(A)
モデル群と同じプロトコールに従い、モデリングの1.5時間後に両側の曲池に堤插操作を伴う鍼治療を適用した。

コラゲナーゼ前処理グループ(JM)
両側の曲池50μLの2mg / mLのI型コラゲナーゼを注射してコラーゲン線維を破壊し、30分後に細菌内毒素3μg/ mLを1mL / kgの用量で注射して、鍼治療はせずに発熱モデルを確立した。

コラゲナーゼ前処理+鍼治療グループ(JA)
JMグループと同じプロトコールに従い、モデリングの1.5時間後に両側曲池に堤插操作を伴う鍼治療を施した。

NZWウサギを使用し、曲池穴に対して、直径0.25mm×25mmの細針を約10mmの深さに刺し、30分間で抜去した。

堤插操作は、振幅約2mm、周波数60サイクル/分で、挿入後10分および20分後に30秒間持続した。

鍼治療は、一人の熟練した鍼灸師が行った。 鍼治療の操作は自作チューブを使用して振幅を制御し、メトロノームを使用して周波数を制御した。

本研究は、鍼治療手技の機械的操作による効果の違いと、経穴領域におけるコラーゲン線維の関与を調べたもので、「Evid Based Complement Alternat Med.2017.4」に掲載されている。

この雑誌は鍼灸師も読んでおり、1年以上前の報告であることから、既に知っている方も多いと思われる。私は「代替医療」というこの雑誌のタイトルが嫌いでほとんど読まないため、最近まで知らなかった。検索中に偶然見つけ、その中に、私が考案した刺法の作用機序を考える上で参考になる部分があったので、今更と言われそうだが書き留めることにした。実験結果の詳しいデータは、全文が読めるので原著を参照されたい。

出典文献
Role of Acupoint Area Collagen Fibers in Anti-Inflammation of Acupuncture Lifting and Thrusting Manipulation
Fan Wang, Guang-wei Cui, Le Kuai, Jian-min Xu, Ting-ting Zhang, et al.,
Evid Based Complement Alternat Med.2017.4
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ベル麻痺への鍼治療はステロイドよりも優れていた [鍼灸関連研究報告から]

特発性末梢性顔面神経麻痺(Bell's Palsy)患者119名を対象に、ステロイド群(53例)、鍼治療群(28例)、および対照群(38例)に分けたランダム化比較試験の結果、全体の改善(グレード3以上)は、ステロイド群で86.9%、鍼治療群で96.4%、対照群で89.5%で、鍼治療群が最も高かった。さらに、4週間後に改善した患者の数も鍼治療群で最も多かった(2009年の文献だが)。

但し、研究者の結論では、3群における回復の程度と回復速度の差は統計的に有意ではなかったとし、同等であったと記されている。その理由として、373人の患者のうち適格者が119人のみであり、サンプルサイズが小さかったことにある。その原因は、割り当てられたグループを維持できなかったことや、フォローアップへの参加の不履行であった。

しかし、初期グレードの不均一な分布を考慮すると、鍼治療は最も優れていた可能性は高い。患者の重症度分布で比較すると、対照群は(軽度3級以下)が65.8%であったのに対し、鍼治療群では32.2%、ステロイド群では41.5%であった。すなわち、軽度患者が対照群は鍼治療群の約2倍であり、ステロイド群も10%弱高い。したがって、鍼治療群と他のグループとの差は、実際にはより大きなものであった可能性が高い。

本症は、一般的に予後良好で、未治療でも70%が完治すると言われているが、対照群が89.5%と高い。その要因として、初期グレードの不均一な分布が影響したものと推測される。因みに40点法で22点以上ならば100%が治癒するものの、全体の13%程度が回復が不完全であったり、異常連合運動(synkinesia:口輪筋の随意運動で眼輪筋収縮が起きる、開口や咀嚼で眼瞼が挙上するMurcus Gunn症候群や食事をすると涙がでる、ワニの涙症候群など)の障害が起きる。

別の1件の研究でも、130人のベル麻痺患者において、プレドニゾロン、血管拡張薬(ベンダゾール)およびビタミンBよりも鍼治療が優れていたと報告されている(1)。但し、鍼治療の費用がより高価であり、単純には推奨されないとも記されている。また、Liらは、480名の患者の試験で、鍼治療はプレドニゾンよりも優れていたと報告している(2)。

1回の治療コースは週3回の治療セッションで構成され、手技刺激で得気を誘導後20分間留鍼。電気刺激は使用しなかった。回復しない場合は3ヶ月まで治療を続けた。治療ポイントは、Quanliao乳根(SI18)、Sibai四白(ST2)、Dicang地倉(ST4)、Jiache頬車(ST6)、Yangbai陽白(GB14)、Hegu合谷(LI4)、Yifeng翳風(TE17)。

尚、私見として、電気鍼を使用しなかったことは賢明であったと言いたい。電気刺激は上記の異常連合運動の発症を助長する。

ベル麻痺の原因については依然として議論の余地はあるが、約8割が水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)、および単純ヘルペスウイルス1(HSV-1)の再活性化(膝神経節に潜伏)であると言われている。その他では、ムンプスウイルス、麻疹ウイルス、EBウイルス、インフルエンザウイルスなどが原因となる。一般的には、ステロイドの投与によって顔面神経の浮腫を改善し、顔面神経管内における絞扼による神経変性を防ぐことが治療の中心となっている。しかし、その有効性についての評価は必ずしも一定していない。

当院を受診した患者の中には、自分が顔面神経麻痺であることに気づいておらず、私が鏡を見せて指摘すると、「これは鍼治療をしている場合ではないか。」と言い、その後来院しなくなる人もいる。信頼度では医師に遠くおよばないことは承知しているが、、。個人的には、本症に対する鍼治療の効果は高いと感じている。しかし、特に、軽症例では著効を示すものの、自然治癒との比較検証は困難である。

出典文献
A prospective randomised controlled study on efficacies of acupuncture and steroid in treatment of idiopathic peripheral facial paralysis Free .
Fu Man Tong1, Shun Kit Chow, Patrick Yiu Bong Chan, Alex Kam Wah Wong, et al.,
Acupunct Med 2009;27:169–73.
http://dx.doi.org/10.1136/aim.2009.000638

1.
Liu Min, Comparison of acupuncture and drug treatment for 130 patients with facial palsy. J Clin Acupunct 1996;12:56.

2.
Li Y, Liang FR, Yu SG, et al., Efficacy of acupuncture and moxibustion in treating Bell’s palsy: a multicenter randomized controlled trial in China. Chin Med J (Engl) 2004;117:1502–6.

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腹圧性尿失禁への電気鍼の効果 [鍼灸関連研究報告から]

腹圧性尿失禁(stress urinary incontinence ;SUI)に対する、電気鍼と偽鍼治療の効果を比較した、中国の12病院で実施された多施設無作為化臨床試験の結果、尿失禁は正鍼群で改善したと報告されている。

参加者は504名の女性(平均年齢55.3歳 [SD8.4] 、調査完了は482名)。 要約中には経穴名は記されていないが、図で見ると、介入群(n = 252)はBL33 (中髎)、BL35(会陽)、偽鍼群 (n = 252)はその20mm外側で皮膚刺激のみ。18セッション (6 週以上)。

主要転帰は、1時間パッドテストによる尿漏れ量。ベースラインから6週後で測定。二次転帰は、72時間膀胱日誌 (72 時間失禁エピソード)で評価 。

ベースラインの平均尿漏れは、正鍼群18.4g、偽鍼群19.1g。平均72時間の尿失禁エピソードは、正鍼群7.9、偽鍼群7.7。

6週後、正鍼群の平均尿漏れは− 9.9 g、偽鍼群は− 2.6 gで、差は7.4 g(95% CI, 4.8 to 10.0; P < .001)。

平均72時間の失禁エピソードは正鍼群でより減少し、その差は1.0エピソードで1~6 (95% CI, 0.2-1.7; P = .01)、2.0エピソードは15 ~18 (95% CI, 1.3-2.7; P < .001)。

ベースラインにおける尿失禁は、パッドテストによる評価では「高度の尿失禁(10.1~50.0g)」。治療後では、正鍼群は8.5gで中等度尿失禁(5.1~10.0g)。一方の偽鍼群では16.5gで高度尿失禁のまま。

両群の効果に差は認められたが、高度尿失禁が中等度に改善したことに生活上の意味があるかは疑問。また、長期的な効果と作用メカニズムの研究が必要。

「腹圧性尿失禁」の場合、主な原因は骨盤底筋の筋力低下。軽度の尿失禁では、骨盤底筋の体操によって外尿道括約筋や骨盤底筋群を強くすることで改善が期待できる。骨盤底筋訓練などの保存的療法で改善しない場合は、ポリプロピレンメッシュのテープを尿道の下に通してサポートする「TVT手術」または「TOT手術」が適応となる。

私の記憶では、「過活動性膀胱」による尿失禁(切迫尿意)に対しては鍼治療は有効だが、鍼刺激で骨盤底筋を強化することはできないはずであり、「腹圧性尿失禁」に効果があるとは考えにくい。本当に有効であるならば、他の原因や別の作用機序を考慮する必要がある。

padテスト:
水分摂取(500ml)後に、60分間決められた動作や運動を実施し、検査前後のパッド重量を計測して尿失禁の重症度を判定する。

出典文献
Effect of Electroacupuncture on Urinary Leakage Among Women With Stress Urinary Incontinence. A Randomized Clinical Trial
Zhishun Liu, Yan Liu, Huanfang Xu, et al.,
JAMA. 2017;317(24):2493-2501. doi:10.1001/jama.2017.7220

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鍼刺激は脳由来神経栄養因子シグナル伝達経路を活性化して神経を保護する [鍼灸関連研究報告から]

鍼治療は単球のアクティブ化と、ATP刺激を介する脳由来神経栄養因子 (BDNF)の発現を増強して神経保護作用を発揮すると報告されている。

最近では、各種の神経疾患に対する鍼治療の神経保護効果を述べた研究が散見される。鍼灸師の立場から期待すると同時に、果たしてこれらの難病を確実に軽快させ得るものか疑問ではある。

下記文献は、BDNF およびそのシグナル伝達経路の活性化による鍼治療の神経保護効果について、最近の知見をまとめたもの。

Dong Lin, Ike De La Pena, Lili Lin, Shu-Feng Zhou, et al.,
The Neuroprotective Role of Acupuncture and Activation of the BDNF Signaling Pathway
Int J Mol Sci. 2014 Feb; 15(2): 3234–3252.
Published online 2014 Feb 21. doi: 10.3390/ijms15023234

先ず、“Introduction”に記されていた文献(1.2.) の内容が気になる。「鍼治療の有益な作用として、神経終末からの神経ペプチドの放出と神経栄養因子発現の調節に関連付けられている(1.2.)」と述べている。

しかし、この引用文献の内容を見ると、(1.)は、慢性片頭痛 (CM) の予防におけるトピラマートと鍼治療の忍容性を比較検討したものであり、BDNF およびそのシグナル伝達経路の活性化を調べた研究ではない。さらにもう一方は(2.)、群発頭痛患者におけるBDNF増加を確認した報告であり、鍼治療とは無関係である。この様に、根拠として示されている文献の内容を確認する必要がある。

長いので、この文献中の、“4. The Neuroprotective Effects of Acupuncture in Brain Function”に記された報告を簡単にまとめ、少し考えを述べる。

鍼治療の抗てんかん効果として、鍼刺激による求心性神経経路を介した中枢神経系への作用が記されており、後肢への電気鍼(EA)刺激は、発作や苔状線維の発芽(mossy fiber sprouting;MFS)を大幅に削減すると報告されている(3)。

GB34(陽陵泉)とLR3(太衝)への鍼刺激は、パーキンソン病モデルにおける黒質線条体変性を抑制すると報告されている(4)。尚、非経穴への鍼治療はこの変性を抑制しないとも記されている。

これらの経穴への鍼治療が、パーキンソン病モデルの黒質線条体領域においてチロシン水酸化酵素とドーパミン輸送の減少を抑制することが確認されている。この研究では、GB34 と LR3への鍼刺激による、-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP) の線条体領域の遺伝子発現プロファイルの変更を検討し、線条体領域の MPTP 誘発線条体変性の抑制効果が示唆されている。

動物実験において、鍼治療は脳由来神経栄養因子、グリア細胞由来神経栄養因子サイクロフィリン A. など、各種の神経保護因子を増加して神経保護作用を示す。さらに鍼治療は、中脳ドーパミン作動性神経細胞に酸化ストレスを減少させて、細胞死のプロセスを減少させる。したがって、パーキンソン病患者に対する鍼治療の早い段階からの適用がより効果的であると示唆されている(5)。

これらの報告は、脳における変性疾患に対しても鍼治療が有効であることを期待させる。個人的にも、その可能性はあると考えている。しかし、鍼刺激によって神経栄養因子や保護因子の分泌が増加したとして、継続的な治療によってそれが維持されるのか、反応が減弱したり、枯渇させることは無いのか、長期的な研究が皆無。さらに、これらの因子が不足している根本的な原因としての、遺伝子の異常を是正できるのかが問題である。

最近では、摂取した食物の、栄養シグナルが遺伝子を改変することが分かっており、鍼刺激によるシグナルが遺伝子へ影響を与える可能性もあり得ることではあるが。

また気になるのは、GB34(陽陵泉)とLR3(太衝)などへの鍼刺激の効果を以て、単純に、経穴に特殊性があると主張する報告を見かける。しかし、これらの研究は、同一の神経領域にある他の経穴との比較が行われていない。この2穴は腓骨神経の走行上であり、当然、腓骨神経に対する刺激である。経穴に特殊性があると結論づけるには、腓骨神経上の他の部位への刺激を対照として比較検討しなければならない。さらに、下肢における他の神経でも検証する必要がある。

問題は多いが、鍼治療の更なる可能性には大きな期待がある。

1.
Marlene Fischer, Georg Wille, Stephanie Klien, et al.,
Brain-derived neurotrophic factor in primary headaches.
J Headache Pain. 2012 Aug; 13(6): 469–475.
Published online 2012 May 15. doi: 10.1007/s10194-012-0454-5

2.
Marlene Fischer, Georg Wille, Stephanie Klien, et al.,
Brain-derived neurotrophic factor in primary headaches.
J Headache Pain. 2012 Aug; 13(6): 469–475.
Published online 2012 May 15. doi: 10.1007/s10194-012-0454-5

3.
Guo J1, Liu J, Fu W, Ma W, Xu Z, Yuan M, Zhou X, Hu J.
Effect of electroacupuncture stimulation of hindlimb on seizure incidence and supragranular mossy fiber sprouting in a rat model of epilepsy.
J Physiol Sci. 2008 Oct;58(5):309-15. doi: 10.2170/physiolsci.RP010508. Epub 2008 Oct 9.

4.
Choi YG1, Yeo S, Hong YM, Lim S.,
Neuroprotective changes of striatal degeneration-related gene expression by acupuncture in an MPTP mouse model of Parkinsonism: microarray analysis.
Cell Mol Neurobiol. 2011 Apr;31(3):377-91. doi: 10.1007/s10571-010-9629-2. Epub 2010 Nov 25.

5.
Joh TH1, Park HJ, Kim SN, Lee H.,
Recent development of acupuncture on Parkinson's disease.
Neurol Res. 2010 Feb;32 Suppl 1:5-9. doi: 10.1179/016164109X12537002793643.

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鍼刺激は脳出血ラットのNotch1 およびHes1蛋白発現を抑制する [鍼灸関連研究報告から]

大脳基底核出血後のラットにおいて、鍼治療はNotch-Hes シグナル経路の伝達を阻害して神経保護効果を有することが報告されている。

治療穴は、曲鬢(Qubin;GB7)および百会(Baihui;DU20)。

非外傷性脳出血は脳実質内の血管の破裂が原因で発生し、出血によってニューロンのアポトーシスを引き起こす (Chamnanvanakij et al., 2002; Riggs et al., 2005; Gao et al., 2009)。以前より、鍼治療は神経系の損傷を減少させて修復を促進することが示唆されている(Feng et al., 2013; Li et al., 2013; Nam et al., 2013).。

成体の脳ニューロンが新生することの発見は神経科学の分野における転換点と言える。この事実は、神経変性疾患や脳卒中の新しい治療のパラダイムとなる可能性を有している。最近のいくつかの研究は、鍼治療による脳疾患への治療の可能性を示唆している。

鍼治療(ST36、GV20など)による、アルツハイマー病、パーキンソン病、脳卒中などの脳疾患に対する神経因性の効果のメカニズムはまだ解明されていないものの、ニューロペプチド Y、塩基性繊維芽細胞成長因子、グリア細胞由来神経栄養因子、脳由来神経栄養因子の発現などが提案されている。

ノッチ(Notch)シグナルは隣接する細胞間におけるシンプルなコミュニケーションだが、その経路は進化上保存されており、細胞の増殖、分化、およびほとんど全ての組織や臓器のアポトーシスに関与する。(Monahan et al., 2009; Guo et al., 2010; Yalcin-Ozuysal et al., 2010; Fernandez-Valdivia et al., 2011; Gianni-Barrera et al., 2011)。

Notchシグナルの研究は100年以上昔にショウジョウバエの翅の変異体から慎ましく始まったが、現在では、発生や再生、先天疾患、代謝性疾患、癌などのメカニズムに深く関与するなど、最近注目されている分野。

鍼刺激がNotchシグナルへ何らかの影響を与える可能性が示唆されていることは非常に興味深いことであり、様々な疾患に対する治療効果の可能性が期待できることから鍼灸にとっても極めて注目される。

出典文献
Wei Zou, Qiu-xin Chen, Xiao-wei Sun, et al.,
Acupuncture inhibits Notch1 and Hes1 protein expression in the basal ganglia of rats with cerebral hemorrhage
Acupuncture inhibits Notch1 and Hes1 protein expression in the basal ganglia of rats with cerebral hemorrhage.
Neural Regen Res. 2015 Mar; 10(3): 457–462. doi: 10.4103/1673-5374.153696

参考文献(一部)
Feng X, Yang S, Liu J, Huang J, Peng J, Lin J, Tao J, Chen J. Electroacupuncture ameliorates cognitive impairment through inhibition of NF-kappaB-mediated neuronal cell apoptosis in cerebral ischemia- reperfusion injured rats. Mol Med Rep. 2013;7:1516–1522. [PubMed]

Li X, Wang Q. Acupuncture therapy for stroke patients. Int Rev Neurobiol. 2013;111:159–179. [PubMed]

Nam MH, Ahn KS, Choi SH. Acupuncture stimulation induces neurogenesis in adult brain. Int Rev Neurobiol. 2013;111:67–90. [PubMed]

補足:

HES;hairy and enhancer of split
ショウジョウバエの神経分化を抑制する、哺乳類相同遺伝子群。転写を負に制御する抑制型のbasic helix-loop-helix (bHLH)型転写因子であり、多くはNotchシグナルのエフェクターで、ホモおよびヘテロ二量体を形成する。Hesは、主に分化促進型のbHLH因子を抑制することによって、幹細胞や未分化細胞の維持に機能していると考えられている。
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電気鍼が神経変性疾患モデルマウスを改善したと報告 [鍼灸関連研究報告から]

アルツハイマーと神経変性疾患モデルである、グリア機能不全とアストロ サイト αシヌクレイン変異マウスに対する電気鍼(EA)が神経変性を改善したと報告されています。

突然変異体マウスに対する電気鍼治療によって、複数のテストで動きが改善されました。細胞レベルでは、脳の炎症性要因 (腫瘍壊死因子-α およびIL- 1 β) の異常上昇が抑制されて抗炎症、抗酸化物質の活動が強化されました。また、異常なグリア活性化の抑制によって中脳におけるドーパミンニューロンおよび脊髄運動ニューロンの損失が防止されました。

通常は、脳血液関門によって、脳内には白血球や細菌などは侵入できませんので、グリア細胞の一種であるミクログリアが脳内で免疫防御を担っています。しかし、免疫細胞としてのミクログリアの働きは諸刃の剣でもあり、腫瘍細胞や細菌を殺すためのサイトカインやタンパク質分解酵素、活性酸素類が正常なニューロンも傷害します。この実験では、ミクログリアの活動が抑制されたと記されています。

アルツハイマー病では、βアミロイド蛋白とともに、αシヌクレイン変異体蛋白のA53T 変異体も存在します。また、家族性パーキンソン病の中に、α-シヌクレインをコードする遺伝子が変異しているタイプが存在し、原因の1つと考えられています。A53Tは53番目のアラニンがスレオニンに点変異したものです。

但し、provisional abstractを読んでおり、この実験による刺激部位などの治療法や、実験結果のデータも不明です。全文が見られましたら、また、紹介します。

神経の変性疾患への電気刺激の効果については、可能性はあると思われます。しかし、電気鍼による抗炎症効果の報告はこれまでにも散見されていますが、私は懐疑的です。私の、偏見かも知れませんが。

出典文献
Jiahui Deng, Jian Yang, et al.,
Electroacupuncture remediates glial dysfunction and ameliorates neurodegeneration in the astrocytic α-synuclein mutant mouse model.
Journal of Neuroinflammation 2015, 12:103 doi:10.1186/s12974-015-0302-z
Published: 28 May 2015 ,

余談になりますが、電気刺激が中枢神経の炎症性疾患を誘導する機構の例を紹介します。

中枢神経系である脳や脊髄の血管には、細菌やウイルスなどの侵入を防御するための特殊な関所として血液脳関門が存在しており、免疫細胞はもとより大きなタンパク質なども通過できません。しかし時に、細菌やウイルスが感染し、癌や炎症などに起因する難病が発症します。したがって、病原体や免疫細胞などが中枢神経系へと入るゲートが存在するはずです。

中枢神経系の難病である多発性硬化症の動物モデル(実験的自己免疫性脳脊髄炎;EAE)による実験によって、このゲートが第5腰椎の背側の血管にあることを、阪大グループが突き止めました(2012)。

EAEを発症させたマウスから、ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質に特異的な自己反応性のTh17細胞とTh1細胞を採取し、正常マウスの静脈に移入するとEAEが誘導されます。これは、血液中の病原性T細胞が血液脳関門から中枢神経系に侵入することを示唆しています。

第5腰椎背側の血管内皮細胞において、炎症アンプとよばれる炎症を誘導する仕組みが活性化することで、CCL20というケモカインが血管内皮細胞に発現し、血液内の病原性T細胞を呼び寄せて中枢神経系へのゲートを形成していることが判明しました。

この、第5腰椎の背側の血管内皮細胞で炎症アンプが活性化される原因は、抗重力筋であるヒラメ筋への絶え間ない重力刺激が、感覚神経を介して第5腰椎の背側で脊髄に伝わることで近傍の血管で炎症アンプを活性化します。

マウスのしっぽを天井からつるし(後肢懸垂法)てヒラメ筋への重力刺激を無くすと、第5腰椎背側の血管におけるCCL20の発現および病原性T細胞の集積は見られず、EAEの発症も抑制されました。また、後肢懸垂モデルのマウスのヒラメ筋に電気刺激を与えると電気刺激を与えた時間に比例してCCL20の発現量が増加しました。

また、この感覚神経の活性化は近傍の交感神経の活性化を引き起こし、交感神経末端から放出されるノルアドレナリンが、第5腰椎の背側の血管内皮細胞において、炎症アンプを過剰に活性化し、過剰のCCL20分子を発現していることが証明されました。さらに、第5腰椎の背側の血管の内皮細胞からは、CCL20ばかりではなく、他のさまざまなケモカインも大量に発現されていました。

第5腰椎の背側の血管内皮細胞が血液細胞の中枢神経系へのゲートであり、そして重力刺激を起点とした感覚神経および交感神経の活性化による血管内皮細胞の炎症アンプ誘導性のケモカインの大量発現がゲートの形成に関与していることが、世界で初めて明らかにされたことになります。

この文献は3年前の報告ですので、既に知っている鍼灸師も多いかとは思います。しかしながら、この研究が、その後どの様に進展しているのか解らないことや、不明な点も多くあります。

炎症アンプとは、血管内皮細胞や線維芽細胞などの非免疫系細胞に存在する炎症誘導機構のことです。炎症性サイトカインであるインターロイキン(IL)-17がきっかけとなって、IL-6やケモカインなどの炎症関連因子が産生と、相乗的にNFκBとSTAT3が活性化して多くのケモカインが産生され、自己免疫疾患を含む慢性炎症を誘導する機構です。

Arima Y., M. Harada, D. Kamimura, J-H. Park, F. Kawano, F. E. Yull, T. Kawamoto, Y. Iwakura, U.A.K. Betz, G. Marquez, T. S. Blackwell, Y. Ohira, T. Hirano, and M. Murakami.
Regional Neural Activation Defines a Gateway for Autoreactive T Cells to Cross the Blood-Brain Barrier.
Cell. 148: 447-457, 2012 (Cell) (PubMed) (Cell Previews)

ベル麻痺の鍼治療には強刺激(得気)が効果的と報告 [鍼灸関連研究報告から]

ベル麻痺(特発性顔面神経麻痺)患者を対象として、強刺激( the de qi;得気)を加えた群と挿入のみを比較した前向き多施設共同無作為化比較試験の結果、より強い刺激が高い治療効果に関連したと報告されています。
(中国4大学、2病院;Tongji Hospital, Tongji Medical College, Huazhong University of Science and Technology, the Department of Neurology , Zhongshan Hospital, Fudan University, the Department of Neurology, Xiangyang Hospital Affiliated to Hubei University of Medicine, カナダ医師会雑誌)

無作為に、得気群167名とコントロール171名に割り付け、得気群へは手動で操作し、コントロールへは操作せず挿入のみ。主要転帰は、6ヶ月後の顔面神経機能の評価。但し、両群ともに、基本的治療としてプレドニゾロンが投与されています。これは初期治療としてルチーンな方法ではありますが、プレドニン無しの群の結果も見たかったのですが、、、。

6ヵ月後、得気群の患者の顔の機能は補正オッズ比[OR] 4.16(95% confidence interval [CI] 2.23?7.78)と、より優れていました。

「better disability assessment;障害者アセスメント」の最小二乗法の違いが9.80 (differences of least squares means 9.80, 95% CI 6.29?13.30)、「better quality of life;生活の質の向上」の違いは 29.86(differences of least squares means 29.86, 95% CI 22.33?37.38)でした。尚、ロジスティック回帰分析では、顔面神経機能におよぼす得気スコアの調整OR は1.07(95% CI 1.04?1.09)で、差はわずかです。

原文では、得気の説明として、「 soreness, tingling, fullness, aching, cool, warmth and heaviness, and a radiating sensation at and around the acupoints」などが、記されています。一般の方のために簡単に説明しますと、刺した部位から、患部へと響く「重だるい感覚」や、神経の走行に沿った「ビリビリとした感覚や痛み」などです。しかし、刺激の伝達は単純な1本の神経の走行の範囲のみではないことに特徴があります。

私は、神経分枝の吻合や脊髄レベルにおける複数の神経への連絡、および血管への刺激を契機とした神経刺激反応ではないかと推測しています。

中国の古典では、この得気を患部へと感じさせることを「気が至る」などと表現し、治療効果を得るための重要な操作と考えています。この考えには私も同感で、原因となる部位への施術によって、患部(患者さんが痛みなどを訴えている部位)へと響く放散痛(得気)を引き起こすことを目的に操作を行います。

しかし、先ず求められるのは、刺激の違いによる神経の応答を精査して、神経反応と治療メカニズムを解明すべきであり、その後、疾患や病態に応じた刺激法と経穴を選択することです。

この報告に述べられているような「中国の伝統的な理論」や、「気」などといった、大昔の未だ医科学が無かった時代の言葉や理論でかたづけるのは稚拙すぎます。また、要約のみで、詳しい施術部位(経穴)は不明ですが、写真で見る限り、単純に漫然と顔の経穴に刺しているだけであり、選穴に理論があるとは感じられません。

但し、1つ好感がもてるのは、刺激に電気を使用しなかった点です。私は、ベル麻痺への電気刺激は有害であると考えています。電気刺激は、初期の段階であれば炎症を悪化させ、麻痺の程度が比較的重症の場合には有害な「共同運動;噛むと目も閉じてしまう、など」の発症を助長すると考えています。

私の印象では、未だ刺法が確立した訳ではありませんが、刺激法(基本的な手技には無い方法)によっては、従来の常識よりも神経の回復を早められる可能性があると考えています。

Sha-bei Xu, Bo Huang, Chen-yan Zhang, Peng Du, Qi Yuan, et al.
Effectiveness of strengthened stimulation during acupuncture for the treatment of Bell palsy: a randomized controlled trial
CMAJ February 25, 2013 First published February 25, 2013, doi: 10.1503/cmaj.121108


鍼治療はうっ血性心不全患者の運動耐容能を改善する [鍼灸関連研究報告から]

 鍼治療は、うっ血性心不全患者の運動耐容能改善に付加的戦略となる可能性があるとともに、骨格筋機能を改善する可能性があると報告されています。

Acupuncture improves exercise tolerance of patients with heart failure: a placebo-controlled pilot study
Heart doi:10.1136/hrt.2009.187930 Published Online First 15 June 2010

 最適化心不全治療を受けている安定うっ血性心不全患者(NYHAII-III, 駆出率<40%)17名を対象に、ランダムにverum acupuncture(真の鍼治療群:VA)とplacebo acupuncture(プラシーボ群:PA)に割り付けて、心肺機能、QOLについて検討。

 6分間歩行距離安定性(6MWT)はVA群で著明に改善(+32±7 m) し、PA群では改善しませんでした (-1±11 m; p<0.01)。VA群では、換気効率のマーカーであるVE/VCO2 slopeも改善しました。

 QOLについては、SF-36 の‘general health’ score と ‘body pain’ score がVA群で改善。

 但し、心拍出量、PeakVO2(最高酸素摂取量)の改善は認められませんでした。PeakVO2は、心不全患者の予後推定指標として、心肺運動負荷試験の中でも重要視されています。

 鍼治療の作用機序として、筋交感神経活動の抑制が考えられています。筋肉の交感神経系活動性亢進は心不全患者の予後に関わります。鍼治療は、安静時交感神経活動性を抑制することが動物実験で認められれており、ヒトでも確認されています。交感神経抑制作用は、国内でも昔から多くの報告がありますし、鍼灸師であれば経験的にも理解していることです。但し、刺す本数が多すぎた場合や刺し方によっては、逆に、交感神経を興奮させます。この研究では長期的な治療効果は不明ですが、継続によって安定的な改善効果を期待できるのではないかと思うのですが。

Acupuncture Inhibits Sympathetic Activation During Mental Stress in Advanced Heart Failure Patients
Journal of Cardiac Failure Vol. 8 No. 6 2002

 心肺機能検査については私も詳しくはないのですが、知らない方のために。

 6MWTはGuyattらによって標準化が始まったself-paced testで,心不全や終末期の呼吸不全,慢性呼吸不全,慢性腎不全,疾病を有する小児,高齢者などを対象にした報告が数多く見られます.6MWTの目的は,中等度から重度の呼吸器疾患・心疾患患者の病態の日常生活への影響や介入効果を判定することです。正確なVO2maxや運動・作業制限因子を解明するものではないと言われています。従って6MWTは、日常生活における持久性を中心とした機能障害の程度と、介入効果を評価するツールの様です。

  VE/VCO2 slopeは、運動中の二酸化炭素排出量(VCO2)の増加に対する換気量(VE)の増加率を示し、換気効率を表しています。酸素消費と炭酸ガス排泄について、肺の機能の効率を評価する検査で、入院リスクを予測する指標ともなるようです。収縮期心不全患者では拡張期心不全や正常者に比べて高くなります。
 VE/VCO2 slopeは多因子によって影響されますが、心疾患の場合は主に、呼吸パターンの変化と肺換気血流不均衡の増大によって高値を示します。この指標は年齢と性差に影響されますが、その機序については明らかではない様です。

 PeakVO2(最高酸素摂取量)は、VO2maxの代用として運動耐容能の指標として用いられますが、負荷中止に至った理由を考慮して評価する必要があります。臨床的には、酸素輸送能の最もよい指標であり、重症度分類の客観的評価に用いられ、心不全患者の生命予後指標や治療効果の判定に使用されます。

 

鍼治療の末梢性鎮痛作用にはadenosine A1 受容体が関与 [鍼灸関連研究報告から]

 鍼治療による末梢性鎮痛効果にはアデノシンA1 受容体が関与し、鍼刺激はアデノシン分泌を高めると,マウスを使った実験で示されています。

Nanna Goldman, et al.
Adenosine A1 receptors mediate local anti-nociceptive effects of acupuncture
Nature NeuroscienceYear published: (2010) doi:10.1038/nn.2562
16 March 2010 Accepted 27 April 2010 Published online 30 May 2010

 動物実験ではありますが、鍼の鎮痛作用として中枢性のオピオイドによる作用とは別な、新たな作用機序の可能性が示されと言えます。

 周知の様に、アデノシンおよびアデノシン三リン酸(ATP)は生体内に遍く存在する物質です。ATPに代表されるアデノシン化合物は生命にとってのエネルギー源であると同時に、細胞の構造と機能の維持に必須の物質です。その一方細胞外では、プリン受容体を介して血管拡張をはじめとする多くの生理活性を発揮することが分かってきています。

 アデノシン化合物が中枢神経のプリン受容体中のA1 受容体を活性化すると、神経変調作用を通して鎮痛効果を発揮します。プリン受容体はP1・ P2受容体に大別され、さらに、4つのサブタイプ(A1, A2a, A2b, A3)に細分されます。
 
 アデノシンはP1受容体に作用しますが、末梢神経レベルではA1受容体を介して抗侵害作用を発揮します。一方、A2受容体を介して疼痛誘発作用を発揮します。脊髄後角レベルでは、A1受容体を介して抗侵害作用を発揮します。その機序は、K+ チャネルを開放し、細胞の過分極を生じることによってシナプス後ニューロンを抑制すると同時に、シナプス前ニューロンからのサブスタンスPやグルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の放出を抑制することによります。また、ATPは末梢レベルおよび脊髄レベルにおいてもP2X受容体を介して疼痛発生に関与します。

 アデノシン化合物による鎮痛は、アロディニアなどの神経因性疼痛に効果的な様です。アデノシンの持続静脈内投与(50~70μg/kg/min, 60分間)で、数時間~数日にわたる自発痛とアロディニアが軽減され、中には永続的な疼痛緩解が認められました。但し、70μg/kg/min.以上の高用量では、末梢侵害受容性神経刺激による胸痛などの身体各所の疼痛が生じたと報告されています。

 今後は、人体に対しての鍼刺激による、アデノシン分泌についての研究が求められます。既に、これらの研究報告をご存知の方はご教授下さい。

*Fukunaga AF : Adenosine compounds. “Textbook of intravenous anesthesia”, White PF(ed), Baltimore , Williams & Wilkins, 1997, : 413-432.

*Sawynok J : Adenosine receptor activation and nociception . Eur J Pharmacol , 1998, : 1-11.
Sollevi A, Belfrage M, Lundeberg T, et al. : Systemic adenosine infusion : A new treatment to alleviate spontaneous and evoked neuropathic pain. Pain, 1995, ;155-158.

*Segerdahl M, Sollevi A : Adenosine and pain relief : A clinical overview. Drug Dev Res ,1998, ; 45: 151-158.

呼気中一酸化窒素の測定は炎症状態の指標となる [鍼灸関連研究報告から]

 呼気中一酸化窒素(fraction of exhaled nitric oxide : FEno)が気道炎症を評価する客観的指標となることが明らかになっています。 

 日常臨床では、気道炎症の客観的指標は少なく、我々鍼灸師には尚のこと適切な手段がありません。風邪を引き金として発症する、急性の疼痛性疾患は多く存在します。これらの患者の診断や原因の証明、治療法の選択、刺激量の許容度を知るための指標など、確かな評価法が求められます。

 これまでのNO分析の機器は、理工系の実験に使用されるものが主で、大きく高額なものでした。しかし、欧米では既に、医療用として小型で安価な測定器が使用されています。これは、エアロクライン社(スウェーデン)製の「NIOX MINO:縦24cm、幅13cm、厚み10cm、0.8kg、ペットボトルを扁平にした様な形状」です。気道内に炎症がある場合にはNOが大量に放出されます。呼気中濃度が50ppbを越えると好酸球性気道炎症が強く疑われ、喘息患者の発作を予期することができます。投薬のタイミングなど適切な管理が可能となり、また、炎症の終息も判断できます。この測定器の測定範囲は5~300ppbと優れたものです。国内のメーカーに問い合わせましたが、何れも、ppmレベルで、装置も大がかりな物でした。

 日本では薬事法の認可は受けていませんので、一部の呼吸器系の医師は個人輸入を代行する会社へ依頼して入手しています。各種探しましたが、国内では、この器械程、高性能、コンパクトで低価格なものはありませんでした。輸入手続き込みの本体価格は75万円ですが、測定キットが使い捨てなため、一回に1600円のランニングコストがかかります。これが少々難点な事と、認可後は鍼灸師の使用が困難になることが予想されます。 

 私は20年程前から、将来の検査の主流は血液ではなく、「呼気分析」になるものと予想していました。この方法が普及し簡易なものとなれば、鍼灸師の診療スタイルも大きく変わり、客観的データが得られると期待していました。ほんの少しですが、可能性が見えてきた様です。

 これと関連する話では、名古屋工業大学・名古屋大学の野瀬和利・内藤 建・津田孝雄・近藤孝晴らの研究で、ヒト皮膚より水素、アセトンなどのガス状分子が放出されていることが発見されています。
Influence of cycle exercise on acetone in expired air and skin gas. Redox Rep. 2009; 14(6): 285-9

 アセトンは、血中グルコースが欠乏したときに脂肪酸の代謝によって生じます。これは、糖尿病の指標として用いられます。一方、大腸に存在する腸内細菌が、ヒトが利用できなかった炭水化物や食物繊維などをエネルギー源として利用する過程で、水素が発生します。このため、水素の過剰産生を検出することにより、腸管内における吸収不良の存在が診断できます。

 また、ガス状分子の別の機能として、水素ガスによる生体への効果が研究されています。日本医科大学老人病研究所生化学部門の太田成男教授のグループが「Nature Medicine」に発表した研究です。水素ガスの吸入によって、活性酸素の1つであるhydoroxylradical(ヒドロキシラジカル)をH2O(水)にする反応を促進させることができ、活性酸素による各種臓器へのダメージを防止できると報告されています。
“Hydrogen acts as a therapeutic antioxidant by selectively reducing cytotoxic oxygen radicals, Nature Medicine 13, 688-694,2007. Published online: 7 May 2007|doi:10.1038/nm1577”

 ガス状分子は細胞膜を瞬時に通り抜けるため、神経伝達物質として使われるなどその機能は多彩で、今後大きな可能性を秘めています。

 ヒトの代謝産物を分析する上で、サンプルとして血液を用いない方法は、非侵襲・非観血分析として非常に重要になってきています。このような分析手法は、血液採取になんらかの問題がある患者に対してとりわけ有益であり、また、痛みを伴わないため在宅医療に広く適用できます。非侵襲・非観血で採取できるサンプルには、呼気、汗、唾液、尿、放屁などがありますが、中でも、「呼気分析」は将来鍼灸師にとっても有用なアイテムに成るものと予想しています。

NIOX MINO
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