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「膝痛の鍼治療」を出版 [出版のお知らせ]

私の、4冊目の本となる、「膝痛の鍼治療」を上梓しました。

本書は、鍼灸師の視点で捉えた膝痛の診かたと治療法を解説しています。一般成書とは異なり、膝関節の解剖図などはありません。従いまして、膝関節の骨格構造や靱帯の配置なども全く描いていません。また、膝痛の中でも、最も頻度が高いと言われている変形性膝関節症(膝OA)についても、この疾患概念を特に治療対象としていません。つまり、軟骨の変性や関節の変形なども全く問題にしません。本書では、圧通部位の特定(筆者の考えによる)によって発痛源を見定めて疼痛の因子を推測し、それぞれの病態に対する鍼治療法を解説しています。

第Ⅰ章は、膝痛とは何かをテーマとして、「変形性膝関節症の矛盾」、「膝を構成する組織」、「疼痛因子」、および「膝痛の原因となる関節外の要因」などを述べ、最後に、鍼灸師から観た、膝痛とは何かについて述べています。第Ⅱ章は、膝の臨床判断の方法を述べています。この章では、膝を4方面に分割し、圧痛点など、鍼治療の対象となる病態の診かたを示しています。第Ⅲ章は鍼治療の総論。第Ⅳ章は治療の各論を述べています。第Ⅴ章は、説明が不十分であった事項について、若干ですが説明しています。疾患の判断および治療法は医学に基づいてはいますが、その理念は筆者独自の考えに基づいています。

「はじめに」の抜粋

 本書は、筆者が「膝痛とは何か」について考えた過程を示すとともに、その結果導かれた、鍼灸師にとっての膝痛の診かたと治療法をまとめたものである。結論を言えば、外傷、腫瘍、感染症、骨性疾患、および全身性の炎症性疾患などを除くと、臨床におけるほとんどの膝痛の原因は、筋腱障害性(附着部障害・骨と筋腱の摩擦、筋と筋の摩擦など)、神経性、および局所的炎症の3種類に集約できる。さらに筆者は、この神経性(絞扼性神経障害他)および局所的炎症も、筋の病態が発症に関与しているものと推測している。臨床において、様々な筋関連痛や内臓の痛みなどの際に、四肢の特定の部位に圧痛を伴う索状の硬結が現れる。この硬結部位への鍼刺激によって症状が軽快することや、時に、この硬結部位が症状発現にも関与している可能性が考えられることから、この現象を“筋・筋膜性神経障害(Myofascial Neuronal Disorder ; MND)と提唱している(小川, 2015)。この診断と治療に使用できるポイントをトリガーポイントやモーターポイントと区別するために、本書においては“特異点:peculiar point ;PP”と仮称している。

 膝痛の特徴は、膝全体が腫脹するような急性炎症を除けば、発痛源の特定がほぼ可能であること。その手段として、触診による圧痛部位の特定が有効である。従来、整形外科学書では、十字靱帯損傷や半月板損傷の診察と外科手術に紙面の多くが費やされ、日常臨床で遭遇する膝痛に対しては、その発痛源や原因についてはほとんど触れられてはいなかった。いや、むしろ理解できていなかったと考えられる。膝蓋下脂肪体などはその良い例であり、以前の専門書では全く無視されていた。最近では、超音波検査機器の画像が向上して軟部組織の病変が次第に明らかとなってきたが、逆に、今頃この様な事に注目するのかとあきれることも多い。

・・・・・・・。

・・・・ 鍼灸師は医師のような検査ができないことや、治療手段にも制限がある。しかし一方、運動器疾患に対して、保存的治療において有効な手立てを持ち会わせていない医師とは違い、鍼治療は患部に対する直接的な処置が可能であり、しかも即効性を示すことも多い。さらに、これらの治療は単なる鎮痛ではなく、原因となっている病態の直接的な治療であって本治的であり、むしろ優れているとさえ言える。・・・・・。

Ⅰ-1. 変形性膝関節症の矛盾

・・・ 「ヒトが二足歩行を初めて以来、膝関節への負担によって膝痛は発生した」と、整形外科学書に記されていた(宗田,2007)。膝痛はヒトに固有のものであるかのような認識であるが、これは全くの間違いである。膝OAは、ベルベットモンキー、ヒヒ、アカゲザル、マカク、チンパンジー、およびゴリラを含む、非ヒト霊長類においても広く発症する(Stecher RM. 1958, Plate JF, 2013, Bates CM, 2013, Jurmain R.2000, Ham KD, 2000)。
・・・

治療法(総論)より抜粋

4.2 基本治療法の分類

・ 筋・筋膜性        : 筋PP
・ 絞扼性神経障害    : 絞扼ポイントへのEM, 関連する筋の筋PP 
・ 附着部障害       : 附着部へのEt鍼、関連する筋の筋PP 
・ 局所的炎症       : 炎症部位の中枢側の筋PP
・ 膝蓋下脂肪体の炎症 : 膝蓋下脂肪体鍼
・ 大腿神経の感作    : 拮抗筋刺(大腿二頭筋・半膜様筋)
・ 浮腫           : 浮腫に対するセット治療 

イラストのサンプル
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この本も、これまでと同様に市販はしておりませんが、希望される方には個人的に販売しております(初版日は11月5日としましたが、既に、私の手元に届いております。)。

           記

著書名   : 膝痛の鍼治療
サブタイトル: Acupuncture for Knee Pain 
発行所   : 虎の門針灸院
著者名   : 小川義裕
出版日   : 2020年11月5日
ISBN    : 978-9908155-3-0
本のサイズ : B5版112ページ(既刊著書からの抜粋を含む)
イラスト   : 34枚
価格     : 4,200円

注文方法  : 注文はメールにて受け付けております。

メールアドレス: dbqmw440@ybb.ne.jp

メールに、氏名・住所・郵便番号・電話番号を記入して下さい。折り返し、振り込み方法をお知らせ致しますので、宜しければ、御入金ください。
入金確認後、直ちに発送致します。通常、1~2日で到着致します。
尚、郵送料はサービスしております。

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「附着部障害の鍼治療」を出版 [出版のお知らせ]

附着部障害の鍼治療
-Clinical Acupuncture Therapeutics of Enthesopathy-

この本は、Enthesopathy(附着部障害)の概念について紹介するとともに、筆者が考案した基本的な刺法を中心に鍼治療を解説したものです。日常の診療で良く見かける12種類の疾患について、診断法と治療法を記しています。

この本に記した筆者独自の刺法は、「Enthesopathy(付着部障害)の鍼治療 筋腱の骨付着部損傷に対するEt鍼治療」と題して、2004年4月に「医道の日本誌」において報告したものです。

著者名   : 小川義裕
発行所   : 虎の門針灸院
出版日 : 2016年8月27日初版
本のサイズ : B5版, 112ページ, 図26枚.
ISBN 978-4-9908155-2-3
C3047 ¥ 4800E

本書は市販はしておりませんが、希望される方にはこのブログを通じて販売しております。
購入を希望される方は、下記メールアドレスまで、「氏名、住所、電話番号、郵便番号」をお知らせください。折り返し、口座番号をお知らせ致します。入金を確認次第発送しますので、入金後1~2日で到着致します。

メールアドレス:dbqmw440@ybb.ne.jp


本の内容紹介

もくじ
はじめに
第1章:Enthesisと Enthesopathy
第2章:Enthesopathyの鍼治療(総論)
第3章:Enthesopathyの鍼治療(各論)
まとめと展望

解説している疾患:

1. 上腕骨外側上顆炎 (Lateral Epicondylitis)
2. 上腕骨内側上顆炎 (Medial Epicondylitis)
3. 回旋筋腱板附着部障害 (Rotator cuff Enthesopathy)
4. 尺側手根屈筋附着部障害 (Flexor Carpi Ulnaris Enthesopathy)
5. 大転子附着部障害 (Greater Trochanter Enthesopathy)
6. オスグッド-シュラッター病 (Osgood -Schlatter Disease)
7. 半膜様筋附着部障害 (Semimembranosus Eenthesopathy)
8. アキレス腱附着部障害 (Achilles Tendon Enthesopathy)
9. 足底筋膜附着部障害 (Plantar Fascia Enthesopathy)
10.横束足底筋膜および短腓骨筋附着部障害 (Lateral Cord of the Plantar Fascia and Peroneus  
Brevis Tendon Enthesopathy)
11.遠位大腿二頭筋附着部障害(Distal Biceps Femoris Tendon Enthesopathy)
12.内転筋附着部障害 (Adductor Enthesopathy)

本書内容の一部紹介

「はじめに」から

 本書は、Enthesopathy(附着部障害)の病態と、その鍼治療法として筆者が考案した「Et鍼」を解説したものです。「Et鍼」とは、enthesopathyのカテゴリーに包含される様々な疾患に対する共通の刺法を意味します(2004年に報告)。その効果は明確で、一般的な経穴および従来の治療法と比較して確実性が高く、早期に治癒することに特徴があります。
 
 enthesisとは、筋・腱・靱帯の骨への附着部を構造上の単位として捉えた言葉であり、筋・腱に関わる障害の好発部位として知られています。enthesopathyは、enthesisに生じた障害を1つの疾患概念とする認識であり、Niepel G. ら(1964年)によって提唱されたものです。それは、enthesisにおける障害の総称であり、頭蓋骨を含む全身の筋・腱・靱帯の骨への附着部に発生するため、多くの疾患が包括されます。enthesisは、腱や靱帯が骨膜や線維軟骨を介して骨皮質に結合する場であり、筋の収縮による力を骨に伝達する最前線となる部位です。したがって、運動器関連組織の中でも最も多くの物理・化学的ストレスを受けることに加え、骨と腱のような組成が違う組織の接点であることから、障害が生じ易い部位であることが理解できます。筋骨格系疾患では、筋・腱そのものよりもenthesisにおける障害の頻度が高いことは、臨床的にも体験されることです。
 
 enthesopathyは、昔は附着部炎として訳されることが多かったのですが、病理組織像としての炎症性変化を伴うものばかりではなく、退行性変化や外傷性変化によるものも多く存在するため、現在では、炎症性変化に基づく附着部炎(enthesitis)は附着部障害(enthesopathy)の一形態として認識されています。このように、言葉としてのenthesopathyは広い意味を有しており、enthesisにおける炎症性変化および変性問題を含むすべての病理学的な異常を指します。さらに、この部位の多くが滑膜の附着部とも一致(82%)しており、近辺には滑液包も存在します。このような組織的特殊性から、McGonagle Benjamin M と McGonagle D (2007)は、腱附着部とそれに隣接した滑膜が1つの機能ユニットを形成すると提唱し、滑膜- 腱附着部複合体(synovio-entheseal complex:SEC)と名付けています。.....

....このように、enthesisは単なる附着部ではなく、腱・靱帯附着部器官(enthesis organs ; Benjamin M, 2007)として認識されており、その病態は、周辺に生じる様々な疾患の発症の起点となる可能性が指摘されています。初期の滑膜炎の画像検査によって、spondyloarthopathyに関連する関節炎における異常はenthesitis(附着部炎)であると推測されています。したがって、spondyloarthopathyにおける滑膜炎はenthesitisが2次的に波及した炎症である可能性があり、病因としてのHLA-27や感染は、滑膜よりもむしろ附着部を中心に考える必要があります。このような観点から、enthesisの異常は、enthesopathyのカテゴリーに含まれる疾患群のみならず、関節周辺の様々な炎症性疾患の病態を解明する上で重要であると言えます。今後、enthesis病態の免疫病理学的分析などによって、脊椎関節症、関節リウマチ、さらに、変形性関節症を含む様々な疾患における関節破壊の解明が進むものと期待されます。このように、enthesisは病態認識の進歩によって、新たな疾患概念の創成と治療の可能性など、その果たす役割は大きいものと言えます。.......

.....一般的に、enthesopathyは整形外科医の認知度が低いために誤診されることも多く、また、ほとんど効果の無い理学療法を漫然と続けられているケースなどを少なからず見かけます。鍼灸における日常の診療においては、このEt鍼に限らず、鍼治療によって早期に回復する疾患は多く存在します。このような効果から、症状発現のメカニズムに関する仮説に対して疑問を感じる疾患は少なくありません。例えば、MRIによって腰椎椎間板ヘルニアと診断され、腓骨神経麻痺を呈していたために手術を勧められた患者が、僅か数回の鍼治療で回復していくことなどは度々経験しています。MRIで確認されたヘルニアが症状の直接的な原因と断定できないことは、常識(columnを参照)と言えますが、症状発現の直接的な原因に関する病態認識には、enthesopathyと同様に疑問を感じています。本書では、このような疑問点の指摘を交えつつ、enthesopathyに属する12種類の疾患についてその症状および診断と、Et鍼を中心とする鍼治療法を述べます。

図のサンプル
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追伸: 本書を購入された方へ

「絞扼性神経障害の鍼治療」、および「附着部障害の鍼治療」の中の記述について、「刺法」の一部変更をお知らせいたします。

これらの書籍はオンデマンド印刷にて随時増刷しておりますが、その際に、ミスプリントや変更したい箇所など、部分的な修正を行っています。

この度増刷する、「絞扼性神経障害の鍼治療」、および近い将来に増刷予定の「附着部障害の鍼治療」の内容を若干ですが変更しております。変更はわずかですが、基本的刺法ですので、以前に購読された方のためにお伝えします。

「治療法の総論」の中で、筋の緊張緩和への刺法としては「散鍼」を原則とすると記していますが、現時点では寧ろ留鍼し、途中で何度か「搓捻」、および「堤・插」操作を加えています。この刺激は、附着部障害における附着部(enthesis)へのEt鍼、および絞扼性神経障害の鍼治療における絞扼点(entrapment point)に対する、“emancipation method”においても共通点があります。

出版後も多くの知見が報告されており、新たな情報や疾患の追加など、何れ、改訂版の出版も必要になろうかと思われます。また、その他の疾患についてもまとめたいと考えています。しかしながら、一開業鍼灸師にとりましては、未解決の問題も実験的検証は行えず、臨床に頼るしかないため、実現できるかは未定です。 
               
尚、「釈迦に説法」になってしまうかも知れませんが、念のため、前述した、「搓捻」と「堤插」についてご存じ無い方のために簡単に説明いたします。

「搓捻」とは、要するに、留鍼中に鍼を回転させて刺激することです。「搓」は、180°以上の回転を強く加え、「捻」は、45°以内の回転を弱めに加える。これらの手技によってコラーゲン線維の一部を切断することで線維束の異常を回復させる。同時に、回転刺激によって「得気:deqi sensation」を生じさせることを重視しています。

経穴領域におけるコラーゲン線維の形態変化(巻き付きなどの異常)が経穴の構造、および病態に関与し、また、その解除が鍼治療の機序に大きく関与していると報告されています。経穴領域において、例えて言えば、絡み合ったコラーゲン線維の一部を切除して解除することでコラーゲン線維を正常化して病態を改善すると推測されます。

「堤插」の「插」は、鍼を中に進めることで、「堤」とは鍼を外に退くことを意味し、鍼尖を上下に1分程度の範囲で動かす操作。

双方向性の回転刺激の微妙な違いは、マウスの皮下結合組織の細胞応答に影響するようです。また、“堤插操作:Lifting and Thrusting Manipulation”を伴う鍼治療は、操作無しの治療と比べ、エンドトキシンの注射によって誘発された血清IL-1β、TNF-αおよびIL-6のレベル増加を有意に阻害し、抗炎症性サイトカインであるIL-4を上昇させたとも報告されています。

私は、コラーゲン線維への操作とは別に、神経に対する、ダメージを与えない程度の回転刺激は神経機能の回復に寄与するものと推測しています。これらの刺激法の組み合わせは、神経機能の促進や、異常なコラーゲン線維の正常化を促す効果が期待されると考えています。

尚、「絞扼性神経障害の鍼治療」の増刷は、10日ほどで完了します(本書は、5月28日に到着しました。)。

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「絞扼性神経障害の鍼治療」出版のお知らせ [出版のお知らせ]

「絞扼性神経障害の鍼治療」を出版

本書は、絞扼性神経障害の概念、およびその基本的な病態を解説し、筆者が考案した基本的な鍼治療法を説明するとともに、22種類の疾患についての診断法と治療法を解説したものです。

各論の後に、絞扼性神経障害の範疇で捉えた他の疾患についても若干例ですが治療法を紹介しています。最終章では、私説として、筋による神経への直接的な障害を考慮して捉えた疾患概念を提唱しています。また、鍼による、新たな治療法になり得ると考えられる刺激法の例を、私がブログに紹介した文献から抜粋して紹介しています。

筆者は、1988年の全日本鍼灸学会誌において、絞扼性神経障害の概念と治療法を報告しました。以後、1992年までに主に下肢に生ずる絞扼性神経障害についての鍼治療法を報告しました。本書では、これらの知見に新たな文献を加えて解説しています。

著者名 : 小川義裕
発行所   : 虎の門針灸院
出版日 : 2015年3月22日初版
サイズ   : B5版, 188ページ, 図34枚
ISBN 978-4-9908155-2-3
C3047 ¥ 8500 E

解説している疾患
1. 胸郭出口症候群  
2. 絞扼性肩甲上神経障害
3. 絞扼性腋窩神経障害
4. 高位橈骨神経絞扼性障害
5. 橈骨神経管症候群
6. 異常感覚性手有痛症
7. 筋皮神経の絞扼性障害
8. Struther’s Arcadeによる尺骨神経の絞扼性障害
9. 肘部管症候群
10.回内筋症候群
11.前骨間神経症候群
12.手根管症候群
13.尺骨管症候群
14.梨状筋症候群
15.外側大腿皮神経の絞扼性障害
16.伏在神経の絞扼性障害
17.総腓骨神経の絞扼性障害
18.浅腓骨神経の絞扼性障害
19.腓腹神経の絞扼性障害
20.足根管症候群
21.前足根管症候群
22.Morton病 

図のサンプル
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市販はしておりませんが、希望される方にはこのブログを通じて販売しております。
購入を希望される方は、下記メールアドレスまで、「氏名、住所、電話番号、郵便番号」をお知らせください。折り返し、口座番号をお知らせ致します。入金を確認次第発送しますので、入金後1~2日で到着致します。

メールアドレス:dbqmw440@ybb.ne.jp

「はじめに」の一部紹介

 絞扼性神経障害(entrapment neuropathy)は、Kopell ,Thompson(1963)らによって提唱された概念であり、局所性のニューロパシーに含まれます。この疾患は、末梢神経が靱帯や筋起始部の腱性構造物などに接して走行する部位、筋・筋膜を貫く部位、および線維性または骨線維性トンネル内などにおいて、圧迫や何らかの機械的刺激を受けて生じる限局性の神経障害を総称したものです。
 末梢神経はその走行中に複数の部位で結合織性の固定をうけており、これらの部位では神経自体の伸延性に乏しいため、圧迫などの機械的刺激によって損傷を受けます。このような部位は全身に多く存在するため、日常診療において比較的頻繁に見られる疾患です。また、この圧迫は特定の部位で生じるため、本症を認識して局部の診察を行えば診断は比較的容易です。しかしながら、一般的に、不定の疼痛やしびれ感などの愁訴はその原因を中枢である頸椎や腰椎に求めやすい傾向があります。また、重度の運動麻痺を生じた手根管症候群などを除けば、整形外科医でさえも本症に対する認知度が低いため、誤診されている患者さんを少なからず見かけます。この原因として、鑑別の際に本症が念頭に置かれないこと、また、X線検査などに頼り過ぎて局所の診察が不十分なことが挙げられます。臨床的には、問題を引き起こす部位はほぼ決まっており、この疾患を念頭において診察すれば診断に苦慮することは少ないと言えます。 しかし一方、胸郭出口症候群のように、発症機序や病態の定義が曖昧であるため診断に苦慮する疾患もあります。また、神経の走行には分岐や吻合などの破格も多く、症状と神経分布が一致しない症例に少なからず遭遇します。このような場合でも、触診によって異常な部位を確認して治療することで多くは軽快します。鍼灸師の責務は確定診断をすることではなく、原因となっている病態を判断して治療することにあります。
本症は、日常の診療においては軽症例やsubclinicalな症例が多く、手術を必要とするような重症例は少ないため、治療が適切であれば鍼治療の効果は即効的です。また、鍼治療による効果の有無によって器質的要因の重大性や神経障害の程度を推測でき、保存的治療の限界と手術の適応性を判断する意味において診断的価値があります。端的に言えば、鍼治療で効果が得られない場合、その多くは保存的治療が無効であると予想できます。

 一方、手術を必要とするような重症例を除けば、整形外科などにおける治療は局所への麻酔薬の注射か温熱療法などであり、絞扼要因を軽減する観点が欠如していることに問題を感じます。温熱療法や低周波電気刺激などは悪化させることはあっても軽快させることはほとんどありません。さらに、これらの治療はentrapment pointのみを対象としており、圧迫を引き起こす誘因となっている、筋群の緊張が考慮されていません。さらに、臨床において多く見られる、同一の神経が複数の部位で圧迫される“double lesion neuropathy”の視点も欠如しています。先天的に存在する腱弓が圧迫の原因となっている場合においても、これらの腱弓に連続する筋群の過剰な緊張が、直接・間接的な要因となって発症の引き金になっています。その誘因として、不慣れな作業やover use、および外傷などのエピソードがほぼ全ての患者さんに存在しています。これらの筋の繰り返された収縮による神経への機械的刺激や圧迫、および緊張による神経の伸延性の阻害などが発症の契機になったものと推測されます。一鍼灸師では、神経伝導速度測定、超音波、およびMRIなどの検査は行えませんので診断が困難な場面もあります。しかし、これらの検査も万能とは言えません。臨床的には、神経伝導速度に異常を示さない症例の方がむしろ多いのです。手術を必要とするような重症例以外の患者さんに対する治療としては、多くが鎮痛剤の投与による経過観察が中心であり、整形外科的にはほとんど有効な手段があるとは言えません。これらの軽症の患者さんに対して鍼治療は圧倒的に効果的であり、重度の運動麻痺を除けばそのほとんどが数回の治療で軽快します。
 .........。

 筆者が、鍼灸の学会誌に外側大腿皮神経の絞扼性障害の病態および治療法を紹介したのは1989年のことでした。その後、1992年までに、伏在神経の絞扼性障害、腓骨管症候群および足根管症候群の病態と、考案した治療法を紹介しました。また、2006年に全日本鍼灸学会東京地方会からの依頼により講演を行い、同年、医道の日本誌に絞扼性神経障害の多重発症例を報告しました。初めての報告から既に25年の歳月が経過し、今では鍼灸師の間でも周知の疾患となっています。今更、絞扼性神経障害についての本を書くことに意義はないと思っておりましたが、1冊の本で20種類以上の絞扼性神経障害を網羅し、尚かつ、鍼治療の指針となるような解説書は見あたりません。そこで、日常診療における鍼灸師のための解説書として、本書の執筆を思い立ちました。

 筆者は絞扼性神経障害の治療において、絞扼に関与する筋の緊張緩和を重視しており、治療法は全ての絞扼性神経障害に対して共通するものです。この観点は、一見筋の緊張緩和のみを目標としているように受け止められますが、筋が持つ機能は単純ではありません。絞扼性障害の特徴として、神経支配域の変性を基盤とした軟部組織の線維化(myofibrositis)を生じますが、この部位への適切な刺鍼刺激は神経の回復を促進させるとの印象をもっています。また、骨格筋は運動器としての役割のみならず、「マイオカイン」と総称される生理活性物質を分泌する内分泌器官として捉えられ、代謝の主役として見直されています。現在、マイオカインの候補として30種類ほどが知られていますが、その効果やメカニズムが明らかになっているものは未だ少なく、研究はこれからと言えます。筋の伸展刺激や電気刺激によってIL-6, IL-8, GM-CSF, MIF, SPARK、VEGFなどが分泌され、自転車運動によってBAIBA, irisinが、筋の障害によってinsl6などが分泌されます。また、構成性に無刺激でIL-7,IL-15, Myostatin, Visfatinなどが分泌されます。IL-6は周知のように炎症性のサイトカインです。すなわち、筋の運動や異常な緊張は神経を機械的に刺激するだけではなく、炎症物質の分泌によって直接的に神経の炎症を引き起こす可能性も考えられます。さらに最近では、筋細胞分化に関わる因子として同定された転写因子であるMyocyte enhancer factor-2(MEF2)が、免疫系ではT細胞の分化・活性化、神経系ではシナプス機能の維持や調節に関与していることが明らかになってきています。例えば、パーキンソン病においてMEF2のS-ニトロシル化がニューロンの生存を制御していることが示されており、他の神経学的疾患でも同様の現象が起きていることが示唆されています。従来の絞扼性神経障害における病態の認識には、このような複雑な筋機能の視点がありませんでした。筋の多彩な機能については、未だ多くの未知な部分が多く、直ちに、治療に応用できる段階ではありませんが、このような視点に立つことで、今後の鍼治療の発展に寄与できるものと考えております。
なお、筆者は、このような観点とこれまでの臨床経験から、絞扼性神経障害を中心とする運動器疾患に内科的疾患を含め、筋の病理に関わる神経障害を1つの疾患概念として捉えた、「筋・筋膜性神経障害(Myofasial Neuronal Disorders ; MND)」を提唱するとともに、この概念による基本的な治療法を模索しているところです。
 ........。

追伸

「絞扼性神経障害の鍼治療」および「附着部障害の鍼治療」を購入された方へ 
          
「絞扼性神経障害の鍼治療」、および「附着部障害の鍼治療」の中の記述について、「刺法」の一部変更をお知らせいたします。

これらの書籍はオンデマンド印刷にて随時増刷しておりますが、その際に、ミスプリントや変更したい箇所など、部分的な修正を行っています。

この度増刷する、「絞扼性神経障害の鍼治療」、および近い将来に増刷予定の「附着部障害の鍼治療」の内容を若干ですが変更しております。変更はわずかですが、基本的刺法ですので、以前に購読された方のためにお伝えします。

「治療法の総論」の中で、筋の緊張緩和への刺法としては「散鍼」を原則とすると記していますが、現時点では寧ろ留鍼し、途中で何度か「搓捻」、および「堤・插」操作を加えています。この刺激は、附着部障害における附着部(enthesis)へのEt鍼、および絞扼性神経障害の鍼治療における絞扼点(entrapment point)に対する、“emancipation method”においても共通点があります。尚、これらの刺法によって、現在までに局所の炎症が悪化したことはありません。      

出版後も多くの知見が報告されており、新たな情報や疾患の追加など、何れ、改訂版の出版も必要になろうかと思われます。また、その他の疾患についてもまとめたいと考えています。しかしながら、一開業鍼灸師にとりましては、未解決の問題も実験的検証は行えず、臨床に頼るしかないため、実現できるかは未定です。 
               
尚、「釈迦に説法」になってしまうかも知れませんが、念のため、前述した、「搓捻」と「堤插」についてご存じ無い方のために簡単に説明いたします。

「搓捻」とは、要するに、留鍼中に鍼を回転させて刺激することです。「搓」は、180°以上の回転を強く加え、「捻」は、45°以内の回転を弱めに加える。これらの手技によってコラーゲン線維の一部を切断することで線維束の異常を回復させる。同時に、回転刺激によって「得気:deqi sensation」を生じさせることを重視しています。

経穴領域におけるコラーゲン線維の形態変化(巻き付きなどの異常)が経穴の構造、および病態に関与し、また、その解除が鍼治療の機序に大きく関与していると報告されています。経穴領域において、例えて言えば、絡み合ったコラーゲン線維の一部を切除して解除することでコラーゲン線維を正常化して病態を改善すると推測されます。

「堤插」の「插」は、鍼を中に進めることで、「堤」とは鍼を外に退くことを意味し、鍼尖を上下に1分程度の範囲で動かす操作。

双方向性の回転刺激の微妙な違いは、マウスの皮下結合組織の細胞応答に影響するようです。また、“堤插操作:Lifting and Thrusting Manipulation”を伴う鍼治療は、操作無しの治療と比べ、エンドトキシンの注射によって誘発された血清IL-1β、TNF-αおよびIL-6のレベル増加を有意に阻害し、抗炎症性サイトカインであるIL-4を上昇させたとも報告されています。

私は、コラーゲン線維への操作とは別に、神経に対する、ダメージを与えない程度の回転刺激は神経機能の回復に寄与するものと推測しています。これらの刺激法の組み合わせは、神経機能の促進や、異常なコラーゲン線維の正常化を促す効果が期待されると考えています。

尚、「絞扼性神経障害の鍼治療」の増刷は、10日ほどで完了します(本書は、5月28日に到着しました。)。

「中医学の誤謬と詭弁」を出版 [出版のお知らせ]

「中医学の誤謬と詭弁 -黄帝内経における臓腑経絡概念の本質-」を出版しました。

「中医学の誤謬と詭弁-黄帝内経における臓腑経絡概念の本質-」

本書は、鍼灸学の源流である、「黄帝内経素問および霊枢」における臓腑経絡概念に関する記述を、当時の医科学レベルの視点に基づいて医学的に解読し、その本質を解き明かしたものです。

現代の中医学・東洋医学は、黄帝内経以後における医学的衰退と思想的解釈による誤謬に基づくものです。さらに、近現代における医学知識の勝手な借用による意釈によって、あたかも、古代の中国において、現代医学にも比肩する別系統の医学が存在したかのごとき、あり得ない詭弁が一般常識となってしまいました。

現代の中医学・東洋医学の根幹を成す理論とは、誤謬と詭弁による誤った概念が普遍化したものです。鍼灸が医学の一分野となるためには、古代の思想から脱却して誤りを是正することから始めなくてはならないと考えます。したがいまして、本書における黄帝内経の解釈は従来の常識とは全く異なっております。

本書の内容は、2000年7月~2002年3月までに「医道の日本誌」に掲載された、正経十二経脈、絡脈、および奇経の解剖学的解読と、是動病・所生病の医学的診断の内容を一部訂正し、さらに、臓腑の機能と病態に関する内経の記述を医学的に解読したものを総合してまとめています。

黄帝内経における臓腑経絡概念の本質について筆者独自の解釈によって、現代の中国医学の根本的な問題点を指摘しています。

下に、「はじめに」の一部を抜粋して紹介しています。

著者名 : 小川義裕
発行所  : 虎の門針灸院
出版日 : 2015年1月6日初版
本のサイズ : A5版, 316ページ
ISBN 978-4-9908155-0-9
C3047 ¥ 6500 E

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「はじめに」の抜粋 
 
 中国医学(以下中医学と略)には、蔵象学説と経絡学説によって構成される「臓腑経絡学説」と呼ばれる診療理論が存在する。これは、古代中国の医学書である『黄帝内経』を源流とする、中医学における中心的な理論体系であると言われている。蔵象学説は、各臓腑の生理機能や病理現象と臓腑の相互関係を体系的に論じたものである。蔵は臓腑のことであり、象とは臓腑の生理機能および病理的変化を意味する。中医学では、『黄帝内経』における臓腑とは、個々の臓器の生理・生化学的機能の範囲を超越したものであるとされ、医学的な複数の臓器機能を包括的に捉えた概念であるとする考えが定説となっている。また、医学雑誌などでも、五臓(肝・肺・心・腎・脾)は西洋医学の臓器とは一致しないなどと述べられている。
 
 しかし、古代中国において、臓器機能を正確に認識することは不可能である。『黄帝内経』における記述では、臓器の定義こそ存在しないものの、三焦を除けば、臓腑の名称と現代医学における臓器は同一のものである。医学知識も検査機器も存在しない時代において、臓器機能や病態を認識するための可能な方法は、臓器の肉眼的観察からの想像や、剖検による形態の異常と生前の病症を対照させて推測することである。『黄帝内経』が、臨床観察に基づく病症のパターン認識能力に優れていたことや、解剖も実際に行われていたことがその根拠である。実際に、原典に記された病症には、特定の疾病を正確に認識しているものが多く認められる。

 一方、個々の患者の診断になると話しは別である。病症だけで鑑別することは、現代の医学においても困難である。それは、多くの疾患に複数の似通った症状が見られ、診断特異的な症状が存在する疾患が少ないことによる。まして、古代中国の医学水準では不可能である。病症のみによる診断の問題点は当時の医師も認識しており、前漢の有名な医師であった淳于意(文帝13年, BC167年生)の話にも残っている。それは、病症には互いに似たものが多いので、古の聖人は脈法を作ったというものであり、この脈証ごとに百の病を区別して分類したと記されている。この話から、脈診による疾病分類の動機を伺い知ることができる。この脈証による診断法が影響してか、その後の中医学の歴史において、病名による分類と病理学的究明が発展することは無かった。疾病の症状はその原因となる臓器から分離され、病症によって集約された「証」と呼ばれる概念による診断法が発展した。その結果、現代医学の診断とは大きく異なるものとなった。加えて、想像による稚拙な臓器機能の認識を現代医学の先入観で捉えることによって、臓腑を、複数の臓器機能を包括的に捉えた概念であるなどとする誤謬が生じた。このような誤謬を助長する大きな要因は、中医学書に記された臓腑機能に、中国の医学史における認識には存在しなかった医学的な機能の借用が行われたことにある。このような詭弁によって、古代中国において、現代医学にも比肩するような別系統の医学が存在したかの如き、あり得ない非常識が普遍化してしまった。さらに、蔵象観の本質を知らない医師たちによって、古代中国の五行説をシステムネットワーク医学であるなどと吹聴されている。しかしながら、世界が「木・火・土・金・水」によって成り立つとして、この5元素の関係で森羅万象を説明するような古代の思想を、システム論的などと評価するのはあまりにも稚拙である。このような誤謬の根本原因は、『黄帝内経』における五臓六腑に関する記述を自ら検証せず、現代医学知識の先入観によって過大評価したことにある。
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 臓腑経絡弁証や八網弁証を主とする「証」による診断は、中医学の特徴として認識されている。しかし、これらの弁証法や「証」による分類法は、本来、『黄帝内経』には存在しない概念であり、後世に作られたものである。『黄帝内経』は、長年月におよぶ詳細な臨床観察と解剖実践の知識を基にした実証的合理性を備えており、後世の思弁的な中医学に比べ遙かに優れていた。『黄帝内経』には、経脈病候と呼ばれる正経十二経脈の名を冠した疾病分類や、個々の疾病を単位とする疾患名も記述されている。病症記述には特定の疾病を正確に認識したものが多く認められ、それらの疾病の症状群を詳細に観察しており、医学的な診断も十分可能である。『黄帝内経』の理論は、医学が未発達な時代の自然観を基にした想像によるものであるため、その理論は稚拙であるが、病症観察は具体的で記述には実質的な価値が認められる。したがって、これらの病症記述の背景にある病態を、医学的に解読することで蔵象観の本質が明らかとなる。従来の解説書は言語学的解釈に偏重しており、文字の背景にある医学的な意味を解読する視点に欠けていたことに大きな問題がある。さらに、後世における思弁的解釈に、現代医学知識を都合良く借用して補足した結果、理論が錯綜して『黄帝内経』本来の意味とはかけ離れた蔵象観が形成されたものと言える。

一方、経絡学説とは、気血が運行すると考えられている一種の通路の循行経路(以下流注)である経絡と、臓腑との関係を論じた学説である。経絡は、正経十二経脈と呼ばれる主流と、支流である絡脈、奇経、および経別と呼ばれる正経脈の別ルートを総称したものである。また、経絡上には経穴と呼ばれる特異な部位が想定され、臓腑などの身体の異常が現れる部位であると同時に鍼灸の治療部位となっており、現代医学には存在しない診療概念を形成している。
経絡は未だ未解明であるが、一般的には、構造的実体は無く脳内にそのようなパターンが存在すると考えられている。しかしながら、未だかつてそのようなものが発見された事実はない。この認識は、神経・血管の走行と経絡の流注が一致しないことを根拠としているが、そもそも、解明の対象とした経絡に根本的な問題がある。失敗の原因は、原文を忠実に解読しなかったことに加え、後世に描かれた経絡図を基に身体浅部の神経・血管によって解明しようとしたことにある。最も特徴的な誤謬は、体幹部の流注の解釈にある。経絡図は、身体表面に投影させ簡素化して描いた模式的なものであるが、原典である経脈篇に記された流注は具体的で、なおかつ、身体内部の臓器周辺を走行しており経絡図とは大きく異なっている。経絡とは、内部臓器からの放散痛など、体表面に感じられる感覚や治療刺激による一連の反応に、その起源となる内部構造を照合して構想した概念であると推測される。したがって、肉眼的に確認できる構造を有する、神経・血管を連ねて構築したもの以外にはあり得ないと考えられる。一方、経絡現象は、神経反射の連合など、複数の生理学的現象が交錯し、重なり合って生じた影絵のごときものであり、その全体像は構造としての経絡とは必ずしも一致するものではないと考えられる。したがって、先ず、原典である経脈篇に記された流注を解剖学的に解読し、経絡現象を含めた経絡概念の全体像の究明とは切り離して取り組むべきである。
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「第9章 総括と鍼治療学への展望」の抜粋

9.1 総括

 蔵象観の本質について、病症記述の医学的診断によって検討した結果、三焦以外の臓腑は現代医学における臓器と同義であり、その機能や病態はそれぞれの臓器について考えられたものであることが明らかになった。また、三焦は、網嚢を含む腹膜腔全体を臓器として認識したものと推測した。五臓の病理観は、病死した患者臓器の観察から認識した異常と、生前の病症観察との照合による推測が中心となっており、これに臓器内部の性状や周囲の神経・血管の分布と臓器間の連絡などから推測したものが含まれると判断した。

 一方、六腑については、臓器の内容物や排泄物などの観察による素朴な認識であった。
 『黄帝内経』の際立った特徴として、長期間におよぶ臨床観察と相当数の解剖を基にした、病症のパターン認識能力の高さがある。しかし、古代においては、臓器の病態を病理学的に究明する手段や知識も存在しなかったため、当時の自然観や思想的な解釈による想像によって蔵象観を構想した。後世になると、科学的な病態究明の意識は消失し、原因となる各臓器の病態から病症のみが離れて一人歩きを始めてしまい、やがて病症や脈診を中心とする証による分類が発展し固定されることとなった。その後、思想的完成と相まって、医学的にはさらに衰退していった。衰退の原因は、千変万化の病理現象の全てを、五行説などの思想の枠組みの中で説明するようになり、科学的な実証研究の姿勢が失われたことにある。研究対象は人体から古典に準拠した考証へと変わり、理論体系の閉鎖性を招いた。後世になると、もはや、『黄帝内経』の記述が検証されることはなく、その本質が理解されることはなかった。この傾向は、中医学の歴史のみならず現代においても同様であり、中医学における学派や書物は数多くあっても、古典をなぞるだけの万世一系である。現代中医学においては、さらに悪いことに、近代以後に導入された医学知識を都合良く借用し、恰も古代中国において、現代医学と同様の認識が存在したかのごとく『黄帝内経』の本質を歪曲したため、結果的に理論が錯綜することとなった。これを、『黄帝内経』の記述を自ら検証しない医師達が、医学知識による先入観によって解釈し、過大評価したことで、本質とはかけ離れた認識が普遍化する結果を招いたと言える。これが、誤謬と詭弁を重ねて形作られた、中医学における蔵象理論の本質である。

 経絡とは何かであるが。本書では、経脈篇の記述が具体的であることから、神経・血管を連ねて構想した概念であるとの仮説を立て、原文を忠実に解読した。その結果、対象とした経絡の全ての流注を説明することができた(奇経については、督脈、任脈、衝脈以外は流注記述の情報量が少なく、解読は断念した)。さらに、経穴の存在する領域を想定し、『黄帝内経』中に記された全経穴と比較検証したところ完全に一致した。これらの結果は極めて重要であり、仮説の信憑性を示す証拠と考えている。これまでの、経絡研究の問題点は、「経絡図」、「経絡現象」、および「構造としての経絡」の3種類を、全て1つの理論で説明しようとしたことにある。経絡図は、簡素化して身体表面に投影させて描いた便宜的なものであり、経絡現象は、複数の神経の吻合やバイパスを通じた連絡や、脊髄レベルにおける反射の連合などによって生じた現象であると推測される。古代中国の人間は、これらの複数の現象が重なり合って生じた、恰も、影絵のごとき現象から経絡概念を発想したものと考えられる。さらに、この現象の起源を身体内部に求め、解剖して神経・血管を発見した。さらに、想定したルートに従って辿ることによって経絡概念を構想したものと考えられる。したがって、構造としての経絡と経絡現象は一致するものではなく、経絡の全体系そのものには実質的な意味はないと考えられる。したがって、経絡の全貌が、そのまま体系的に意味を成す可能性は極めて低いと言わざるを得ない。今後、医学としての鍼治療学を発展させるためには、従来の固定概念を捨て、神経と臓器間のネットワーク構造を考慮して新たな経絡像を構想すべきであると提唱する。

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