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医療従事者の燃え尽き症候群やメンタルヘルス不良が増加とCDCが発表 [医療クライシス]

医療従事者は、2018年から2022年にかけてメンタルヘルス不良の日が増加し、燃え尽き症候群の感情が高まったと報告されています。これらの問題は、経営陣を信頼し、上司の支援を受けていた人々の間ではそれほど一般的ではなかったことが、CDCの調査で判明しました。

医療従事者は他の人をケアしますが、今苦しんでいるのは医療従事者自身であり、私たちは行動を起こさなければなりません、と、CDCの首席医療責任者であるデボラ・ホーリー医師、MPHは記者団との電話で述べました。

一般社会調査「ワークライフの質」モジュールのデータを基に、2018年(医療従事者226人を含む回答者1,443人)と2022年(医療従事者325人を含む回答者1,952人)のアメリカ成人労働者の自己申告によるメンタルヘルス症状を比較。 医療従事者が報告した労働条件に対する認識と、不安、うつ病、燃え尽き症候群との関連性についてロジスティック回帰分析によって評価。

2018年から2022年にかけて、医療従事者は過去30日間にメンタルヘルス不良が1.2日増加したと報告(3.3日から4.5日へ)。 燃え尽き症候群を頻繁に感じると報告した割合 が11.6% から 19.0%に増加。 2022 年、医療従事者は、経営陣への信頼 (オッズ比 [OR] = 0.40)、監督者の助けがある(OR = 0.26)、仕事を完了するのに十分な時間がある (OR = 0.33)場合、燃え尽き症候群になる確率が減少。職場での嫌がらせは、不安(OR = 5.01)、うつ病(OR = 3.38)、燃え尽き症候群(OR = 5.83)の確率増加と関連。

アメリカの医療従事者の間では、2019年から2020年の間に業務関連の傷害や疾病の発生率が 249% 増加しました。パンデミックにより、スタッフ不足、患者の多忙、物資不足、疲労、悲しみにより、既存のリスクと仕事量の増大、さらに、患者や同僚などからのハラスメントによって健康状態が悪化しました。

一方、前向きな労働条件は、燃え尽き症候群の減少とメンタルヘルスの改善に関連していました。 CDC の国立労働安全衛生研究所は、医療従事者の雇用主に医療従事者のメンタルヘルスを改善するためのリソースを提供する全国キャンペーン「Impact Wellbeing」を展開しました。

2022 年には、報告されている医療従事者によるハラスメントの蔓延は 2 倍以上に増加し、別の仕事を探す意向がほぼ50%増加しました。 否定的な労働条件は、抑うつ症状の有病率の高さ、健康状態悪化の自己評価、および離職意向と関連しています。 したがって、アメリカ公衆衛生協会と国際労働機関は、公衆衛生としてディーセント・ワーク(安全と社会的保護、公正な収入、成長、発展、生産性の機会を提供する仕事など) を推進しています。

この報告書は、医療従事者の精神的健康状態の悪化の一因となった修正可能な労働条件を特定し、雇用主に対する予防措置を提案しています。これまでの研究で、組織の側面を変える仕事上のストレス介入(例えば、管理者の社会的サポートの増加)は、二次的介入(例えば、ストレス要因のスクリーニング)や三次的介入(例えば、個人のストレス管理)よりも効果的であることが判明しているとのこと。管理者の介入に関する最近のレビューでは、メンタルヘルスの意識と、労働者をサポートし安全文化を改善する方法について管理者をトレーニングすることで、労働者のストレスを軽減し、幸福度を向上させることが期待できると示唆されています

因みに、回答者が自分の労働条件をどのように認識しているかを評価するために、次の質問をしました。

経営陣を信頼しているか
職場でハラスメントを受けたか
仕事を完了するのに十分な時間があったか
労働条件が生産性を支えているか
上司が役に立ったか

新型コロナ感染によるパンデミックの際には、医療従事者の負担は相当なものであったと推察されます。しかし、医師であれば、自身のメンタル面のコントロールは一般の人よりもできて当然にも思われます。少々酷な意見かも知れませんが、信頼できる経営陣と上司の支援があれば、燃え尽き症候群の減少とメンタルヘルスが改善するというのは、医師としては情けない様に思うのですが。

因みに、アメリカとは対照的に、パンデミック初期の2020年初頭にノルウェーで行われた人口ベースの横断研究では、医療従事者の不安やうつ病のレベルが他の従事者に比べて低いことが報告されています。

もう20年ほど前になりますが、私が今でも覚えていることは近くにある棒医大の入学試験での光景です。何と、両親がつきそって試験を受けに来ていました。さらに、両親はそのまま外で昼まで待って一緒に昼食を食べていたのです。無論、帰りも親子仲良く一緒です。この様に自立できていない稚拙な人間が6年後には「先生」と呼ばれ、看護師を従えて医療に従事するのかと思うと情けなくなりましたが、この文献の報告にも通じるものを感じます。

出典文献
Morbidity and Mortality Weekly Report
Health worker-perceived working conditions and symptoms of poor mental health -- Quality of Worklife Survey, United States,
Jeannie A. S. Nigam, R. Michael Barker, Thomas R. Cunningham, et al.
2018–2022" MMWR 2023; DOI: 10.15585/mmwr.mm7244e1.

蔓延する末梢動脈疾患の過剰治療 [医療クライシス]

最近のニューヨークタイムズの論文やProPublica(プロパブリカ)の記事によって、末梢動脈疾患 (PAD) 患者への過剰治療に対する懸念が直接世論の注目を集めるようになりました。

多くの患者は、ニューヨーク・タイムズやプロパブリカの記事で取り上げられた医師の行為に愕然とし、その結果、医師への不信感が生まれて治療をためらっています。

論文に関する医師の意見は明確に分かれています。 専門分野間だけでなく、病院内で処置を行う医師と外来のオフィスベースの検査室 (OBL) の間でも同様です。血管外科学会は、「主として患者の最善の利益だけを目的としない限り、どのような手術も推奨または実行されるべきではない」ことを確認する強い声明を発表しています。

しかし、アメリカ心臓病学会やインターベンショナル放射線学会など、PAD の治療に多くの代表者を擁する他の主要な学会は、この問題に関する公式声明をまだ発表していません。

PADの一般的な症状は跛行であり、歩行時に片側または両脚の痛みとして現れ、安静時には軽減されます。これらの患者は、適切な薬(アスピリンやスタチン)とライフスタイルの修正(禁煙や運動)で正しく管理されていれば、5年間で下肢切断のリスクは1%未満です。 対照的に、侵襲的処置後の下肢切断のリスクは5 年間で約 6% です。

これは、血流を改善するためとする侵襲的処置が医学的管理のみと比較して6倍リスクが高いことを示しています。したがって、跛行の第一選択治療として侵襲的介入(アテローム切除術や金属ステントの使用など)を使用することは、現在、どの主要な専門学会も推奨していません。

アテローム切除術は、血管のロートルーターとして最もよく説明されます。 細いワイヤーを使用して小型のデバイスを動脈に挿入し、プラークを削り取って下肢への血流を改善することを目的としています。アテローム切除術の概念は論理的には理にかなっていますが、PAD の治療におけるアテローム切除術の使用を裏付けるデータは曖昧であり、他の技術と比較して害を及ぼす危険性があります。

しかし主な問題は、アテローム切除術は PAD の最も高額な償還が行われる治療法であり、介入ごとに償還に数千ドルが追加されることです。これらの償還率は 15 年以上前にメディケアおよびメディケイド サービス センター (CMS) によって設定され、デバイスの購入コストが大幅に削減されたにもかかわらず、わずかに調整されただけです。

当然のことながら、生計が償還に依存している施設で勤務している医師は、主に病院で勤務している医師よりもアテローム切除術を行う可能性が高くなります。残念なことに、結果的に苦しむのは患者です。短期間に複数回の再介入を受けて病気が進行し、最終的に切断に至る可能性が高くなります。

多くの OBL は医師が所有しており、多額の融資によって支えられているため、金銭的インセンティブにより、医師は OBL 環境でより多くの症例を行うように誘惑されています。 OBL で行われた症例の償還は、施設の諸経費、施設スタッフ、症例に使用された材料、および医師の給与をカバーしなければなりません。その結果、より多くの症例を行うだけでなく、医師がより高い償還を請求できるテクノロジーを使用するという固有のインセンティブが生まれます。 ここでアテローム切除術が登場します。

一部の医師たちは、手術医療の暗い側面が公に曝されることを称賛しています。それは、「primum non nocere」(ラテン語“第一に危害を加えない”)という最も基本的な医師の誓いよりも金銭的インセンティブが優先されることを危惧しています。

この記事を批判する医師らは、PAD患者には治療が必要であり、PAD治療の不適切な使用に関する懸念は根拠がないと主張します。これらの批判者のほぼ全員がPAD 症例の大部分に対してアテローム切除術を施行しています。重要なのは、PADの治療におけるアテローム切除術の過剰使用は専門分野特有の問題ではないということです。 ニューヨーク・タイムズが取り上げた外れ値200人のうち、21%が血管外科医、41%が心臓専門医、23%が放射線治療専門医、15%が他の専門分野の医師でした。

非難にもかかわらず、利益のために倫理を犠牲にした「悪いリンゴ」の大多数には、ただ 1 つの共通点があります。それは、ほとんどの事件を OBL で実行していることです。

改革には様々な方法があります。 CMS は、代替治療の利益が最小限である高価な技術に対する償還を削減する可能性があります。

保険会社は、介入前に患者が必要な薬物療法(アスピリン、スタチン、禁煙、運動療法)を受けているかどうかを確認するために、医療記録を評価する手段として事前承認を要求する可能性がある。 専門学会(CMS)は OBL のための規制環境を導入し、それによって高品質のケアを提供する医療機関が承認のスタンプを受け取ることができ、患者はそこで治療を受けても安全であることを知ることができます。 最も重要なことは、医師が同僚の医師の一部が正しいことをしていないことを認識し始めることができるということです。 外れ値には PAD 治療を実践する少数の医師が含まれますが、悪影響は甚大です。

不適切な行為を非難しなければ、少数の人の行動が医師全員に疑問を投げかけることになるでしょう。 今こそ、頭を悩ませるのをやめ、本来の医療の実践に戻る時が来ています。 医療はビジネスではなく、「召命」ですと述べています。

出典文献
Who Is to Blame for the Rampant Overtreatment of Peripheral Artery Disease?
— The loudest critics are the biggest offenders
by Caitlin W. Hicks, MD, MS August 13, 2023

ヒト由来モノクローナル抗体のシンパネマブは早期パーキンソン病に無効 [医療クライシス]

凝集α-シヌクレインはパーキンソン病の病因において重要な役割を果たしており、α-シヌクレインに結合するヒト由来のモノクローナル抗体であるシンパネマブは、パーキンソン病の疾患修飾治療薬として評価されていた。しかし、多施設二重盲検第2相試験では全く効果は認められず、72 週目の中間解析後に研究は中止された。

登録された参加者は357 人。その中の、100 人が対照群、55 人が 250 mg シンパネマブ群、102 人が 1250 mg 群、100 人が 3500 mg 群に割り当てられた。

52週間の多施設二重盲検第2相試験では、早期パーキンソン病の参加者に、プラシーボボ(対照)またはシンパネマブを4週間ごとに250mg、1250mg、または3500mgの用量で静脈内注入し、その後、最大112週間の積極的な治療用量盲検延長期間を受けるよう、2:1:2:2の比率でランダムに割り当てた。

主要エンドポイントは、運動障害学会が後援した統一パーキンソン病評価尺度(MDS-UPDRS)の合計スコア(範囲、0〜236、スコアが高いほどパフォーマンスが悪いことを示す)のベースラインからの変化。

二次エンドポイントには、ドーパミントランスポーター単一光子放出コンピュータ断層撮影法(DaT-SPECT)で評価した、MDS-UPDRSサブスケールスコアおよび線条体結合が含まれていた。

MDS-UPDRS スコアの 52 週までの変化は、対照群で 10.8 ポイント、250 mg 群で 10.5 ポイント、1250 mg 群で 11.3 ポイント、3500 mg 群で 10.9 ポイント。

調整平均差は対対照群で、−0.3 points [95% confidence interval {CI}, −4.9 to 4.3], P=0.90、0.5 points [95% CI, −3.3 to 4.3], P=0.80、および0.1 point [95% CI, −3.8 to 4.0], P=0.97, respectively)。

二次エンドポイントの結果も、一次エンドポイントの結果と同様。

最近騒がれている、アルツハイマー病の原因として信じられていたアミロイドβ仮説の論文における捏造問題は、これまでに投じた医薬品開発を含む数千億円の研究費が無駄であったことを明らかにした。以前の、「スタップ細胞の捏造問題」と同様に、論文の画像がつぎはぎされていたことに長い間気づかなかった。ネイチャーの査読はその程度かとあきれる。

また、他の例では、急性脳卒中に対する有効な治療法も限られており、これまでに、治療薬の開発に何十億ドルもの費用が投入されてきたが、ヒトに対する効果は一切示されていない。虚血性脳卒中の血栓を溶かして血流を再開させる薬も、神経細胞の機能回復には効果がなく、現在、脳卒中研究の「核の冬」と呼ばれているらしい。

少なくとも、脳疾患に対する薬物治療は既に破綻しており、医学は曲がり角にきているように見える。それでも、古代の思想そのままの理屈に些末な医学知識を後付しただけの、全くナンセンスな中医学・漢方よりは遥にましではあるが。

出典文献
Trial of Cinpanemab in Early Parkinson’s Disease
Anthony E. Lang, Andrew D. Siderowf, Eric A. Macklin, Werner Poewe, et al.
N Engl J Med 2022; 387:421-432 DOI: 10.1056/NEJMoa2202867

急性脳卒中治療薬効果の幻想 [医療クライシス]

急性脳卒中に対する有効な治療法は限られている。これまでに、治療薬の開発に何十億ドルもの費用が投入されてきたが、ヒトに対する効果は一切示されていない。虚血性脳卒中の血栓を溶かして血流を再開させる薬も、神経細胞の機能回復には効果がない。現在、脳卒中研究の「核の冬」と呼ばれているとか。

例えば、アストラゼネカが開発した、フリーラジカルトラップ剤「NXY-059」は象徴的だ。585匹の動物(ラット)実験による有効性と、その後の1700人以上に対する試験ではわずかに脳障害が軽減された。この結果を受けて、急性脳卒中患者3306人を登録し、脳卒中症状発症後6時間以内に72時間の静脈内NXY-059投与またはプラシーボによる無作為化二重盲検試験を行い、アルテプラーゼ関連の頭蓋内出血を減少させるという仮説を検証した(Shuaib A, Lees KR, 他2007)。

その結果、有害事象率、無症候性出血の頻度、変更ランキンスケールスコアの分布、および神経学的・日常生活の尺度に関するスコア(二次的終点)のいずれにも有効性の証拠はなく、開発は失敗に終わった(ClinicalTrials.gov番号、NCT00061022 [ClinicalTrials.gov])。

最近では、“Negative (Not Neutral) Trials;ネガティブ(非中立的)研究”の危険性が指摘されており、臨床試験論文におけるSPIN(印象操作)が問題視されている(Philip M. Bath, Jason P. Appleton,2019)。

PubMedに収録された全研究論文(2006年)におけるネガティブ試験72報を精査した研究から、アブストラクトの「結論」の37.5%、本文の「結論」の29.2%、「考察」の43.1%にSPINが見つかった。

ネガティブ研究によるリスクを削減するために、以前の介入による有害性の理由を考察することが重要となる。神経保護薬、抗凝固薬、抗炎症薬、フリーラジカル消去薬、抗出血薬、および血管作用薬などの臨床試験(RCT)。他の薬剤は血栓溶解効率を低下させるか、精神神経毒性または心臓毒性を示し、脳内出血への血小板輸血は危険だった。再灌流治療はできるだけ早く行う必要があるが、理学療法と血管抑制薬で見られるように、他の戦略の非常に早い時期の介入は危険である可能性が高い。

引用文献

NXY-059 for the treatment of acute ischemic stroke.
Shuaib A, Lees KR, Lyden P, et al.,
N Engl J Med. 2007 Aug 9;357(6):562-71.
Wasiewski WW, Emeribe U; SAINT II Trial Investigators.

The Hazard of Negative (Not Neutral) Trials on Treatment of Acute Stroke
A Review
Philip M. Bath, Jason P. Appleton, Timothy England,
JAMA Neurol. Published online December 2, 2019. doi:10.1001/jamaneurol.2019.4107

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薬理ジェノミクス研究の矛盾 [医療クライシス]

ジェノム情報を利用して新規の抗癌剤を探索する研究が増えている。ネイチャー誌に掲載された2つの報告ではそれぞれ有望な情報が得られた。しかし、これらの実験に共通する15種類の薬と471種類の細胞株を調査した別の研究(ネイチャー誌;Benjamin Haibe-Kains, 他)では、2つの実験結果に相関性は認められず、効果があった薬は1種類のみだった。

2年後、元の研究論文の著者らが再解析を行い、「まずまず」の相関性か示されたと反論した。しかし、薬の90%以上が効果を示さなかった。一般的に、ほとんどの患者がほとんどの抗癌剤に反応しないのが現実。

1つ目は、「Systematic identification of genomic markers of drug sensitivity in cancer cells
癌細胞における薬物感受性のゲノムマーカーの体系的な同定」。ハーバード大学医学大学院に所属するMathew J. Garnett, Elena J. Edelman,らは、600種類以上の癌細胞株の化合物をスクリーニングして遺伝子指紋を取得して候補の薬に反応した癌を特定した。グループは、2012年に、これらの癌細胞で130種類の新薬候補を用いて48000回もの実験を行った。

研究者らは、「薬物活性をがんゲノムの機能的複雑性に結び付けることで、がん細胞株における系統的な薬理学的プロファイリングは、合理的な癌治療戦略を導く強力なバイオマーカー発見のプラットフォームを提供する」、と記している。

2つ目は、「The Cancer Cell Line Encyclopedia enables predictive modelling of anticancer drug sensitivityがん細胞株ライン百科事典は抗がん剤感受性の予測モデリングを可能にする」。
マサチューセッツ州にあるブロード研究所とノヴァルティス社の共同で、薬500種類の細胞株を24種類の薬でスクリーニングした。

この研究では、薬物感受性の遺伝的系統、および遺伝子発現ベースの予測変数の同定を可能にし、既知の予測因子に加えて、血漿細胞系がIGF1受容体阻害剤に対する感受性と相関することを見出した。AHR発現は、NRAS変異株におけるMEK阻害剤有効性と関連し、SLFN11発現はトポイソメラーゼ阻害剤に対する感受性を予測した。

研究者らは、大規模な無記された細胞株のコレクションが、抗癌剤のための前臨床階層化スキーマを可能にするのに役立つと記している。前臨床現場における薬物応答の遺伝的予測の生成と癌臨床試験設計への組み込みは、「パーソナライズされた」治療レジメンの出現を加速させる可能性があると結論づけている。

しかし、前述したように、これらの細胞株からのデータによって効果を予測できる可能性は低い。

では、何故食い違いは起きるのだろうか。その原因の1つは、長い間、医師達が生きている生物の機能を無視してきたことにある。例えば、癌細胞の種類が違えば増殖速度が違うが、研究者は薬に増殖を遅らせる効果があるものと勘違いする。また、培養フラスコ内の環境も大きく影響し、細胞の密度も影響するが、研究の多くが配慮されず、データの補正がされていない、など。

追伸
「ゲノム」を、「ジェノム」に訂正したことに疑問をもたれた方へ説明します。この国では、医師も科学者さえも「ゲノム」と言っています。しかし、「ゲノム」などという言葉はありません。当初、一般の表現である「ゲノム」と書きましたが、本稿では、発音に近い「ジェノム」と記すことにしました。(2023.9.10)

引用文献
Inconsistency in large pharmacogenomic studies
Benjamin Haibe-Kains, Nehme El-Hachem, Nicolai Juul Birkbak, Andrew C. Jin, Andrew H. Beck, Hugo J. W. L. Aerts & John Quackenbush
Nature volume 504, pages389–393(2013)

Systematic identification of genomic markers of drug sensitivity in cancer cells
Mathew J. Garnett, Elena J. Edelman, Cyril H. Benes
Nature volume 483, pages570–575(2012)

The Cancer Cell Line Encyclopedia enables predictive modelling of anticancer drug sensitivity
Jordi Barretina, Giordano Caponigro, Levi A. Garraway
Nature volume 483, pages603–607(2012)

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動物モデルの不都合な真実 [医療クライシス]

生物医学研究は基本的な病態生理学的メカニズムを探求し、新しい治療アプローチを評価し、新規の薬剤候補を特定して臨床試験を行う。マウスモデルの実験は、薬物候補を特定し、ヒトへの臨床試験の前段階として広く使用されてきた。しかし、これらの試みのほとんどは成功を示していない(1.-4.)。特に、炎症の分野における成功率は極めて低い。

そもそも、マウス臨床モデルが患者のヒト炎症性疾患をどの程度模倣しているかを、分子ベースで体系的に評価する研究は行われていない。ヒトにおいては、異なる病因による急性炎症ストレスが非常に類似したゲノム応答をもたらすが、対応するマウスモデルの応答はヒトの状態とは相関しない。

研究者や公的規制当局は、動物研究の結果がヒト疾患を反映していると仮定している。しかし、動物実験には基準がなく、極めて雑で、試験方法や評価に細心の注意が払われることもない。さらに、これら実験動物たちの、生命の尊厳に対する倫理観も欠如している。

マウスモデルにおける転写応答は、マウスとヒトの間の進化的距離、細胞組成の違い、ヒト疾患の複雑さ、マウスモデルの近親交配、単一の機械論的モデルの使用などが分子応答に見られる差異に寄与し得る。また、患者の臨床ケアに関連する事象は、マウスモデルで捕捉されないゲノム応答を変化させる可能性が高い。

何十億ドルもの研究費を投じて行われた、マウスを使用した数百件にのぼる脳卒中の治療薬はヒトでは効果は認められなかった。マウスに作成した脳卒中はヒトの脳卒中とは根本的に別物であり、マウスによる実験から学べることはない。

現代の生物医学研究は、マウスモデルの使用を基礎として構築されてきた。しかし、人間の病気を模倣するために開発されたマウスモデルの分子結果を、そのまま、人間に直接変換できるとする仮定はもはや成立しないことは明らか。

最近では、ヒトの臓器組織から作られた「臓器チップ」の有効性が証明されている。例えば、肝臓チップは肝臓移植が必要な患者にとっては現時点で役には立たないが、肝臓の代用として、肝機能を模倣して薬の効果を試験することができる。これらのシステムはヒトそのものの組織を使用するため、動物実験のような種差による影響を受けずに生体そっくりな条件で実験できる点が優れている。さらに、生物医学研究における動物実験の失敗率は92%に達し、大量の動物たちを無残に無駄に殺害する行為を回避できる。

製薬業界も医学界も、動物実験の科学的欠陥が立証されてもなおその不都合な真実を隠蔽し、無意味な実験を続けている。近い将来、真実が正当に受け入れられ、動物実験が一掃される日が来ることを切に願っている。

一方、この文献で興味深い点は、マウスモデルにおける相関の欠如とは対照的に、外傷と火傷の間の患者における非常に一貫したゲノム応答が観察されているとのこと。

異なる、基礎的な急性外傷を有する重症患者は同様な生理反応を有し、全身性炎症反応症候群(5.6.)として知られている状態にある。この症候群の根底にある分子機構は病因の開始に関係なく類似しており、薬物標的の追求の中心となる。

未だ実証はされていないが、ヒトにおける外傷、火傷、内毒素血症の間の非常に高い相関は、この仮説を強く支持しており、そのようなアプローチが可能であることを示唆している。

出典文献
Genomic responses in mouse models poorly mimic human inflammatory diseases
Junhee Seok, H. Shaw Warren, Alex G. Cuenca, Michael N. Mindrinos, et al.,
Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Feb 26; 110(9): 3507–3512.
Published online 2013 Feb 11. doi: 10.1073/pnas.1222878110

二次文献
1.
Pound P, Ebrahim S, Sandercock P, Bracken MB, Roberts I, Reviewing Animal Trials Systematically (RATS) Group (2004) Where is the evidence that animal research benefits humans? BMJ 328(7438):514–517..OpenUrlFREE Full TextGoogle Scholar

2.
Hackam DG, Redelmeier DA (2006) Translation of research evidence from animals to humans. JAMA 296(14):1731–1732..OpenUrlCrossRefPubMed

3.
van der Worp HB, et al. (2010) Can animal models of disease reliably inform human studies? PLoS Med 7(3):e1000245..OpenUrlCrossRefPubMedGoogle Scholar

4.
Rice J (2012) Animal models: Not close enough. Nature 484(7393):S9..OpenUrlCrossRef

5.
Bone RC (1991) Let’s agree on terminology: Definitions of sepsis. Crit Care Med 19(7):973–976..OpenUrlCrossRefPubMedGoogle Scholar

6
Rangel-Frausto MS, et al. (1995) The natural history of the systemic inflammatory response syndrome (SIRS). A prospective study. JAMA 273(2):117–123..OpenUrlCrossRefPubMedGoogle Scholar

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