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経穴は存在するか(拙著:「膝痛の鍼治療(総論)」より) [鍼治療を考える]

経穴への疑問

孔子曰く、「知恵の始まりは、物を彼らの固有の名前で呼ぶことである」。

治療ポイントを提示する際、その部位を特定する必要があり、本来ならば誰もが知る経穴名を提示することが妥当と言える。しかし、実際には、使用するポイントは経穴部位とは一致しないことが多く、むやみに近辺の経穴名で代用することは妥当ではないと考える。では、これらのポイントを「私穴」として紹介すべきであろうか。筆者がその昔、専門誌に投稿した論文の中には私穴として名称を記したものもある(2015,2016)。

そもそも経穴とは、「正穴」「奇穴」「新穴」、はては圧痛点なら何処でも「阿是穴」と呼ぶなど、厳格な定義など存在せず、その扱いは節操がない状況のままである。穴名はあっても、その位置を示す説明には、全ての経穴を網羅してその部位の内部組織を特定できるような解剖学的根拠は存在しない。すなわち、経穴の概念には科学的妥当性が欠如していると言わざるを得ないのである。したがって、その部位の意味するところが一致しない限り、位置が近いというだけでは同一とは言えないのである。

従来、鍼灸刺激の入力系として筋無髄神経(C線維)が働いていると言われており、その筋無髄神経受容器の中でもポリモーダル受容器が候補として考えられている。しかしこれまでに、多くの経穴部位のサンプルによってポリモーダル受容器の末端が同定されたとは聞いていない。ごく一部の経穴部位で示された程度では普遍性はなく、証明には至らない。ポリモーダル受容器を確認することは電子顕微鏡レベルの話である、鍼灸師が臨床において指先の触感で感じる硬結の構造的特徴とは別次元の話である。

経穴とは何か、この主題を厳密に解明してこなかったことが、鍼治療の科学的正当性の証明を妨げてきた要因である。現時点において、経穴の解剖学的構造は未解明である。

但し、最近の、高血圧および大腸炎モデルラットを使用した研究によって、経穴が皮膚の神経原性炎症の一形態であるとする報告がある(Do-Hee Kim, 2017, Joo Hyun Shin,2020)。内臓からの有害な感覚信号が皮膚に過敏性の斑点(神経原性スポット)を生成する。これは皮膚神経性炎症によるもので、内臓求心性神経支配と重複する皮膚節で発生する。様々な研究は、経穴が機械的過敏性を示し、高い電気伝導度を有することが示されている。経穴への刺激は、小径の求心性神経線維の活性化と関連して内臓器官に対する治療効果を引き出し、その作用は、内因性オピオイドの放出による可能性が高いことが示されている。

内臓の障害は、感覚経路内の同一ニューロン上の内臓求心性神経と体性求心性神経の収束によって体表面に痛みを投射する。痛みを感じる皮膚の複数の部位には、神経因性炎症(神経原性スポット)として知られる局所組織応答が観察される。これは、ラットに対するエバンスブルー色素の全身注射によって、直径0.5〜2mmの範囲で皮膚内に視覚化することができる。神経原性スポットの特徴には、皮膚の毛細血管における血漿漏出や血管拡張が見られ、これらには、活性化された小径感覚求心性神経からのカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)、およびサブスタンスP(SP)の放出に起因する膨疹および発疹反応が含まれる。神経原性スポットは、経穴の生理学的特徴である、過敏性、高電気伝導度、および小径神経線維を媒介するなどの同一性を示す。

また、ラットの胃にHClを投与して胃粘膜傷害(GMI)の動物モデルを開発して行った研究がある。ラットの胃に対する粘膜損傷後、尾静脈にエバンスブルー(EB)色素を注入してラットの皮膚における神経原性血漿の吸入ドットを観察した。その結果、背中と腹部の経穴の皮膚に神経原性血管外漏出が生じ、それは主に、T9-11皮膚で起きていた。EBの血管外漏出ドットはGMI後に現れ、胃粘膜の自然な自己回復の過程で徐々に消失した。GMIによって誘発される、経穴の皮膚におけるEB血管外漏出のメカニズムは神経原発性炎症と密接に関連しており、SP、CGRP、HA、5-HT、およびマスト細胞トリプターゼを含む局所的なアレルギー物質および薬物誘発性神経ペプチドの高発現が、経穴ポイントの基礎メカニズムである可能性を示している(Wei He, 2017)。これらの文献で示されている神経原性スポットは、良導絡および良導点に相当すると思われるが、いずれにせよ、病的状態の際に現れる反応点であることや、全ての経穴部位について検証されていないこと、さらに、体系的でないことに問題がある。

一方、別の文献では、経穴領域におけるコラーゲン線維の形態変化(巻き付きなどの異常)が経穴の構造、および病態に関与し、その正常化が鍼治療の機序に大きく関与しているとする報告がある。経穴領域において、例えて言えば、絡み合ったコラーゲン線維の一部を切除して解放することで、コラーゲン線維が正常化されて病態が改善すると推測される(Fan Wang, 2017)。

この報告による、コラーゲン線維の異常が確かであるか、また、経穴と言われる部位に普遍的に存在するのかなど、真偽のほどについては不明である。しかし、筆者が鍼治療手技として行っている「搓捻」と「堤插」の効果を考えた場合には類似するものがあり、作用機序の根拠となり得る可能性がある。但し、これらの報告についても、それらしく見える画像を選択して示したようにも見えることや、全ての経穴部位を網羅するような観察が行われていないことに問題がある。

成書に記された経穴のほとんどについて、極論を言わせてもらえば、そのほとんどがそのような固定された位置に解剖学的な構造が存在するものではないと考えられる。一部の経穴部位に認められる現象としての経穴に囚われ、経絡概念と合わせた経穴の幻影に惑わされたことが解明を困難にした要因である。例えば、ポリモーダル受容器が経穴部位に集合しているのではなく、受容器がなんらかの原因によって感作された結果、易刺激性となって痛みを発すると考えた方が現実的である。感作され易い部位は確かに存在し、これらの部位には構造的な特徴や、人の日常動作や作業によって負荷を受けやすいなどの共通性があることが考えられる。また、皮膚内臓反射や交感神経を介した内臓と筋・筋膜との関係性から、感作されやすい特異な領域が存在することが推測される。

いずれにせよ、経穴とは「経穴現象」であると同時に、何種類かの系統があり得るものと推測される。現時点ににおいて、教科書に示された経穴の全てをそのまま認めるような、固定的な経穴の概念は治療の可能性を阻害するものと考えている。

引用文献
小川義裕, 附着部障害の鍼治療, 虎の門針灸院, 茨城県, 2016.
小川義裕, 絞扼性神経障害の鍼治療, 虎の門針灸院, 茨城県, 2015.
Do-Hee Kim, Yeonhee Ryu, Dae Hyun Hahm, et al. Acupuncture points can be identified as cutaneous neurogenic inflammatory spots, Sci Rep. 2017; 7: 15214. Published online 2017 Nov 9. doi: 10.1038/s41598-017-14359-z.
Joo Hyun Shin, Yu Fan, Do-Hee Kim, Han Byeol Jang, et al. Paired mechanical and electrical acupuncture of neurogenic spots induces opioid-mediated suppression of hypertension in rats, The Journal of Physiological Sciences volume 70, Article number: 14 (2020).
Wei He, Xiao-Yu Wang, Hong Shi, et al. Cutaneous neurogenic inflammation in the sensitized acupoints induced by gastric mucosal injury in rats, BMC Complement Altern Med, 2017 Mar 7;17(1):141. doi: 10.1186/s12906-017-1580-z.
Fan Wang, Guang-wei Cui, Le Kuai, Jian-min Xu, Ting-ting Zhang, et al. Role of Acupoint Area Collagen Fibers in Anti-Inflammation of Acupuncture Lifting and Thrusting Manipulation, Evid Based Complement Alternat Med. 2017; 2017: 2813437. Published online 2017 Apr 4. doi: 10.1155/2017/2813437

鎮痛は一義的には治療の目的とは考えない(拙著:「膝痛の鍼治療(総論)」より) [鍼治療を考える]

筆者が鍼治療を行う際に心がけていることは、病状から痛みの原因となる病態を突き止め、これを改善するために、その病態に即した鍼治療法を行うことである。その方法には医学的に明確な目的と根拠がなくてはならない(purposefulness acupuncture therapeutics)。この筆者の治療理念には中医学や漢方は存在しない。また、内因性オピオイドなどによる鎮痛も想定しない。

一般的には、エンドルフィン類などの分泌を介した中枢性の下行性疼痛抑制系が鍼治療の作用機序のごとく語られており、昔から、低周波電気刺激による鎮痛作用が多くの研究で示されてきた。これらの実験では、電気鍼によって、エンドルフィン類の分泌、IL-1 、IL10およびIFNの増加、IL-6、IL-4、一酸化窒素およびロイコトリエンB4の減少などが示されている。

その信憑性はさておき、これらの結果を全て信じるとしても、その結果が臨床的に意味をもつとは考えにくい。

その根拠の第1点は、実験が正常な状態の動物やヒトに対する刺激による反応を見ていることが多いことにある。しかし、急性痛の患者のような強い痛みでは、すでにエンドルフィン類は多量に分泌されており、このような状態に対して電気刺激などを加えてもさらに増加することはあり得ない。また、エンドルフィン類などの産生が低下している慢性痛の患者に対する刺激では、一時的に分泌できたとしても、結果的には疲弊して枯渇させる可能性が高い。

第2点は、痛みを有する患者に対し、電気刺激によって何らかの鎮痛物質が分泌されたとしても僅かな量であり、さらに、その効果は短時間に過ぎない。この程度の効果であれば鎮痛剤と比較して優位性はない。但し、NSAIDsの使用には問題がある。軟骨細胞の増殖抑制、コラーゲンなどの細胞外マトリックス成分の合成抑制作用が細胞を使用したin vitro研究で示されている。

また、動物実験でも、骨、腱、および靱帯の癒合を傷害することが報告されている(Su B, O'Connor JP, 2013)。さらに、NSAIDsの長期使用者ほど、変形性関節症の評価である、WOMAC(Western Ontario and McMaster Universities Osteoarrthritis)のスコアが高くなってQOLが低下し、関節腔の狭小化が進行することも報告されている(Hafezi-Nejad N, 2016)。

第3点として、特に筆者が問題視するのは、痛みの原因とその病態に即した治療が考慮されていないことである。炎症が防御反応であることを認識し、病態の根源的な改善を求めるべきである。

下行性疼痛抑制系は、下行性疼痛促進系でもある

「下行性疼痛抑制系」とは正常な状態での機能であり、炎症性疼痛、神経障害性疼痛、および内臓痛においては、同じ経路が「下行性疼痛促進系」として働くことが明らかになっている。

1969年、中脳中心灰白質(periaqueductal grey : PAG)の背外側部位に埋め込んだ電極への電気刺激によって、麻酔無しでラットの開腹手術に成功(Reynold)。このPAGから、吻側延髄腹内則部(rostral ventromedial medulla : RVM)、背外側橋中脳被蓋(dorsolateral pontomesencephalic tegmentum : DLPT)を介して、脊髄後角における侵害情報伝達は調整されている。Reynoldによる発見後、PAG-RVMの鎮痛作用は「下行性抑制系」と言われている。この、PAG-RVMによる下行性鎮痛作用は5-HTへの入力が重要であると考えられてきた。

しかし、ホルマリンによる疼痛反応や、動物の関節炎モデルにおける脊髄後角の反応が、5,7-dihydroxytryptamine(5,7-DHT)の髄腔内投与によって脊髄5-HT神経線維を変性させることで減少することが報告された。また、RVMをイボテン酸で破壊すると、咬筋や足底へのCFAの注射によって生じる痛覚過敏がほぼ消失する。神経障害性疼痛では、末梢神経障害後に生じるアロディニアが、RVMへの局所麻酔薬の注入によって改善する。RVMからの脊髄への入力が、アロディニアなどの神経障害性痛を持続させていると考えられている(Burgess SE, 2002)。このように、1990年代後半以後、RVMへの刺激は条件によっては侵害情報伝達を増強することが示されるようになった(Zhuo M, 1997, Zhang Z, 2011)。

患者の中には、「とにかく痛みだけ取ってくれ」と言う人がいる。痛みが、体の何処かにくっついている物なら、取ってあげるのだが。しかし、ペインクリニックも考え方としては似通ったものである。確かに、痛みそのものが有害である場合もある。現在の医学においては、痛み自身が様々な弊害を招くことから、早急に緩解させることが重視されている。

しかし、過剰な痛みによる害はあるものの、局所麻酔によって全てが解決する訳でもない。例えば、筆者が考案した、enthesopathyに対するEt鍼は強い痛みを伴う処置であるが、その痛みに触発されて症状が悪化したことは皆無である。鎮痛は重要ではあるがあくまでも対症療法である。鍼治療は麻酔とは異なり、原因となっている病態を改善することでその効果を発揮するものであると考える。その結果、痛みは自ずと軽快するのである。

引用文献
Su B, O'Connor JP. NSAID therapy effects on healing of bone, tendon, and the enthesis. J Appl Physiol (1985) 115: 892-9, 2013.

Hafezi-Nejad N, Guermazi A, Roemer FW, et al. Long term use of analgesics and risk of osteoarthritis progressions and knee replacement: propensity score matched cohort analysis of data from the Osteoarthritis Initiative. Osteoarthritis Cartilage, 24: 597-604, 2016.

Zhuo M, Gebhart GF, Biphasic modulation of spinal nociceptive transmission from the medullary raphe nuclei in the rat, J Neurophysiol, 78: 746-758,1997.

鍼刺激における交感神経β2受容体の活性化による抗炎症治療を求めて [鍼治療を考える]

免疫の攻撃に応答して炎症メディエーターの過剰な放出を阻害する、「炎症反射: Inflammatory reflex ,(Borovikova et al. 2000; Tracey, 2002)」と呼ばれる神経反射がある。これは、迷走神経の求心路と遠心路を反射弓とする炎症に対する抑制系である。例えば、体内に埋め込んだデバイスによって迷走神経を電気刺激することで、メトトレキサート抵抗性の慢性関節リウマチ患者の70%において炎症と疼痛の緩和が認められている。

尚、交感神経への刺激でも、β2アドレナリン受容体を介した炎症制御が存在する。交感神経からの入力が、β2アドレナリン受容体を介して病原性T細胞依存性炎症を改善することや、樹状細胞のT細胞に対する抗原提示能を低下させて炎症性サイトカインの産生を抑制することも報告されている。

これに対し、β1アドレナリン受容体では、血管内皮細胞からのケモカイン産生を誘導して炎症反応を促進してしまう。この機序は、“Gateway reflex”と呼ばれ、第5腰椎背側の血管内皮細胞に血液細胞の中枢神経系へのゲートが存在し、ヒラメ筋への重力刺激を起点とする感覚神経および交感神経の活性化が、近傍の血管内皮細胞にIL-6アンプの過剰な活性化を誘導してケモカインの大量産生を引き起こすと説明されている。

従来の交感神経に対する鍼治療効果の研究では、αおよびβ機能を一括して影響を調査したものしか見られない。しかし、β1とβ2およびβ3を分離して選択的に検討することが病態に応じた治療法の開発に繋がる。今後の鍼治療において、鍼刺激のポイントおよび刺激手技による免疫系への作用を知ることが重要なテーマであると考えている。

従来、炎症性反射と呼ばれるメカニズムの遠心性アームは「コリン作動性抗炎症経路」であると考えられていた。しかし、迷走神経が内毒素動物モデルにおける炎症の制御に何の役割も果たさないとする報告がある。免疫攻撃に応答して活性化されるのは大内臓神経であり、そして次に節後交感神経ニューロンを刺激して炎症を抑制するとされる(the splanchnic anti‐inflammatory pathway)。

また、交感神経系の自発的な活性化がヒトにおけるリポ多糖類(LPS)のi.v.注射によって誘発される炎症を抑制できることも示されている(Kox et al., 2014)。

引用文献

自律神経系による炎症の抑制
鈴木一博Jpn. J. Clin. Immunol, 39(2)96-102(2016)

The splanchnic anti‐inflammatory pathway: could it be the efferent arm of the inflammatory reflex?
D. Martelli, D. G. S. Farmer , S. T. Yao
First published: 05 July 2016| https://doi.org/10.1113/EP085559|

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CFSラットモデルにおいてミクログリアの活性化が持続性疼痛を誘発する [鍼治療を考える]

慢性疲労症候群(CFS)や線維筋痛症候群 (FMS)では慢性的な異痛症や筋肉痛を伴う。一方、ラットにおける、慢性または連続ストレスローディング(Chronic or continuous stress-loading:CS)によって作成した、CFSモデルにおいても長期間の異痛症や筋肉痛が生じる。

著者らは以前、CS下のラットが足底表面に機械的異痛を呈し、前脛骨筋に機械的痛覚過敏を示すこと、また、ミクログリア活性化の阻害剤であるミノサイクリンによってCS誘発性機械的痛覚過敏および異痛症が著しく減弱することを実証している(1.)。

実験結果によると、神経活動亢進または傷害のマーカーである ATF3 の発現が、CS 開始後2日目に、腰椎後根神経節 (DRG) ニューロンで最初に観察された。ATF3 陽性ニューロンの 50% 以上が同時にリンパドレナージマーカー TrkC または VGluT1 を発現したのに対し、TrkA、TrkB、IB4、および CGRP の共発現率は 20%以下であった。

Fluoro-Gold(フルオロ・ゴールド)を用いた逆行性標識では、ATF3 陽性自己感応 DRG ニューロンが主にヒラメ筋に投射することを示していた。ミクログリアの第 5 CS 日には、背側後角の内側部分に実質的な蓄積が認められた。ミクログリアは、第6CS日の腹側角背部における運動ニューロンのサブセットを中心に蓄積した。ミクログリアに囲まれた運動ニューロンはATF3 陽性であり、主にヒラメ筋に突出していた。ヒラメ筋の筋電図活性は、対照群よりも CS 群で2〜3倍高かった。これらの結果は、慢性リンパドレナージの活性化が脊髄反射弓に沿ったニューロンの逐次活性化を誘発し、さらに、反射弓に沿ってミクログリアを活性化することを示唆している。足首関節固定によるリンパドレナージ抑制によって、脊髄内のミクログリアの蓄積、および疼痛を有意に抑制した。

疼痛期間の増加の理由は不明であるが、CS6日後のミクログリア蓄積および活性化の程度は、5日後に比べて背側および腹側角の両方ではるかに高いことから、疼痛の持続時間がミクログリア活性化の程度に関連していることを示唆している。

本研究において、CSラットの脊髄および後根神経節の特定領域におけるニューロンについて検討した結果、固有受容器の連続的かつ特異的な過剰活性化によって、末梢組織損傷や炎症を伴わずに、腰椎脊髄後角においてミクログリアの蓄積と活性化が誘発された。

このように、リンパドレナージ誘発ミクログリアの活性化は、CFS および FMS患者における異常な疼痛の発症において重要な役割を果たしている可能性が示された。

しかし、この実験はあくまでもCFSモデルとして想定されたものであり、ヒトの患者に適応できるかは疑問である。慢性疲労症候群(CFS)や線維筋痛症候群 (FMS)の原因は未だ不明であり、CSモデルラットのようなストレス負荷による病態をそのままCFSモデルとして扱うことには無理があると思われる。

一般的には、CSによっていくつかの臓器で遺伝子発現を誘発し、分子および細胞レベルで下垂体の劇的な変化を呈するすることが実証されている(2.3.)。CS に曝露されたラットは、α-メラノサイト刺激ホルモン (α-MSH) の分泌活性と、中間葉における melanotrophs の有意な活性化と前葉の somatotrophs を抑制し、血清中の成長ホルモンのレベルを有意に減少させる (4.)。最近の証拠では、CFSの患者において血液中のα-MSH の高いレベルが示唆されており、ラット CS モデルがCFS研究のために有用であり得るとされている。

CSモデルラットとは、8週齢のラットを、浅いレベルの水 (深さ1.5cm, 23 ±1℃) を有するケージに1 ~ 6 日間収容してストレス負荷に供したもの。フォン・フレイ試験および圧力疼痛試験によって疼痛行動を測定。ニューロンおよびミクログリアの活性化は、ATF3 および Iba1 に対する抗体で免疫組織化学的に評価。筋活動を評価するために筋電図を測定した。

ヒラメ筋は、以前にも紹介したように、脳における炎症の発症に関与するなど、鍼治療の対象としても興味深い存在である。

DRG の ATF3 陽性ニューロンは主に 固有受容器であり、その半数以上がヒラメ筋などの反重力筋を神経支配している。ミクログリア蓄積が観察された背内側領域は自己感応一次求心性線維が通過する領域と、ATF3に囲まれたミクログリア陽性運動ニューロンを含む領域で、その軸索はヒラメ筋に投射している。これらの知見から、脊髄の反射弓に沿って順次活性化が起こり、この回路の慢性的な活性化がミクログリアを活性化する可能性を示しており、慢性的な痛みを引き起こすことが推測できる。

下肢筋は姿勢の維持のために重要であり、水かご中のラットでは起立姿勢の持続時間が顕著に延長される。本研究において、ストレスローディング中のEMG記録にて、継続的に高いヒラメ筋活性が記録されてリンパドレナージの活性化が示唆された。これによって、L5 領域の多くの自己感応ニューロンが ATF3 を発現した理由を説明し得る。CS ラットの下肢筋や足底皮膚には炎症や神経損傷などの兆候は認められなかった。

足の筋肉の中でも、ヒラメ筋は筋紡錘の密度がより高いことが知られている。ラットでは、ヒラメ筋の筋紡錘の密度は腓腹筋または長母趾屈筋の6〜8倍高く、ヒトでは、腓腹筋の2倍と言われている。

機能的身体症候群(Functional somatic syndrome:FSS) は、重度の疲労、疼痛、睡眠障害、倦怠感、および認知機能不全などの複数の特発器質症状の存在によって特徴付けられる 。FSS には、慢性疲労症候群 (CFS)、線維筋痛症候群 (FMS)、過敏性腸症候群 (IBS) などの障害が含まれる。その病因は依然として不明瞭だが、これらの疾患は症状に関して顕著な重なりを示しており、何か共通する因子によって結びつけられ、鍼治療においても有効な手立てがあるような予感がする。

補足:
ATF3
転写因子Activating transcription factor 3 (ATF3)
ATF/CREB転写因子ファミリーに属する転写因子で、種々のストレスに迅速に応答し、多くの場合、転写抑制因子として作用する。細胞増殖・分化あるいは細胞死のような、多彩な細胞機能調節に関与することが知られている。

α-MSH
α−メラノサイト刺激ホルモン (α− MSH) は、抗炎症剤として作用し、炎症性サイトカインの産生および活性を調節することを介してIL-2、腫瘍壊死因子 (TNF) −αおよび IL-6 の種々の細胞で発現される免疫システム。また、炎症に関連する一酸化窒素の生産を制御する。α− MSH は、TNF および他の炎症剤によって誘発される核因子Κ b (NF-Κ b) 依存的遺伝子転写および NF-Κ b 経路を阻害する。

出典文献
Hyperactivation of proprioceptors induces microglia-mediated long-lasting pain in a rat model of chronic fatigue syndrome
Masaya Yasui, Yuki Menjyo, Kyohei Tokizane, et al.,
Journal of Neuroinflammation201916:67 https://doi.org/10.1186/s12974-019-1456-x

二次引用文献
1.
Yasui M, Yoshimura T, Takeuchi S, Tokizane K, Tsuda M, Inoue K, et al. A chronic fatigue syndrome model demonstrates mechanical allodynia and muscular hyperalgesia via spinal microglial activation. Glia. 2014;62:1407–17.

2.
Konishi H, Ogawa T, Kawahara S, Matsumoto S, Kiyama H. Continuous stress-induced dopamine dysregulation augments PAP-I and PAP-II expression in melanotrophs of the pituitary gland. Biochem Biophys Res Commun. 2011;407:7–12.

3.
Tanaka M, Nakamura F, Mizokawa S, Matsumura A, Nozaki S, Watanabe Y. Establishment and assessment of a rat model of fatigue. Neurosci Lett. 2003;352:159–62.

4.
Ogawa T, Sei H, Konishi H, Shishioh-Ikejima N, Kiyama H. The absence of somatotroph proliferation during continuous stress is a result of the lack of extracellular signal-regulated kinase 1/2 activation. J Neuroendocrinol. 2012;24:1335–45.
References
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筋損傷後の再生におけるオステオポンチンの役割 [鍼治療を考える]

オステオポンチン(Osteopontin:OPN)は骨格筋筋芽細胞とマクロファージによって分泌され、その発現は、損傷後の筋においてアップレギュレートされる(1.2.3.4.)。筋損傷後の正常な炎症と再生には、筋細胞と非筋細胞の両方から分泌されるOPNが重要であり、今後はその役割のメカニズムの研究が必要であると報告されている。

尚、鍼刺激による筋におけるOPNの動向についての報告は、検索したが現時点では見当たらなかった。筋ではないが、クロミフェンクエン酸 (CC) 誘発ラットモデルの子宮内膜において、子宮内膜白血病阻害因子 (LIF) および OPNのタンパク質発現が鍼治療によって改善されたする報告がある(5.)Houju Fu, et al., 2010)。

インビトロにおいて、OPNは、好中球およびマクロファージの遊走、ならびに骨格筋筋芽細胞の接着、増殖および分化を支持する(6.7.)。神経支配の中断と血管供給を含む急性筋損傷の全筋自家移植片モデルでは、OPNの非存在下において、好中球とマクロファージの浸潤、筋線維の壊死と再生が遅れる。

損傷に対する筋の反応は、炎症性細胞の浸潤とそれに続く筋線維の変性および正常な筋構造の回復を伴う(8.9.10.)。 炎症性浸潤物には、食細胞(好中球およびマクロファージ)が含まれ、これらは変性線維の除去を助ける。この過程において、単核筋前駆細胞は増殖、分化および融合を受けるように活性化され、新しい多核筋線維を形成するかまたは既存の損傷した線維の修復に寄与する。

しかしながら、OPNは筋損傷に対する急性反応中に有益な効果を発揮するが、慢性的な過剰発現は筋の強度および機能に悪影響を及ぼす。 mdxマウスの慢性的炎症を起こしているジストロフィン欠損筋肉では、オステオポンチンの過剰発現が線維症を支持する(11.)。

さらに、OPN(SPP1)遺伝子の転写開始部位の上流の一塩基多型は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーにおける疾患重症度の強力な遺伝的修飾因子として同定されている。 グルココルチコイド治療に応答して筋細胞からのOPN発現を増加させるSNPの対立遺伝子は、筋力の低下および歩行喪失までの年齢の低下と関連している(12.13.)。

これらの、OPNの矛盾する作用の原因はその構造的不均一性および発現のタイミングにある。 オステオポンチンは317アミノ酸残基からなる前駆体タンパク質として産生され、298アミノ酸残基の成熟型タンパク質の形で分泌される。その後、選択的スプライシング、グリコシル化、リン酸化および硫酸化を含む広範な翻訳後修飾、ならびに架橋およびタンパク質分解的切断によるさらなるプロセシングを受けることが機能特性に影響している。

OPNは、内耳、脳、腎臓、骨芽細胞、胎盤や象牙芽細胞など様々な細胞で産生されている。サイトカイン的な機能として、IL-10の産生を抑制し、IFN-γ及びIL-12の産生を促進する。

OPNは様々な細胞や組織で分泌されており、炎症、感染、癌などにおいて発現が亢進する糖タンパク質であり、分泌型および細胞内型の2つのアイソフォームが存在する。分泌型のOPNは細胞外マトリックスタンパク質あるいは炎症性サイトカインとして機能し、細胞内型のOPNは細胞内におけるシグナル伝達に関与する足場タンパク質やアダプタータンパク質として機能する。

また、OPNは、炎症や真菌への感染において好中球などのミエロイド系細胞の産生を抑制することが示唆されている。その機序として、細胞内型のOPNがミエロイド系前駆細胞のアポトーシスを促進する負の制御機構が認められる。一方、分泌型のOPNは、T細胞やB細胞などのリンパ球系細胞に作用してアポトーシスを抑制することにより細胞集団の大きさを正に制御する。実際に、細胞内型OPNチンによるミエロイド系細胞の抑制は真菌の感染に対する抵抗性を減弱させ、分泌型OPNによるT細胞の増加はT細胞に依存的な大腸炎を悪化させる。このように、OPNの2つのアイソフォームが協調的に作用して、ミエロイド系細胞とリンパ球系細胞とのバランスを制御している(14.)。

私は、鍼治療と筋の関係を重視している。今後、鍼刺激によるOPNへの作用についての研究報告を注視していきたい。

出典文献
Normal inflammation and regeneration of muscle following injury require osteopontin from both muscle and non-muscle cells
Dimuthu K. Wasgewatte Wijesinghe, Eleanor J. Mackie , Charles N. PagelEmail
Skeletal Muscle20199:6
https://doi.org/10.1186/s13395-019-0190-5

二次文献および引用文献
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Uaesoontrachoon K, Yoo HJ, Tudor EM, Pike RN, Mackie EJ, Pagel CN. Osteopontin and skeletal muscle myoblasts: association with muscle regeneration and regulation of myoblast function in vitro. Int J Biochem Cell Biol. 2008;40:2303–14.View ArticleGoogle Scholar

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.Uaesoontrachoon K, Wasgewatte Wijesinghe DK, Mackie EJ, Pagel CN. Osteopontin deficiency delays inflammatory infiltration and the onset of muscle regeneration in a mouse model of muscle injury. Dis Model Mech. 2013;6:197–205.View ArticleGoogle Scholar

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Barbosa-Souza V, Contin DK, Filho WB, de Araujo AL, Irazusta SP, da Cruz-Hofling MA. Osteopontin, a chemotactic protein with cytokine-like properties, is up-regulated in muscle injury caused by Bothrops lanceolatus (fer-de-lance) snake venom. Toxicon. 2011;58:398–409.View ArticleGoogle Scholar

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Hoffman EP, Gordish-Dressman H, McLane VD, Devaney JM, Thompson PD, Visich P, Gordon PM, Pescatello LS, Zoeller RF, Moyna NM, et al. Alterations in osteopontin modify muscle size in females in both humans and mice. Med Sci Sports Exerc. 2013;45:1060–8.

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Acupuncture on the Endometrial Morphology, the Serum Estradiol and Progesterone Levels, and the Expression of Endometrial Leukaemia-inhibitor Factor and Osteopontin in Rats
Houju Fu, Yuanqiao He, Ying Gao, Yicun Man, Wukun Liu, Hua Hao,
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AMPKの活性化が炎症性疼痛を抑制する(鍼鎮痛との関わり) [鍼治療を考える]

アデノシン-リン酸活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化は、NF-κBの活性化を抑制してIL-1βの発現を減少させ、神経因性疼痛を抑制すると報告されている。

完全フロイントアジュバント(complete Freund’s adjuvant ; CFA)の注射はその局所に炎症性疼痛を引き起こすことが知られている。この研究では、マウスにCFAを注射して炎症性疼痛を誘発し、AICAR(5-アミノイミダゾール-4-カルボキシアミドリボヌクレオシド、AMPK活性化剤)、Compound C(AMPK阻害剤)、およびIL-1ra(IL-1受容体拮抗薬)の効果を注射後4日目に試験した。

AMPK活性化剤AICAR(5-アミノイミダゾール-4-カルボキシアミドリボヌクレオシド;AMPK活性化剤)によって鎮痛効果が生じ、マウスの炎症を起こした皮膚中の炎症誘発性サイトカインであるIL-1βのレベルを減少させた。さらに、AMPKの活性化は、炎症を起こした皮膚組織の活性化マクロファージ(CD68+およびCX3CR1+)における細胞質ゾルから核へのCFA誘導性 NF-κB p65転座を抑制した。

IL-1raの皮下注射は、CFA誘発性の炎症性疼痛を軽減した。 AMPK阻害剤Compound CおよびAMPKα shRNA AMPKは、炎症を起こした皮膚組織におけるIL-1βおよびNF-κB活性化に対するAICARの鎮痛作用およびAICARの作用を逆転させた。

このAMPKは鍼治療においても関わりがある。

電気鍼(EA)鎮痛に対する感受性の個人差の原因として、AMPKがEAに感受性であったラットの視床下部において最も高度に発現される遺伝子であることが同定されている(*Sun Kwang Kim, 2014)。

リアルタイムRT- PCR分析によって、感受性ラットの視床下部におけるAMPKのmRNA発現レベルが非感受性ラットよりも有意に高いことが示された。また、AMPK活性を阻害する、ドミナントネガティブ(DN)AMPKアデノウイルスのラット視床下部へのマイクロインジェクションはEA鎮痛を有意に弱める(P<0.05)が、野生型(WT)AMPKウイルスではEA鎮痛に影響はなかった(p>0.05)。

マウスの百会穴に対する通電前処理が、AMPK 活性化を介して虚血性脳損傷を軽減するとの報告では。

通電処理後、両頚動脈を15分間結紮することによって確率した脳虚血モデルが、.傷害後72時間で海馬における神経障害が減少し, 通電治療後に末端デオキシヌクレオチド転移酵素媒介dUTPニック末端標識陽性細胞数が低下した。また、アデノシン一リン酸活性化プロテインキナーゼα (AMPKα) およびリン酸化 AMPKαの発現が調節された。AMPK アンタゴニストの腹腔内注射、およびcompound Cはこの現象を抑制した。この実験により、通電前処理はAMPK 活性化を介して虚血性脳損傷を軽減することが示唆された(*Qiang-qiang Ran, 2015)。


AMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK)は、人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン/スレオニンリン酸化酵素の一つで、細胞内のエネルギーセンサーとしての役割を担っている。アデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate:ATP)は「生体のエネルギー通貨」とも言われており、全ての真核生物が活動するためのエネルギー源。このATPのリン酸基が1つ外れることでエネルギーが放出され、ADP(Adenosine Diphosphate:アデノシン-2-リン酸)とAMP(Adenosine Monophosphate:アデノシン-1-リン酸)になる。

AMPKはAMPで活性化されるタンパクリン酸化酵素であり、ATPの減少を感知して活性化する。カロリー制限、運動、低グルコース、低酸素、虚血のような細胞内 ATP 供給が枯渇する状況において、ATPのレベルを回復させるために代謝を調整する。

AMPKの活性化は、がん抑制遺伝子のp53を活性化してがん細胞の増殖を抑制する効果があり、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験など多くの基礎研究で明らかになっており、がんの予防や治療のターゲットとして有望視されている。

また、AMPKは脂肪酸やコレステロールの合成に必要なacetyl-CoA carboxylase (ACC)とHMG-CoA還元酵素(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase)の活性を阻害する。HMG-CoA還元酵素は、コレステロールやイソプレノイドを合成するメバロン酸経路の律速酵素の一つであり、この酵素の阻害剤であるスタチン (Statin)はコレステロール降下剤として広く用いられている。AMPKはスタチンと同じようにHMG-CoA還元酵素を阻害して、メバロン酸の合成を阻害する。

出典文献
AMPK activation attenuates inflammatory pain through inhibiting NF-κB activation and IL-1βexpression
Hong-Chun Xiang, Li-Xue Lin, Xue-Fei Hu, He Zhu, et al.,
Journal of Neuroinflammation201916:34
https://doi.org/10.1186/s12974-019-1411-x


Expression levels of the hypothalamic AMPK gene determines the responsiveness of the rats to electroacupuncture-induced analgesia
Sun Kwang Kim, Boram Sun, Heera Yoon, Ji Hwan Lee, Giseog Lee, et al.,
BMC Complement Altern Med. 2014; 14: 211.
Published online 2014 Jun 30. doi: 10.1186/1472-6882-14-211

Electroacupuncture preconditioning attenuates ischemic brain injury by activation of the adenosine monophosphate-activated protein kinase signaling pathway
Qiang-qiang Ran, Huai-long Chen, Yan-li Liu, Hai-xia Yu, et al.,
Neural Regen Res 2015;10:1069-75 : http://www.nrronline.org/text.asp?2015/10/7/1069/160095

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慢性疼痛は微小管に影響を与えて認知障害に関与する [鍼治療を考える]

臨床的証拠から、慢性的な痛みが認知機能を損なうことが示唆されており、一般的に、認知障害と慢性疼痛は併存している。しかし、慢性的な痛みが媒介する認知障害の細胞基盤は不明のままであった。

本研究では、神経因性疼痛のラットモデルを用いて認知障害の分子基盤を調べている。PTM であるリジン残基のイプシロン-アミン基のアセチル化は、シナプス可塑性を含む細胞プロセスに大きな影響をおよぼす。アセチル-リジン抗体と質量分析法を用いて海馬組織を解析。

著者らは、神経損傷 (SNI)後に記憶欠損を呈したラットの海馬において, 安定した微小管 (MT) のレベルが増加したことを見出した。この安定MTの増加はα-tubulin hyperacetylation によってマークされている。

MT安定剤である、パクリタキセルは海馬スライスにおける長期増強を減少させ、海馬ニューロン細胞における安定したMTレベルを増加させた。 同様に、ノコダゾールの脳室内注入は、SNI誘発侵害受容行動を有するラットの記憶障害を改善した。

α-チューブリンが主に過アセチル化されてMT安定性が増加し、SNIラットにおいて認知障害を起こす。

MT不安定剤である、ノコダゾールによるSNIラットのMT動態の増加または回復は、認知機能を改善する。

一方、ノコダゾールはマウスにおいて認知障害を引き起こし、これらのマウスの海馬において遊離のチューブリン二量体が増加した。同様に、ノコダゾールがHT22細胞のアセチル-α-チューブリンレベルを低下させ、ナイーブラットにおいて認知障害を引き起こした。

要するに、正常な (最適の) MTs の安定性または海馬の dynamicity の摂動は、認知機能を損なう。言い換えれば、認知機能は、MT の安定性と dynamicity の間に最適なバランスを必要とする。

これは、神経損傷が、認知と疼痛処理に関与する脳領域において、神経構造とシナプス可塑性に重要である微小管 (MT)の動的平衡に影響を与えるためと考えられている。

成熟したニューロンのMTダイナミクスは、学習と記憶のための細胞基盤であるシナプス可塑性の基本となっている。安定と不安定 MTの比率は正常な神経機能にとって重要であり、MTダイナミクスの破壊が神経疾患に関与している。

例えば、MT安定性の減少はアルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、進行性核上性麻痺などの神経変性疾患にリンクされている。海馬における MT ダイナミクスの変化も、統合失調症、ストレス、抑うつ、アルコール依存症にリンクされている。MT安定性の不適切な調節は、げっ歯類の加齢に伴う記憶喪失に関連している。

末梢神経損傷が、脳内における微小管 (MT)の動的平衡に影響を与え、慢性的な痛みが認知障害を誘発してその分子基盤となることは、筋に関わる病態を統一的に捉えた鍼灸治療を構築する上で、微小管の過剰形成の問題は非常に興味深い。

参照

微小管は、デュシャンヌ型筋ジストロフィーの発症、トリガーポイントの生成、および心臓心室心筋における伸長依存性 Ca2 + シグナリングの根底にあるなど、筋に関わる病態に関与している。

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、微小管結合タンパク質ジストロフィンの欠損により、微小管細胞骨格が無秩序に高密度になることで発症する疾患。カルシウム(Ca2+)および活性酸素種(ROS)シグナル伝達のメカノトランスダクション依存性の活性化によって、DMDにおける筋肉変性が実証されている(1.)。DMDのモデルである成体mdxマウスの筋肉において、X-ROSと呼ばれる、NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)オキシダーゼ依存性のROX産生が、短い生理的伸展によって微小管依存的に活性化される。

X-ros シグナリングは、心臓および骨格筋に mechanoactivated ros 依存性シグナリングカスケードの新たな特徴。X-ROSシグナル伝達において、微小管ネットワークの機械的変形は、ROSを産生するNADPHオキシダーゼ(NOX2)を活性化するための機械的形質導入要素として作用する(2.)。 ROSはRyRを酸化し、それらの開放確率を増加させて、筋小胞体からのCa 2+放出を増加させる。過度の収縮依存性ストレスは、ROS を生成する NADPH オキシダーゼを活性化するために微小管骨格要素を介して作用する(3.)。

出典文献
Cognitive impairment in a rat model of neuropathic pain: role of hippocampal microtubule stability
You, Zeronga; Zhang, Shuzhuob; Shen, Shiqiana; Yang, et al.,
PAIN: August 2018 - Volume 159 - Issue 8 - p 1518–1528
doi: 10.1097/j.pain.0000000000001233

1.
Microtubules Underlie Dysfunction in Duchenne Muscular Dystrophy
Ramzi J. Khairallah, Guoli Shi, Francesca Sbrana, Benjamin L. Prosser, Carlos Borroto, et al.,
Sci. Signal. 07 Aug 2012: Vol. 5, Issue 236, pp. ra56
DOI: 10.1126/scisignal.2002829

2.
X-ROS signaling in heart and skeletal muscle: stretch-dependent local ROS regulates [Ca2+]i
Benjamin L. Prosser, Ramzi J. Khairallah, Andrew P. Ziman, Christopher W. Ward, W.J. Lederer
J Mol Cell Cardiol. Author manuscript; available in PMC 2014 May 1.
J Mol Cell Cardiol. 2013 May; 58: 172–181.
Published online 2012 Dec 6. doi: 10.1016/j.yjmcc.2012.11.011

3.
Mechanisms of Myofascial Pain
M. Saleet Jafri
Int Sch Res Notices. 2014; 2014: 523924.
Published online 2014 Aug 18. doi: 10.1155/2014/523924

パクリタキセル
微小管に結合して安定化させ脱重合を阻害することで、腫瘍細胞の分裂を阻害する。パクリタキセルはチューブリンの2つのサブユニット(αとβ)のうちβサブユニットに結合する。

ノコダゾール:Nocodazole
チューブリンに結合して、微小管の形成を阻害することで細胞分裂をM期で停止させる。
SNI(Spared nerve injury)モデル:総腓骨神経と脛骨神経を結紮。

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鍼の腰椎椎間板ヘルニア治療の効果は牽引や各種鎮痛剤よりも優れていた [鍼治療を考える]

腰椎椎間板ヘルニア(LDH)治療の研究における、システマティックレビューとメタアナリシスの結果、鍼治療の効果は牽引治療や各種の消炎鎮痛剤よりも優れていた。

この研究では、LDHの治療における、鍼治療の有効性に関する証拠を評価するために、電子データベースを検索して鍼治療のランダム化比較試験(RCT)を同定し、RevMan 5.3によってメタアナリシスを行い、GRADE法を用いて証拠レベルを評価。

対象となった研究は30件で、患者は3503名。

鍼治療の総実効レベルは他の治療法よりも高く、腰椎牽引(RR=1.1, 95% CI 1.05 to 1.15; p<0.001)、イブプロフェン(RR=1.24, 95% CI 1.03 to 1.48; p=0.02)、ジクロフェナク(RR=1.44, 95% CI 1.24 to 1.67; p<0.001)、およびメロキシカム (RR=1.16, 95% CI 1.03 to 1.31; p=0.01)。

visual analogue scale (VAS) による評価では、腰椎牽引(SMD -1.33,95%CI -1.82〜-0.84; p <0.001)、ジクロフェナクナトリウム(SMD -1.36,95%CI -2.59〜-0.13; p = 0.03)。

日本整形外科学会(JOA)のスコアでも、腰椎牽引(SMD 0.96,95%CI 0.48〜1.45; p = 0.0001)よりも良好。

さらに、5件の個別試験における総実効率では、マンニトール+デキサメタゾンおよびメコバラミン、イブプロフェン+フグイグルトンカプセル、ロキソプロフェン、マンニトール+デキサメタゾンおよび huoxue zhitong 煎じ薬よりも高かった。また、2件の個別試験のVASスコアでも、イブプロフェンまたはマンニトール+デキサメタゾンと比較して鍼治療が優れていた。

私の経験でも、臨床的に、鍼治療はLDHに対して即効性が認められる。この結果から言えることは、一般的な病態認識の方に問題がある(仮説に誤りがある)。

出典文献
Acupuncture for lumbar disc herniation: a systematic review and meta-analysis.
Tang S, Mo Z, Zhang R.
Acupunct Med. 2018 Mar 1. pii: acupmed-2016-011332. doi: 10.1136/acupmed-2016-011332.

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手根管症候群とLinberg-Comstock症候群 [鍼治療を考える]

手根管症候群は、各種の絞扼性神経障害の中でも最も有名であり、患者数も多い。しかし、鍼治療の臨床において判断に苦慮する症例に出会うことがしばしばある。特に、私がentrapment pointとして疑いをもっているのは手関節の近位(関節より1~1.5横指)であり、それは手根管の外である。

そもそも、手根管中の筋・腱および動脈だけではなく、その周囲にはこの領域を通過する神経に影響をおよぼす多くの解剖学的変異がある。手根管内部では、長掌筋の筋腹が手根管内部に及んでいる異常例や、正中動脈の遺残例などによる圧迫が見られる。しかし、手根管より近位の関節周囲における絞扼については、文献を探しても明確なものは見つけられない。1つの可能性として、「Linberg-Comstock症候群」ないしはその亜型が候補として考えられる。

1979年、LinburgとComstockらは、長拇指屈筋(FPL)腱と示指の深指屈筋(FDP)腱を結ぶ、肥厚した滑膜組織のfibrous bandの存在と、その病状を報告している。また、彼らは臨床診断のための試験も記載している。

この異常例では、FPLとFDPが腱様組織によって連結されているため、拇指のMCP関節とIP関節を屈曲すると示指のDIP関節も屈曲してしまう。彼らは、この試験が人口の31%で陽性であると報告し、死体では25%で異常を証明している。通常、このような異常があっても問題は起こらないが、患者では拇指の屈曲で痛みが生じ、この示指を他動的に伸ばそうとすると痛みが増悪する。

外傷後の炎症などによって発症し、遠位前腕における説明できない慢性疼痛や手根管症候群に類似した症状を示す。2本の腱に独立した動作が強要されるような動きによって、裂けるような痛みが誘発される。この2本の腱の位置関係から、このfibrous bandが正中神経を直接圧迫することは考えにくい。しかし、、、。

神経伝導速度測定やPhalen testが陽性であったことから、手根管症候群と診断されたものの手根管の範囲を触診しても明確なentrapment pointを見いだせず、治療効果も良好ではない患者が時々来院する。

私は、これらの患者の原因として、FPLとFDPを結ぶfibrous bandによって正中神経が圧迫される可能性があるものと推測している。さらに、拇指屈曲テストが陰性の者では、正中神経が浅指屈筋の下から、その筋腹の辺縁をまたいで浅層に出る部位で圧迫される可能性も推測しており、Phalen testはこの病態に関連しているのではないかと疑っている。

当院を受診したこれらの患者の中には、手関節の近位に圧通があり、手関節の屈曲と同部位の圧迫でシビレを誘発できる者が散見される。しかし、検索した文献では、Linberg-Comstock症候群の手術例の写真や模式図には正中神経が示されていない。さらに、fibrous bandによる絞扼の明確な記述も認められないため確証は無い。また、検査手段が使えない鍼灸師では検証は不可能である。しかしながら、臨床的には、診断および治療効果から手応えを感じている。今後、自説を検証できるような文献と、症例が揃った段階で改めて紹介したい。

(尚、拙著「絞扼性神経障害の鍼治療」には、この「Linberg-Comstock症候群」は記していない。今後、症例を増やすことができて自説の信憑性が高くなれば、改訂版を出す機会に書きたいと思っている。)

引用文献
Operative treatment of Linburg-Comstock syndrome
S. Badhe, J. Lynch, S. K. S. Thorpe, L. C. Bainbridge
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Anatomical variations of the carpal tunnel structures
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Carpal tunnel: Normal anatomy, anatomical variants and ultrasound technique
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Published online 2011 Feb 3. doi: 10.1016/j.jus.2011.01.006

Carpal tunnel syndrome secondary to an accessory flexor digitorum superficialis muscle belly: case report and review of the literature
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Published online 2014 Mar 4. doi: 10.1007/s11552-014-9622-1

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末梢オキシトシン受容体はWDRニューロンへの侵害入力信号を抑制する [鍼治療を考える]

脊髄後角におけるオキシトシン受容体(OTRs)は、AδおよびC線維によって媒介されて侵害受容ニューロン発射を抑制することが示唆されている。

この研究の知見では、OTRs は皮膚を支配するCGRP作動性末梢神経において発現し、表皮表層における活性化によってC 線維放電の抑制を誘発して痛覚を抑制する。

OTの皮下注射は、ラットにおけるホルマリン誘発侵害試験のフェーズI(100μg/足;図2B)およびフェーズII(31および100μg/足;図2C)におけるflinching動作を防止した。

この抗侵害受容作用は局所的であるばかりでなく特異的でもある。なぜなら、最高用量のOTによって、運動協調試験に何ら変化を与えなかったからである。

強力かつ選択的な OTR 拮抗薬のL-368899 (10 および100μ g/前足) の皮下注射は、OT 誘発行動をブロックした。尚、この効果は、ホルマリン試験の第 II 相において明らかに観察された。興味深いことに、nocifensive反応の増加は、フェーズIIの、L-368,89910μg/足において誘発された。さらに、WDRニューロン群の神経活動を測定したところ、OT誘起 a 線維およびC 線維が前足への10μg L-368899 によってブロックされた。

RFの末梢電気刺激は、脊髄後角WDR細胞の明確なニューロン応答を誘発したが、OT(sc; 1〜56μg/50μL)の単回皮下投与後、AδおよびC線維の発火反応の用量依存的な減少が観察された。

末梢皮膚における OTRs の生理学的機能について、OT は培養ヒトケラチノサイトで発現し、外部刺激 (傷害に似た) に反応して放出される。鍼治療への応用を考えるには適切な刺激法とその効果を知ることが求められるが、残念ながら、この研究では調査されてはいないようだ。

オキシトシン(Oxytocin)は、アミノ酸残基9個からなる下垂体後葉ホルモンの1つ。オキシトシンは、もう1つの下垂体後葉ホルモンであるバゾプレッシン(Vasopressin;抗利尿ホルモン)と同様に、主に視床下部の視索上核および室傍核に局在する大細胞性神経分泌ニューロンの細胞体で産生される。

オキシトシンは、ギリシャ語okytokos(okys;速い, tokos;出産)に由来しており、子宮筋の収縮作用による分娩の促進および出産後の授乳時の射乳反射を惹起する。1953年に、動物のペプチドホルモンとしては最も早く構造が明らかにされたホルモン。しかし最近では、動物や人間においても脊髄レベルで鎮痛を誘発するため、興味深い分子として浮上している。

出典文献
Peripheral oxytocin receptors inhibit the nociceptive input signal to spinal dorsal horn wide-dynamic-range neurons.
González-Hernández, Abimaela; Manzano-García, Alfredoa; Martínez-Lorenzana, et al.,
PAIN: November 2017 - Volume 158 - Issue 11 - p 2117–2128
doi: 10.1097/j.pain.0000000000001024

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α7ニコチン性アセチルコリン受容体の抗炎症効果と鍼治療 [鍼治療を考える]

アストログリアα7ニコチン性アセチルコリン受容体(α7nAChR)の抗炎症効果は、NF-κB経路の阻害およびNrf2経路の活性化によって媒介されると報告されている(1)。

さらに、以前の研究で、百会(Baihui ;GV20)への電気鍼の前処置によって、再灌流後の神経細胞のアポトーシスとHMGB1放出抑制による梗塞量の減少および神経学的転帰が改善し、この効果がα7nAChRの神経発現の減少抑制によると報告されている(2)。

α7nAChRは、中枢神経系(CNS)および末梢に広く分布しており、CNS内では、これらの受容体はニューロンおよびグリア細胞で発現され、学習、記憶などに積極的に関与している。また、アミロイド-β、グルタミン酸塩、オカダ酸、エタノールなどによって誘導される毒性に対して神経保護作用を示す。

したがって、α7nAChRは様々な神経変性疾患において潜在的な治療標的として重要であり、さらに、鍼治療はこれらの疾患に対して効果が期待できる。

実験では、α7nAChR活性化による抗炎症および抗酸化作用を、一次アストロ培養におけるリポ多糖類(LPS)を用いた神経の in vitro マウスモデルにおいて評価。NF-κB経路に対するα7 nAChRの抗炎症作用はELISA遺伝子発現解析、免疫蛍光分析、ウエスタンブロット法を用いて評価。

α7nAChR 媒介抗炎症反応における Nrf2 経路の役割は Nrf2 ノックアウトアストロサイトを用いて評価。正規 Nrf2 標的遺伝子の発現プロファイルに対するα7nAChR 活性化の抗酸化作用を定量的 PCR とウエスタンブロット法により検討。

脳 ex vivo nf-b ルシフェラーゼシグナルはLPS注入NF-κBルシフェラーゼレポーターマウスモデルのα7nAChR アゴニストによる治療後に評価。

α7nAChRアゴニストGTS21を用いた星状細胞の処理によって用量依存的にLPS媒介炎症性サイトカインが減少し、この効果はα7nAChR発現の薬理学的および遺伝的阻害の両方によって逆転された。このα7nAChR活性化による抗炎症効果はNF-κB経路を介するものであることが示された。また、α7nAChRアゴニストによる治療が、α7nAchRの抗酸化特性を示唆するカノニカルNrf2抗酸化遺伝子およびタンパク質をアップレギュレートすることを実証した。星状細胞馴化培地アプローチを用いて、GTS21処理によるニューロンのアポトーシスが減少した。

NF-κBルシフェラーゼレポーターマウスにおけるLPSを用いたインビボ神経炎症モデルにおいて、生物発光イメージングによってGTS21で処置した脳のLPS誘発NF-κB活性の低下を実証。さらに、NF-κB経路の下流にある前炎症性サイトカインの発現の低下、およびGTS21治療を受けた脳組織におけるNrf2標的遺伝子の増加を観察した。

一方、百会(Baihui;GV20)への電気鍼(EA)の前処理が脳虚血傷害に対する耐性を誘発し、この効果のメカニズムを、ラットにおける脳虚血虚血再灌流モデルを用いてα7nAChRの発現に対する影響が報告されている。

ラットは、120分間中間脳動脈閉塞によって大脳虚血を誘発させ、神経スコア、梗塞量、神経細胞アポトーシス、高機動グループボックス 1(high mobility group box 1;HMGB1)レベルを再灌流後に評価。

その結果、百会へのEA の前処理は、虚血脳における再灌流後のα7nAChR発現の減少を防止した。.また、α7nAChRアゴニストの PHA-543613による前処理は虚血性の脳損傷に対する神経保護効果を示し、拮抗薬である、α-bungarotoxin (α-BGT) の前処理によって、HMGB1 放出におけるPHA-543613の抑制効果は逆転された。

これらの知見は、鍼および薬理学的戦略を通じて、α7nAChR活性化の抗炎症作用を活用することが脳卒中治療の新たな可能性となり得ることを示唆している。

引用文献
1.
Anti-inflammatory effects of astroglial α7 nicotinic acetylcholine receptors are mediated by inhibition of the NF-κB pathway and activation of the Nrf2 pathway
Jessica McIntire, Sarah Ryan, et al.,
Journal of Neuroinflammation201714:192 https://doi.org/10.1186/s12974-017-0967-6

2.
Electroacupuncture pretreatment attenuates cerebral ischemic injury through α7 nicotinic acetylcholine receptor-mediated inhibition of high-mobility group box 1 release in rats.
Qiang Wang, Feng Wang, Xin Li, et al.,
Journal of Neuroinflammation20129:24 https://doi.org/10.1186/1742-2094-9-24

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高血圧における代謝異常と鍼治療効果 [鍼治療を考える]

高血圧症は代謝異常を伴う疾患であると言われており、血漿オレイン酸(OA)およびミオイノシトール(MI)は潜在的な高血圧バイオマーカーであり、鍼治療によって降圧効果とともにこれらの数値が改善したと報告されている(Mingxiao Yang, et al.,2016)。

高血圧患者と健康な被験者の血漿より、47種の化合物について、MRM-MS(Multiple Reaction Monitoring-Mass Spectrometry)を使用して検出し、バイオマーカーを調査。さらに、鍼治療による降圧効果と、そのバイオマーカーの変化を調査。

47種の代謝産物または化合物
L-チロシン、L-フェニルアラニン、L-スレオニン、L-(+)- 乳酸、L-バリン、L-ロイシン、L-プロリン、ベタイン、パルミチン酸、ステアリン酸、グリシン、(±)オレイン酸、エイコサン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、ノナン酸、ガラクトース、スクロース、ソルビトール、ミオイノシトール、フルクトース、セロビオース、尿素、イソロイシン、β-シトステロール、β-シトステロール、L-トリプトファン、アラニン、クエン酸、アゼライン酸、アスパラギン酸、4-ヒドロキシ安息香酸、ピメリン酸、L-セリン、ヒポキサンチン、D-ホモセリン、尿酸、トリメチラルアミンオキシド、ペンタン二酸、アラントイン、リノール酸、シトルリン、オキサロ酢酸およびソルボースα-ケトグルタル酸。

鍼治療の主穴は、太衝(Taichong-LR3)と人迎(Renying-ST9)。その他任意の経穴として、太谿(Taixi-KI3)、内関(Neiguan-PC6)、足三里(Zusanli-ST36)、曲池(Quchi-LI11)。30分間の治療を週3回、6週間行っている。

鍼治療は、血圧を24時間低下させて概日リズムを改善し、OAおよびMIの異常を正常化させた。鍼治療後、ALT、BUNのレベルは有意に低下した(P <0.05)。他のパラメータに関しては、鍼治療前と鍼後の比較で有意差は認められなかった。

鍼治療によって、血圧のリズムのMensor、Amplitude、およびAcrophaseが変化。BPリズムのmensor±SE(標準誤差)は、145.61±0.95mmHg(収縮期)および84.86±0.65mmHg(拡張期)から138.50±1.03mmHgおよび82.10±0.62mmHgに有意に低下した。

但し、ベースラインから治療後24時間の血圧の推定変化の95%CIは、10mmHg以下であった(SBP前対後:SBP:2.41〜6.63mmHg; DBP:0.85〜3.87mmHg)。

現時点で、これらの代謝物が鍼治療の抗圧効果にどのように関与しているかは不明。鍼治療の血糖降下作用については遊離脂肪酸(FFA)の減少に起因すると示唆されている(1.2)。また、鍼治療が非アルコール性脂肪肝疾患のラットのFFAを減少させ、それによって脂質生成と肝脂肪蓄積を減少させることが示されている(3.)。したがって、FFA代謝の調節は、鍼治療の高血圧治療効果の重要な要因として推測される。

軽度の大脳動脈閉塞において、鍼治療はアンジオテンシンIIの発現増加を抑制し、その受容体媒介ホスファチジルイノシトールシグナル経路に影響を与える。結果的に、血管収縮を減少させて虚血領域への血液供給を改善する。

イノシトール3リン酸シグナル伝達経路は、鍼治療の調節効果に関わる主要な細胞内メッセンジャー分子経路の1つであり、鍼治療の血圧におよぼす重要な効果である。

治療穴として、別の報告を見ると。
自発的高血圧ラット (SHR) モデルに対する、血圧 (BP) および尿代謝産物への手技鍼 (MA) の効果を調査した研究報告がある。人迎(ST9)への刺鍼のみで、α-ケトグルタル酸、N-アセチルグルタミン酸、およびベタインを含む尿代謝産物が増加し、収縮期および拡張期血圧, 平均動脈圧と心拍数が鍼治療後に有意に減少した(4.)。

出典文献
A Targeted Metabolomics MRM-MS Study on Identifying Potential Hypertension Biomarkers in Human Plasma and Evaluating Acupuncture Effects
Mingxiao Yang, Zheng Yu, Shufang Deng, Xiaomin Chen, Liang Chen, et al.,
Sci Rep. 2016; 6: 25871.
Published online 2016 May 16. doi: 10.1038/srep25871

1.
Hypoglycemic effects and mechanisms of electroacupuncture on insulin resistance. Yin, J. et al.Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol. 307, R332–R339 (2014).

2.
Electroacupuncture improves glucose tolerance through cholinergic nerve and nitric oxide synthase effects in rats. Lin, R. T. et al.,Neurosci. Lett. 494, 114–118, 10.1016/j.neulet.2011.02.071 (2011).

3.
Impact of electro-acupuncture on lipid metalolism in rats with non-alcoholic fatty liver disease. Zhu, L. L., Wei, W. M., Zeng, Z. H. & Zhuo, L. S. Sichuan Da Xue Xue Bao Yi Xue Ban. 43, 847–850 (2012).

4.
Effects of acupuncture on the urinary metabolome of spontaneously hypertensive rats. Ying Wang, Yang Li, Liang Zhou, Lin Guo, http://dx.doi.org/10.1136/acupmed-2016-011170

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「重複性神経障害の概念を捨てよ」は妥当か [鍼治療を考える]

重複性神経障害(Double crush syndrome;DCS, Double crush hypothesis;DCH, double lesion neuropathy)はUptonとMaconas(1973)が提唱した概念(1)。

手根管症候群の患者には肘部管症候群との合併例が少なからず存在し、さらに、これらの患者では高率に頚椎症性神経根症(CSR)の合併が認められるとして、神経への圧迫はその末梢においても圧迫に対する易損性を生じさせるとし、その原因を軸索流の障害と考えている。

軽微な圧迫によってsubclinical neuropathyに陥っている神経幹は、圧迫部位の末梢における新たな圧迫に対して易損性であることは実験的にも証明されている(例えば、根本1983, )(2)。

私も、臨床においてDCSと思われる症例を頻繁に見かけることから、拙著「絞扼性神経障害の鍼治療」の中でその視点の重要性を指摘している。

しかし、Johnson(1997)は“Double crush syndrome”を欺瞞と断じ、「訓練の不十分な筋電図医が用いる前代の遺物であるとして、この概念を捨てろ」と述べている(3)。UptonとMaconasの報告には、CSRの診断における確実性などに問題点もあるが、Wilboun & Gilliatt(1997)らの批判の中でも本質的と言える指摘(4)について紹介し、それに対する私の細やかな反論を述べたい(以前に、後述したいと記していたので)。

決定的と思われる批判の第1点は、CSRの障害は神経根であることから圧迫部位は後根神経節の近位となるため、Waller変性や軸索流の障害は近位側に向かって進展する。したがって、遠位側に軸索障害が起こることはなく、C7由来の感覚神経成分に異常が生じて手根管症候群が合併することはあり得ないとする批判である。第2点として、園生の意見(5)では、手首の正中神経成分は腕神経叢において上中下神経幹外側内側神経束とさまざまに分かれて存在するので、それらの全てを障害する必要がある。また、電気生理学的異常を伴わない程度の障害で、遠位に脆弱性が生ずることは考えにくいとも述べている。何れも、一見完璧な否定的意見ではあるが、はたしてそうだろうか。

長くなるので、本稿では第1点の問題について考えたい。

犬の腰椎神経根の実験で、異なる圧力を持つ4種類のクリップを使用して圧迫し、脊髄背側後角, 神経根, 後根神経節における P 物質(SP)および ソマトスタチン(SOM)を免疫組織化学的手法によって検出し、神経根圧迫後の軸索流の変化を調査した研究報告がある(6)。

その結果、圧迫後24時間で神経根の軸索流が損なわれ、圧迫部位の遠位に SP と SOM の蓄積が認められた。また同時に、後根神経節の細胞数の減少も認められた。さらに、1週間の圧迫によって、脊髄背側後角の SP とSOM 陽性線維の数が減少した。この実験では、後根神経節より遠位の末梢神経への影響までは調査されていない。しかし、神経根への圧迫の影響が後根神経節や脊髄までおよぶことが明らかとなり、さらに、その影響として、何らかの障害が末梢へもおよぶ可能性もあり得るはずである。

同様の報告として、雑種犬の腰椎神経根に、クリップを使用して7.5 gf の圧力で24時間、1週間、および3週間圧迫した実験もある。

軸索反応に続発した後根神経節における一次感覚ニューロンの形態変化を光学顕微鏡と電子顕微鏡によって調べ、サブスタンスP (SP)、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)、ソマトスタチン (SOM) の変化を免疫染色にて検討している。光学顕微鏡では、圧迫開始から1週間後に後根神経節細胞に色素融解(chromatolysis)を生じ、形態学的変化を認めた(同様の実験報告は他にも多数有り)。影響を受けたニューロンの電子顕微鏡観察では、細胞核の中央部から周囲への動きと、rough endo-plasmic胞体とミトコンドリアの喪失が明らかになった。免疫組織化学的研究では、中枢の小神経節細胞においてSP、CGRP、SOMが著しく減少した。結論として、神経根圧迫の患者では、機能不全は圧迫サイトの変性に限定されていないことを認識することが重要だと記されている(7)。

神経根への圧迫の影響が、順行性の軸索流の方向だけではなく、その反対側の後根神経節にまでおよぶのであり、さらに、その末梢へも影響する可能性を考慮する必要がある。

剖検による所見によって、subclinicalな状態ですでに絞輪間部分の部分的先細りを伴う随鞘の球状変化という形態学的異常が以前より報告されている。最近の知見では、随鞘形成細胞はミトコンドリアの機能維持を含めた軸索の代謝を補助しており、軸索の発達と生存に必須である。同時に、軸索のシグナルは髄鞘形成細胞、シュワン細胞の分裂、分化、髄鞘の形成と維持に関与している。また、絞輪間部分にその大部分が存在するミトコンドリアは軸索におけるATPの供給源であることから、エネルギー依存性である軸索輸送の維持に重要である(8.9.)。

軸索流(Axoplasmic flow)には、細胞体から神経末端方向への順行性輸送(Anterograde transport) と神経末端から細胞体方向への逆行性輸送(Retrograde transport)があり、軸索内を様々な物質が両方向へ同時に輸送されている。軸索輸送とは、水道管の中を一方向に水が流れるような単純なものではない。

細胞体から神経末端への速い順行性輸送(200-400mm/日)はキネシン(Kinesin)というモーター蛋白が、ミトコンドリア、シナプス小胞、神経伝達物質、酵素等を輸送している。一方、神経末端から細胞体へ向かう速い逆行性輸送(50-100mm/日)は、ダイニン(Dynein)というモーター蛋白が、再利用する蛋白やシナプス小胞、成長因子や代謝物質などを輸送している。遅い軸索輸送では、細胞体から神経末端へニューロフィラメントなどを運ぶ流れ(0.1-2.5mm/日)と、アクチンやカルモジュリンなどを運ぶ(2-6mm/日)ものがある。さらに、未だ未知のモーター分子も存在している。

軸索内では、ナノスケールの微小管のレールの上を、これらのモーター分子が歩くようにして運んでいるのである。この分子の移動速度は、分子を人の大きさにすると秒速100mにも達し、その移動距離は1mの軸索では10万Kmにも相当する、途方も内ない作業なのである。

さらに複雑なのは、微小管の線維は150~500ミクロンの長さしかなく、軸索の端から端までつながってはいない。モーター蛋白は、この互い違いに並んだ線維に荷物を積んだまま見事に乗り換えながら高速で走っているのである。この蛋白には2本足のものと1本足のものがあるが、1本足の場合の移動方法は定かになっていない。

機械的圧迫による神経根内の血流と神経線維の変形が、腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症などの根症状の病態に関与すると考えられている。しかし、神経根圧迫に伴う軸索流の変化の研究は極めて少なく、確かなことは言えないのが現実である。私には、Wilboun & Gilliattらや園生の批判は単純過ぎるように思われる。また、何が何でも、症候の原因を単一病変に求めようとするのは少々傲慢に思える。私は常に、患者の訴える症状の原因は単一ではなく、複数の病態が合併していることを念頭に置いて診察を行うよう心がけている。

頚椎症性神経根症(CSR)の診断について、念のため一言付け加えると。神経根の圧迫が、それのみで痛みを発現しないことは周知の事実。症状の発現には、神経伝達物質や様々な炎症性サイトカインなどの化学的因子が関与する。また同時に、末梢神経の損傷や慢性的圧迫が後根神経節の急性圧迫と同様の反応を惹起することも指摘されている。

画像上、加齢とともにヘルニアの存在や神経根の圧痕形成の頻度は増加するが、有病率は逆に減少する。形態学的変化をそのまま病態として決めつけ、症状発現の原因と判断することが短絡的であることを示唆している(これまでにも、本ブログで繰り返し述べている)。

出版書籍のお知らせ

書籍名 : 絞扼性神経障害の鍼治療
著者名 : 小川義裕
発行所 : 虎の門針灸院
出版日 : 2015年3月22日初版
サイズ : B5版, 188ページ, 図34枚
ISBN 978-4-9908155-2-3
C3047 ¥ 8500 E

市販はしておりませんが、個人的に販売しております。
購入方法は、カテゴリーの「出版のお知らせ」をご覧ください。

引用文献
1.
Upton AR. McComas AJ, The double crush in nerve entrapment syndromes, Lancet 2:359-362,1973.

2.
根元孝一, 末梢神経障害に関する実験的研究, 日本整外会誌, ;57:1773-1786,1997.

3.
Johnson EW, Double crush syndrome . A definnition in search of a cause , Am J Phys Med Rehabil, 76:439, 1997.

4.
Levin KH, Wilbourn AJ, Magginano HJ, Cervical rib and median sternotomy -related brachial plexopathies : a reassessment , Neurology,50:1407-1413,1998.

5.
園生雅弘上肢のいわゆる「ダブルクラッシュ症候群」についての電気生理学的・臨床的考察, 脊椎脊髄ジャーナル, vol.25no.12, 1129-1137, 2012.

6.
Effect of lumbar nerve root compression on primary sensory neurons and their central branches: changes in the nociceptive neuropeptides substance P and somatostatin, Kobayashi S1, Kokubo Y, Uchida K, Yayama T, Takeno K, et.al., Spine (Phila Pa 1976). 2005 Feb 1;30(3):276-82.

7.
Pathology of lumbar nerve root compression. Part 2: morphological and immunohistochemical changes of dorsal root ganglion, Kobayashi S1, Yoshizawa H, Yamada S.
J Orthop Res. 2004 Jan;22(1):180-8.

8.
Nave KA.,Myelination and support of axnal integrity by glia, nature,468; 244-252,2010.

9.
大野信彦, 軸索と髄鞘の相互作用の分子メカニズム, 山梨医科学誌, 20(1);19-31,2014.


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後骨間神経絞扼性障害における近位橈骨神経病変 [鍼治療を考える]

橈骨神経の絞扼性障害には、肘の回外筋通過部位における後骨間神経の絞扼性障害である橈骨神経管症候群(後骨間神経障害症候群:PINS)と、これより中枢における圧迫である、高位橈骨神経絞扼性障害、および、さらに末梢における、橈骨神経浅枝(知覚枝)の絞扼性障害(異常感覚性手有痛症)があり、それぞれ単独の疾患名で呼ばれている(拙著:「絞扼性神経障害の鍼治療」を参照)。

しかし、高分解能磁気共鳴法による橈骨神経のvoxel(体積要素)正規化 T2信号の視覚評価と付加的定量分析によって、PINSの患者 (19名)の84%において、上腕レベルにおける近位橈骨神経病変(上腕橈骨関節より中枢8.3 ± 4.6 cm)が認められたと報告されている。

これらの病変のほとんどは(75%)特定の体性感覚パターンに従っているが、さらに猿位である後骨間神経の線維束が含まれていた。

これは、自著の中でも繰り返し述べていることではあるが、絞扼性神経障害の診察においては一カ所の絞扼の確認のみではなく、同一神経の中枢および末梢までも広く触診すべきことを示している。私も、上腕レベルへの施鍼も頻繁に行っているが、84%において、上腕レベルに病変が認められたとする結果は意外であった。

出版書籍のお知らせ

書籍名 : 絞扼性神経障害の鍼治療
著者名 : 小川義裕
発行所 : 虎の門針灸院
出版日 : 2015年3月22日初版
サイズ : B5版, 188ページ, 図34枚
ISBN 978-4-9908155-2-3
C3047 ¥ 8500 E

本書は市販はしておりませんが、個人的に販売しております。
購入方法は、カテゴリーの「出版のお知らせ」をご覧ください。

出典文献
Posterior interosseous neuropathy
Supinator syndrome vs fascicular radial neuropathy
Philipp Bäumer, Henrich Kele, Annie Xia, BSc, et. al.,
Neurology November 1, 2016 vol. 87 no. 18 1884-1891
doi.​org/​10.​1212/​WNL.​0000000000003287

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COPDの合併症として痛みが浮上 [鍼治療を考える]

COPD(慢性閉塞性肺疾患:Chronic obstructive pulmonary disease)は、2015 年度の世界における疾患別死亡原因の第4位となっている。COPDとは、慢性気管支炎と肺気腫を統合した疾患概念であり、一度発症した場合には治癒することはなく、適切な治療法もない。

最近、このCOPDの合併症として「痛み」の存在が浮上しており、重度の場合、中等度の痛みの有病率は 66%(95% CI, 44%-85%)と報告されている(Annemarie L. Lee,他2015)。また、強い疼痛は、呼吸困難、疲労、生活の質の低下、および特定の合併症に関連付けられていた。しかし、研究報告は極めて少なく、さらに、COPDに伴う痛みの治療に関する文献は現時点では見つからない。

発症してからでは治すことはできない疾患ではあるが、症状だけでも鍼治療で軽減できないものかと考えている。COPDに対する鍼治療に関する報告では、歩行距離が伸びた程度で、呼吸機能の改善は認められない。

患者数の増加を見込んで、数年前に、呼吸機能を評価するために電子スパイロメーターを購入したが、予想したほどには患者は現れない。他の症状で来院した高齢者に聞いても、それらしい症状を訴える患者は発症率から予想されるような人数には到底およばない。一般に言われる程、この疾患が本当に多いのか疑問にさえ感じている。ともあれ、痛みに対しては手段はあるものと、治療法は考えているのだが、、。

当院で使用している、電子スパイロメーター。
電子スパイロメーター.png

引用文献
Pain and Its Clinical Associations in Individuals With COPD A Systematic Review
Annemarie L. Lee, Samantha L. Harrison, Roger S. Goldstein, et. al.,
Chest, May 2015Volume 147, Issue 5, Pages 1246–1258
DOI: http://dx.doi.org/10.1378/chest.14-2690

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抹消神経刺激による血管内皮細胞活性化で炎症を抑制 [鍼治療を考える]

 知覚神経刺激を介した血管内皮細胞機能の活性化によって、生体防御反応を制御して炎症反応を抑制できることが示されており、これらの報告は、鍼灸治療の更なる可能性を示すものと思われます。 

 生体防御反応の暴走は生体への侵襲反応となって過剰な炎症反応を引き起こします。敗血症はその典型例ですが、炎症には血管内皮細胞障害が関与しています。この血管内皮細胞が機械的刺激(ずり応力;シアストレス)や知覚神経刺激によって活性化されることが報告されています。中でも、知覚神経の刺激による作用は鍼灸治療によって抗炎症効果が期待できることや、作用機序の裏付けとしても重要です。

 従来、鍼灸刺激による免疫細胞増加に関する報告は多いのですが、免疫抑制効果の研究は少ないように思われます。鍼灸における、炎症性疾患や自己免疫疾患の治療を考えますと、抗炎症・抗免疫刺激法の確立は必須であると言えます。

 温痛覚やカプサイシンなどの、バニロイド化合物により刺激されるカプサイシン感受性知覚神経は温痛覚を感受する神経であり、多くの臓器の細動脈周囲、上皮組織直下、心筋や平滑筋細胞などに分布しており、その知覚神経表面にはバニロイド受容体-1(VR-1)が存在します。この受容体は、ブラジキニン、ロイコトリエン、ATP、熱刺激(43℃以上)、pH6未満、およびPGE2などにより、cAMP濃度の上昇によってセリンやスレオニンがリン酸化されて活性化されます。

 知覚神経の刺激により、脊髄後根神経細胞で産生されるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptid: CGRP)が神経末端から分泌されます。CGRPは、強力な血管拡張作用があるため、以前は炎症反応の増悪に寄与すると考えられていました。しかし、プロスタサイクリンやPGE2の産生を促進し、結果的に、NOやプロスタグランジンの作用により白血球の活性化を抑制して生体防御反応を制御すると報告されています。

 インスリン様成長因子-1(insulin-like grows factor-1 : IGF-1)は、細胞分裂を引き起こすインスリン様成長因子群の1つです。IGF-1は多くの細胞に存在し、インスリンの血糖降下作用の6%を有しますが、蛋白質や糖質の生成、細胞死(アポトーシス)の抑制作用、細胞の増殖・分化促進作用などがあります。前述した、CGRPやPGE2は、ラットの骨芽細胞のcAMP濃度を上昇させることで、IGF-1の産生を促進することが報告されています。

 この知見は、鍼灸刺激などの知覚神経刺激によって、CGRPが放出されてIGF-1産生が促進される可能性を示すものです。

 CGRPおよびIGF-1の投与によって、虚血再灌留による肝細胞のアポトーシスを抑制します。知覚神経刺激は血管内皮細胞の活性化を介してIGF-1産生を促進してアポトーシスを抑制することで、臓器障害を軽減できる可能性が示唆されたと言えます。

 ラットにエンドトキシンを投与することで惹起されるTNF産生亢進と敗血症性ショックも、知覚神経刺激で抑制されると報告されています。

 これらの事実は、知覚神経刺激を介した血管内皮細胞の変化によって、生体防御反応を制御して炎症反応を抑制することを意味しており、鍼灸治療の更なる可能性を示すものであり、今後の研究が期待されます。

・Okajima K, Harada N. Regulation of inflammatory responses by sensory neurons - Molecular mecchanism (s)and possible theraputic applications. Curr Med Chem 2006; 13: 2241-52.

・Vignery A. McCarthy TL. The neuropeptidecalcitonine-gene related peptide stimulates insulin-like growth factor 1 production by primary fetal rat osteoblast . Bone 1996 ; 18 : 331-5.

・Okajima K, Isobe H, Uchiba M, Harada N, Role of the sensory neuron in reductio of endotoxin-induced hypotension in rats. Crit Care Med 2005 ; 33: 847-54.

 この他には、マウスにおけるカラギーナン誘発腹膜炎に対して、三陰交穴への置鍼による抗炎症効果が確認され、この効果は副腎を介したIL-10の分泌促進によるものと報告されています。この報告については、後日、改めて紹介する予定です。

・Morgana Duarte da Silva, Giselle Guginski, Maria Fernanda de Paula Werner, et al.
Involvement of Interleukin-10 in the Anti-Inflammatory Effect of Sanyinjiao (SP6) Acupuncture in a Mouse Model of Peritonitis
Evid Based Complement Alternat Med. 2011; 2011: 217946.
Published online 2011 June 5. doi: 10.1093/ecam/neq036

コリン作動性抗炎症性経路 [鍼治療を考える]

 アセチルコリン受容体を介する、迷走神経の炎症抑制機能が新しい炎症性疾患治療に成り得るのでは、という報告がありました(Journal of Internal Medicine)。このコリン作動性抗炎症作用は、nicotinic alpha 7 acetylcholine receptor subunitによるsignal transductionが関与しています。

 しかしながら既に、Wangらが2003年にNature誌に、迷走神経の炎症抑制機能がニコチン受容体α7を介して発揮されることを報告しています。その後、Jongeらによって、α7受容体刺激がJAK2-STAT3経路の活性化を引き起こし、LPS誘導性炎症性サイトカインの産生抑制が、IL-10/IL10RおよびSOCS3の非関与のもとで誘導されることを確認しています。

 以前から、迷走神経切除により齧歯類の敗血症が悪化することが知られていました。敗血症や炎症性腸疾患へのニコチンの有効性が証明され、迷走神経の刺激伝達におけるマクロファージ/単球上のα7ニコチン受容体の役割が明らかになっています(但し、ニコチンの毒性が問題)。

 最近は、炎症性サイトカインに対する抗体が各種自己免疫疾患の治療に応用されています。これらの知見は、鍼灸にとっても有望な情報です。今後は、迷走神経への有効な刺激法と効果の確認が求められます。

Jared M. Huston1, Kevin J.
The Pulse of Inflammation: Heart Rate Variability, the Cholinergic Anti-Inflammatory Pathway, and Implications for Therapy
Journal of Internal Medicine , DOI: 10.1111/j.1365-2796.2010.02321.x1

Wang H, Yu M, Ochani M, et al. Nicotinic acetylcholine receptor alph7 subunit is an essential regulator of inflamation, Nature , 2003; 421: 384.

de Jonge WJ, van der Zanden EP, The FO, et al. Stimulation of the vagus nerve attenuates macrophage activation by activating the Jak2-STAT3 signaling pathway,Nat Immunol, 2005; 6: 844.

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