代謝の主役としての骨格筋(誤解されているマイオカイン) [筋]

従来、骨格筋は、その収縮によって関節を動かす運動器としてのみ認識されていました。しかしながら、最近では、様々なホルモン様の生理活性物質を分泌する、内分泌器官としての機能を有することが注目されています。

骨格筋が分泌する、これらの生理活性物質をマイオカイン(myokine)と総称しています。マイオカイン研究はブレークスルーとなっており、多くの報告が見られ、現在、30種類程が知られています。しかし、その効果や作用メカニズムが実証されたものは未だ少ないと言えます。

マイオカインというホルモンが有るわけではありません。また、「若返りホルモン」などと呼ぶのも誤りです。マイオカインについて誤解があるようですので、未だ、ご存じない方のためにその一部を簡単に紹介します。

筋量を維持することが、健康を保つことに重要であることは確かです。マウスに数週間走運動をさせると、インスリン分泌能が向上したと報告されています。また、加齢性の筋萎縮であるサルコベニアが進行すると、糖尿病、癌や心血管系疾患の発症や予後に悪影響することも報告されています。しかし、物事はそう単純ではありません。ある種のマイオカインを骨格筋特異的にノックアウトしたショウジョウバエでは、寿命の延長や短縮の両方が観察されています。

例えば、膵臓のβ細胞のインスリン分泌機能を改善するとして、糖尿病治療に注目されている、マイオカインの1つであるIL-6(インターロイキン6)は、同時に、IL-1やTNFaと並ぶ炎症性サイトカインであり、関節リウマチなどの炎症性疾患の病態に深く関与しています。骨格筋の収縮によって分泌されるIL-6は、筋自身の炎症とも関わっています。

ショウジョウバエを用いた研究では、老化の原因の1つとして、不良な蛋白質が骨格筋のミトコンドリアに蓄積ためであることが示されており、運動による呼吸鎖の活性化による活性酸素の産生増大によって不良蛋白質が排除されるためと言われています。活性酸素種は細胞毒性によって悪玉として認識されていますが、一方では、殺菌以外にも、生体内での化学反応を促進する触媒作用や神経伝達物質としての機能も持っています。

さらに言えば、薬剤の副作用として、筋の自食作用が亢進し過ぎますと、横紋筋融解症と呼ばれる重督な副作用を引き起こします。

報告されているマイオカインの一部を紹介します。

IL-6, IL-7, IL-8, IL-15, MIF, SPARK, VEGF, BAIBA, Myonectin, Irisin, Adiponectin, FGF-21, MMP-2, Musclin, pai-1, Myostatin, LIF, Visfatin,

これらのマイオカインは、急性の筋収縮刺激やその他の刺激によって分泌されるもの、継続的な筋運動や構成性に分泌されるものなどに分類されます。

SPARK(secreted protein acidic and rich in zysteine)は、運動によって分泌される癌抑制効果を有するマイオカインとして注目されています。

Myonectinは、脂肪細胞および肝細胞への作用を介して、全身の脂質代謝に関与することが報告されています。

体重の約40%を占める骨格筋(筋全体では約70%)は分泌臓器としての機能を有し、その代謝が全身の代謝とカップリングすることが明らかになってきており、筋へ鍼を刺して行う鍼灸治療の新たな効果を模索する上でも、大きな期待が持たれます。

追伸
この話題は、拙著「絞扼性神経障害の鍼治療:2015年3月22日初版」でも述べています。本書の最終章で、筋の異常な緊張などの病的状態が様々な神経障害を引き起こすとする考えから、「Myofasial Neuronal Disorder:筋・筋膜性神経障害」を提唱しています。また、この他に、「中医学の誤謬と詭弁」「附着部障害の鍼治療」も出版しています。何れも市販はしていませんが、個人的に販売しています。詳しくは、カテゴリーの「出版のお知らせ」をご覧ください。

引用文献
・Nieto-Vzquex I.et al. , Diabetes, 2008; 57:3211-3221.
・Glund S. et al., Diabetes, 2007; 56: 163-1637.
・Pedersen BK, et al. J Appl Physiol(1985),2007; 103: 1093-1098.
・Marcus M. Seldin et al. Biological Chemistry, 2012 April 6; 287: 11968-11980.