腎臓と肺との相互作用 [臓器相関]

当然のことながら、各臓器はそれぞれが単独で存在しているわけではなく、他の臓器と相互作用することでその機能を最適化しており、1つの臓器の障害は他臓器の機能にも悪影響をおよぼす。しかし同時に、各臓器には独自の組織構造と調節機構があるため、これまでの医学では単一臓器の生理学的システムの探求が中心であった。

しかし、臓器は統合されたネットワークで結ばれており、臓器系は様々なフィードバック機構と異なる時空間スケールを介して相互作用してその機能を最適化している。このような、多様な臓器系を含むネットワークシステムは生理・生化学の根本的な問題であるが、これまでは十分には研究されてこなかった。

「臓器相関」という言葉が未だあまり馴染みが無かった昔に、日内科誌(昭和59年2月10日:老人肺の臨床)に掲載されていた報告を読み、そのメカニズムがずっと気になっていたことがある。

その報告には、「老年者における呼吸器疾患の予後検索をしてみると、原疾患よりも、むしろ、他臓器系の機能状態や疾患によって左右されていることが少なくない。肺炎の死亡例と回復例とを比較してみると、高齢や病変の程度には差がみられないのに、腎機能障害、脱水徴候、血清トランスアミナーゼ高値などの所見は死亡例により高率に認められた。」と記されていた。

現在においても、腎臓に無関係の手術症例でも、AKIの有無が手術成績や予後の善し悪しに直接関与する程の危険因子となっていることが知られている。

私の経験でも、他の検査データは正常で、腎機能のみが毎年低下傾向を示していた高齢者が、数年後、さらに進行して透析の手前位になると感染症で亡くなることは少なくはない。腎臓はヒトにおける体内環境調節機能を担っており、老廃物の排泄のみならず、エリスロポエチン、レニン、活性型vaitaminDなどの各種ホルモンを分泌する機関であることから、その影響が複数の臓器におよぶことは予想されることではある。

しかしそれは、中医学あるいは漢方における、「臓腑理論とは医学的な複数の臓器機能を包括的に捉えた概念である。」などではない。「黄帝内経」解釈における医学的誤謬と、現代医学を都合良く拝借して構築した、歴史的にあり得ない説明に基づく詭弁であり、およそ「理論」や「学」に値しないものである。したがって、中医学によって生命の真理に近づくことはない。(詳しくは、本ブログの他稿か、拙著、「中医学の誤謬と詭弁」を参照)。さらに、「東洋医学はシステムネットワーク医学である」などと述べる、一部の医師の意見は、黄帝内経の記述を自ら検証せず、一般的な中医学書を鵜呑みにして後付しただけの、浅薄なこじつけである。

尚、「黄帝内経」の全記述を検証した結果では、古代中国においては、医学的に腎臓の機能も病態も全く理解できてはいなかったことを予め明記しておく。

腎臓と多臓器、特に心臓、肺、腸、脳の間で起こる相互作用は重要である。このような臓器間の相互作用について、医学文献では「クロストーク」と記されているものを見かける。しかし、「crosstalk」とは、そもそも、電話の混線、または、ステレオの録音・再生機器において左右の音が混ざり合うことを示す言葉である。「当意即妙な応答」という意味もあるが、電話において、複数の回線を束ねた通信ケーブルなどで、ある回線で伝送される信号が他の回線にもれる、「漏話 (ろうわ)」を意味している。何故、医学文献において、臓器間の相互作用を「クロストーク」と呼ぶのか私には理解できない。

したがって、本稿では、「臓器相関ないし臓器相互作用(“Organ Interaction”または“Organ Correlation”)」と表記している。

腎臓と最も密接に関係している臓器は心臓であり、その代表的な疾患は「うっ血性心不全」である。「腎-心連関」と称されるように、循環器疾患において、腎臓疾患は極めて強い危険因子である。しかし、今回は、私の「昔からの疑問」について考えてみたいので、腎臓疾患と肺との関係を対象にした。

肺は諸臓器の中で最も毛細血管が発達した臓器であり、心臓からの血液の全てが供給されているため、腎臓を含む他臓器の障害に由来する炎症性メディエーターの標的となる。腎臓と肺との相互作用は、急性腎障害(AKI)による急性肺傷害(ALI:acute lung injury)・呼吸逼迫症候群(ARDS:acute respiratory distress syndrome)のメカニズムについて考える。

AKIは直接的に生命予後に関与する重篤な疾患である。そのメカニズムは、続発する多臓器障害であると考えられている。急性肺障害は心不全や全身のうっ血などによる毛細血管圧の上昇により増悪するが、AKIで認める肺障害や肺水腫はうっ血がなくても発生する。

ALIARDSにおける肺胞障害の病態のメカニズムの中でも、IL-1β,sTNF-α IL-6,IL-8 などの炎症性メディエーターや、好中球、マクロファージなどの炎症性細胞浸潤、血管透過性亢進などが、AKIによって直接誘導されることが示されている。

恐らく、AKIに関連する最も一般的な肺合併症は「肺胞浮腫」である。AKIの代謝変性は、血清リン酸およびカルシウム濃度、代謝性アシドーシスの異常など、呼吸筋力低下や機能不全にも寄与し、さらに、「腎原性肺水腫」の状態となる。肺水腫の形成に対するAKIの寄与は、バルク流体蓄積、毛細血管静水圧の増加、肺胞空間へのネットフローの勾配に起因する肺胞空間に異常な体液が蓄積した状態であり、正常な酸素化および換気を困難にして、重症患者の死亡率を増加させる。

両腎摘出や腎虚血によるAKIでは、肺への炎症細胞の浸潤、肺水腫、肺の血管透過性の亢進が起こるが、IL-6 欠損マウスではこれらの反応はほぼ抑制される。さらに、AKI後の肺障害に対してIL-6 中和抗体が有効であることから、IL-6 は有望な治療標的となる可能性がある。しかし、IL-6は炎症の初期段階では炎症性であるが、その後は抗炎症性に働くためそう単純には期待できない。また、両腎摘出後のALIにおいて、活性化好中球より分泌されるエラスターゼが肺傷害の発症・進展に重要であることが、AKI動物モデルで確認されている。

また、酸化ストレスも遠隔臓器障害の重要な因子であり、AKIによるNO合成障害が、肺における酸化ストレスを増強することが動物モデルで確認されている。しかし、肺水腫発症のメカニズムとして、酸化ストレスよりも腎不全に関連した「尿毒素」が関与するとの意見もある。

尿毒素化合物の蓄積が肺の炎症や傷害に寄与することは知られており、「尿毒肺炎」と呼ばれている。しかし、尿毒肺炎は肺胞毛細血管透過性のびまん性透過性障害と高凝固性の状態から生じることが示されている。重度の尿毒症を有する66の検死症例の比較形態学的および臨床的分析によって、尿素保持の強度もクレアチニン保持の強度も尿毒肺炎の形態学的症状と相関性を示さなかった。尿毒症は、肺胞および肺管への基本的な肺動脈毛管損傷とその後の血漿漏れを誘発する可能性はあるが、尿毒は肺膜および肺胞内出血の同時形成に影響を及ぼさないと報告されている。

AKIに関する肺・腎相関の臨床的裏付けを行うために行われた、ICU管理された2,027 人の患者を対象にした、人工呼吸器離脱失敗例についての後ろ向き研究の結果、AKI発症群では有意に多く、odds ratio 2.27 倍で最も高い危険因子だった。

一方、ALIARDSによる低酸素血症・高二酸化炭素血症及び従来の陽圧式呼吸管理は、腎血流量低下と腎における炎症性傷害を誘発してGFRの低下を招き、AKI-ALIARDSの悪循環を引き起こす。

ARDSネットワーク研究による陽圧人工呼吸管理による血行動態への影響では、従来の陽圧人工呼吸管理と低換気量による呼吸管理との比較において、低換気量による呼吸管理によってARDSの生命予後が改善し、腎機能の改善も認められた。高PEEPによる陽圧呼吸管理による胸腔内圧の上昇は、心臓への静脈環流の低下によって心拍出量の低下を招き、さらに、腎血流量やGFRの低下を引き起こすものと考えられる。

尚、余談になるが、急性腎障害や慢性腎障害がなくとも、下肢に見られる浮腫が多くの急性・慢性痛などの病症と同時に現れることが多く、鍼治療によって浮腫とともに病症が改善される傾向がある。治療上の有益性から推測して、何らかの関連性があるのではないかと考えている。但し、それは病態の科学的調査によって検証することであり、「湿邪」など、医科学の無かった時代の古代人の自然認識を病理のメカニズムとして納得して解明したつもりになるべきではない。

追伸
本稿では、「肺腎症候群(PRS)」については述べていない。

PRSとは、びまん性肺胞出血と糸球体腎炎の併発したもので、これらはしばしば同時に発生するが、特定の疾患単位ではなく、鑑別診断と特定の一連の検査の必要性を示唆する症候群であり、原因はほぼ自己免疫疾患である。肺の病態は、細動脈、細静脈、および肺胞毛細血管を侵す小血管の血管炎である。腎の病態も小血管の血管炎であり、巣状分節性増殖性糸球体腎炎(focal segmental proliferative glomerulonephritis)の病態となる。

肺腎症候群は、基礎にある自己免疫疾患が発現したものであり、グッドパスチャー症候群が典型的な原因であるが、SLE、多発血管炎性肉芽腫症、顕微鏡的多発血管炎および、その他の血管炎、結合組織疾患および、薬剤性血管炎によっても生じる。併発するからには関連性はあると推測されるが、自己免疫疾患の観点から考える必要があると考え、本稿では扱わなかった。

引用文献
Kidney-Organ Interaction
Sean M. Bagshawr, Frederik H. Verbrugge, Wilfried Mullens, Manu L. N. G. Malbrain, Andrew Davenport
Acute Nephrology for the Critical Care Physician pp 69-85| Cite as

Intensive Care Med. 1981;7(4):193-202.
The pathology and biology of uremic pneumonitis.
Bleyl U, Sander E, Schindler T.

Effects of Ischemic Acute Kidney Injury on Lung Water Balance: Nephrogenic Pulmonary Edema?
Rajit K. Basu, Derek Wheeler
Pulmonary Medicine
Volume 2011 |Article ID 414253 | 6 pages | https://doi.org/10.1155/2011/414253

Ischemic acute kidney injury induces a distant organ functional and genomic response distinguishable from bilateral nephrectomy.
Hassoun HT1, Grigoryev DN, Lie ML, Liu M, Cheadle C, Tuder RM, Rabb H.
Am J Physiol Renal Physiol. 2007 Jul;293(1):F30-40. Epub 2007 Feb 27.

急性腎障害と肺, 湯澤由紀夫, 林宏樹, 新城響, 日本内科学雑誌, 第103巻第5号, 1116-1122.
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