手根管症候群とLinberg-Comstock症候群 [鍼治療を考える]

手根管症候群は、各種の絞扼性神経障害の中でも最も有名であり、患者数も多い。しかし、鍼治療の臨床において判断に苦慮する症例に出会うことがしばしばある。特に、私がentrapment pointとして疑いをもっているのは手関節の近位(関節より1~1.5横指)であり、それは手根管の外である。

そもそも、手根管中の筋・腱および動脈だけではなく、その周囲にはこの領域を通過する神経に影響をおよぼす多くの解剖学的変異がある。手根管内部では、長掌筋の筋腹が手根管内部に及んでいる異常例や、正中動脈の遺残例などによる圧迫が見られる。しかし、手根管より近位の関節周囲における絞扼については、文献を探しても明確なものは見つけられない。1つの可能性として、「Linberg-Comstock症候群」ないしはその亜型が候補として考えられる。

1979年、LinburgとComstockらは、長拇指屈筋(FPL)腱と示指の深指屈筋(FDP)腱を結ぶ、肥厚した滑膜組織のfibrous bandの存在と、その病状を報告している。また、彼らは臨床診断のための試験も記載している。

この異常例では、FPLとFDPが腱様組織によって連結されているため、拇指のMCP関節とIP関節を屈曲すると示指のDIP関節も屈曲してしまう。彼らは、この試験が人口の31%で陽性であると報告し、死体では25%で異常を証明している。通常、このような異常があっても問題は起こらないが、患者では拇指の屈曲で痛みが生じ、この示指を他動的に伸ばそうとすると痛みが増悪する。

外傷後の炎症などによって発症し、遠位前腕における説明できない慢性疼痛や手根管症候群に類似した症状を示す。2本の腱に独立した動作が強要されるような動きによって、裂けるような痛みが誘発される。この2本の腱の位置関係から、このfibrous bandが正中神経を直接圧迫することは考えにくい。しかし、、、。

神経伝導速度測定やPhalen testが陽性であったことから、手根管症候群と診断されたものの手根管の範囲を触診しても明確なentrapment pointを見いだせず、治療効果も良好ではない患者が時々来院する。

私は、これらの患者の原因として、FPLとFDPを結ぶfibrous bandによって正中神経が圧迫される可能性があるものと推測している。さらに、拇指屈曲テストが陰性の者では、正中神経が浅指屈筋の下から、その筋腹の辺縁をまたいで浅層に出る部位で圧迫される可能性も推測しており、Phalen testはこの病態に関連しているのではないかと疑っている。

当院を受診したこれらの患者の中には、手関節の近位に圧通があり、手関節の屈曲と同部位の圧迫でシビレを誘発できる者が散見される。しかし、検索した文献では、Linberg-Comstock症候群の手術例の写真や模式図には正中神経が示されていない。さらに、fibrous bandによる絞扼の明確な記述も認められないため確証は無い。また、検査手段が使えない鍼灸師では検証は不可能である。しかしながら、臨床的には、診断および治療効果から手応えを感じている。今後、自説を検証できるような文献と、症例が揃った段階で改めて紹介したい。

(尚、拙著「絞扼性神経障害の鍼治療」には、この「Linberg-Comstock症候群」は記していない。今後、症例を増やすことができて自説の信憑性が高くなれば、改訂版を出す機会に書きたいと思っている。)

引用文献
Operative treatment of Linburg-Comstock syndrome
S. Badhe, J. Lynch, S. K. S. Thorpe, L. C. Bainbridge
The Bone &Jouunal
DOI: 10.1302/0301-620X.92B9.23577 Published 26 August 2010

Anatomical variations of the carpal tunnel structures
Ryan Mitchell, Amy Chesney, Shane Seal, Leslie McKnight, Achilleas Thoma,
Can J Plast Surg. 2009 Autumn; 17(3): e3–e7.

Carpal tunnel: Normal anatomy, anatomical variants and ultrasound technique
A. Presazzi, C. Bortolotto, M. Zacchino, L. Madonia, and F. Draghi
J Ultrasound. 2011 Mar; 14(1): 40–46.
Published online 2011 Feb 3. doi: 10.1016/j.jus.2011.01.006

Carpal tunnel syndrome secondary to an accessory flexor digitorum superficialis muscle belly: case report and review of the literature
Saqib Javed, Michael Woodruff
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Published online 2014 Mar 4. doi: 10.1007/s11552-014-9622-1

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