「経絡」の誤解(その1 ボタンの掛け違い) [鍼灸常識の問題点]

 「経絡」は臓腑-経絡経穴系の体系として、鍼灸医学の根幹を成すものです。経絡が体系的に完成されたのは「黄帝内経素問・霊枢」と呼ばれる文献においてで、前漢時代(約2000年前,但し、原典は消失)のことです。

 「経絡」は、人体に書かれた14本の線と、その上に記された経穴(所謂ツボ)の図として、一般の方でもご存知のことと思われます。…ですが、この「経絡」は一体全体何者ででしょうか。何やら得体の知れない、未知のエネルギー(気?)が流れる通路、ツボを繋ぐ線などでしょうか。

 「経絡」とは、正しくは「正経十二経脈」と呼ばれる12対のメインルート、「絡脈」という支流が19種類(一般教科書的には15本)と「奇経八脈」と呼ばれる別ルートを総称したものです。これらは主に、霊枢の経脈篇にその流注(経絡の走行)が記されています。

 一般に「経絡図」として示されている図は、内経より後の時代に書かれたものであり、経絡の一部を簡略化して、体表に投影させて描かれた図です。実は、ここに経絡解明を混乱させた根本原因がありますが、後ほど説明します。

 鍼灸師や他の専門家の多くは、「経絡」には実体としての構造はなく、「臓腑-経絡経穴系」を生体のエネルギーおよび情報伝達・制御系として位置付け、脳の中にそのようなパターンが存在すると考えています。そしていつの日か、やがては解明されるものと期待しています。しかしながら、それは誤解から生じた幻想に過ぎません。

 経絡を解明するには、先ず、 「経脈篇」に記された「経絡」の構造としての本体と、「経絡現象」と呼ばれる、体表に現れる各種の変化や感覚は切り離して考えていくことが必要です。機能を踏まえた上での経絡の全貌が解明される可能性の有無は別にして、2000年前の人間の感性で解いていくことが必要です。

 「経絡」には陰と陽の2種類があります。私は、「経絡」とは、陰経は血管・陽経は神経を各々繋いで構成した概念であると提唱しています。経脈篇による、上記3種類の脈の走行経路を全て解釈したこと、および、同一の解釈方法で脈種の3種類が矛盾なく説明できたこと、また、検証として、内経に記された全経穴の分布が私の予想と照合し全てが一致した結果の結論です。

 「…そんな馬鹿な。神経や血管の走行とは食い違っていたからこそ解明できなかったのではないか。何をいまさら」、と言われるでしょうが。この「神経や血管の走行で全てを説明できない」とする意見にこそ、私が提起している「誤解」の存在があります。最初にボタンの掛け違いがあったため、全てが混乱してしまったのです。

 これまでの「経絡」研究と認識の根本的誤り 

1) 経絡には実体がないとする誤解。経脈篇に記された「経絡」は、器質的構造(神経・血管)を基に形成さ   れた概念であり、実体はある。
2) 内経による「経絡」の構造的概念と「経絡現象」を同一視て混同し、解明作業を混乱させている。
3) 現在の「経絡とその図」は経脈篇の経絡とは異質のものである。
4) 現代医学における、系統的解剖学や生理学的臓器機能の知識によって内経の記述を意釈している。
5) 内経の医学理論(2000年前の思想)の無謬性を前提として、全て正当化した上で医学的解釈を加え過   大評価をしている。 

思いつくところを整理するとこんな感じです。

 読んで、「何のこっちゃ?さっぱりわからん」と感じても当然です。私が以前に提唱した仮説を理解・納得した鍼灸師や医師は、世界広しといえほぼ皆無でしょうから。分からなくても、つまらなくても仕方のないことです。まあ、正しいか否かは私にも分かりません。それでも、科学とは説明することですから、経脈篇に記された「経絡の流注」の全経路について、解釈・再現した作業仮説はこれまでにはありませんでしたので、進歩のためのその一歩にはなっていると思います。…と、自負しています。

 「経絡」解明に必要なことは。 

 先ず、「経絡」を解明するには現在の経絡図は役に立ちません。学者・専門家が寄ってたかって解明できなかった理由がここにあります。「霊枢:経脈篇」に記された経絡のその本体と、「類経図翼」などの経絡図と概念では意味するところが全く異なっているからです。「経絡」を解明しようと試みた医師などの多くは、経絡の「流注」についての原文を見ません。また、鍼灸師の多くは原典の記述を、解剖学的に説いていく作業は敬遠します。さらに現代人が陥り安い誤謬を防ぐには、現代医学のような医学的機能を踏まえた系統解剖学ではなく、医学知識が全くない人間による肉眼的解剖学の視点で解明しなければなりません。

 もう一方で注意すべきは、医学が未だない時代であり生理観は稚拙ですが、素問・霊枢(以後内経と記述)の解剖は、図こそありませんが、相当緻密に観察されており、単語1つ勝手に都合良く変えて意釈してはならないことです。わずか一文字が、経絡の走行の解釈にとって重要なランドマークとなっていることを、私は何度も経験しました。しかしながら、この当然のことが、ほとんどの研究や解説書では守られていません。現在の経絡の常識で、原典の語句を変えたり、医学用語を付け加えなどの行為が多く認められます。何も知らない若い学生や鍼灸師は、内経時代にそのような医学知識が既に存在していたと思いこみ、古代人の先見性や無謬性を先入観として抱いてしまいます。そしてその結果、古代中国には、現代医学とは別系統の完成された医学大系が存在したかのような誤解をしています。この幻想がある限り、「経絡」の解明は百年経っても成し得ないでしょう。

 つずく 

追伸
経絡構造の全容については、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」に記されています。本書は、黄帝内経における臓腑経絡概念の本質を解読・検証したものです。市販はしておりませんが、希望される方には、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。

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