鉄過剰による組織障害から見た瀉血療法 [PERSPECTIVE]

 鉄は生物にとって必須の金属ですが、同時に、“鉄の過剰”による組織傷害が多くの疾患の発症に関与していることが分かってきています。鉄の蓄積によって発症・増悪する多くの疾患と、医学的な“瀉血療法”と鍼灸における“瀉血”について少し考えてみます。

 鉄は遷移金属であり、Fe²+とFe³+を遷移して電子を受け渡します。この性質が、酸化還元反応を促進させる酵素の活性中心として最適な元素になっています。
 赤血球中の血色素であるヘモグロビンやミオグロビンは、その活性中心である鉄に酸素分子を結合させて運搬します。また、カタラーゼやチトクロームなどの酵素の補因子でもあります。従って、好気的生物にとって必須の金属です。しかしながら、この性質が活性酸素発生の触媒として働き、活性酸素・フリーラジカルを産生(フェントン反応)します。酸素は生命にとって両刃の剣であり、非常に優れたエネルギー産生物質である一方で、活性酸素を生じて細胞自身を傷害します。

 ヒトの体内における鉄代謝は、1日1~2mgの食物からの吸収に対し、消化管粘膜や皮膚の脱落による同程度の消失とによってバランスが保たれています。鉄は重要な元素であるため、体内には積極的な排泄機構が存在しません。仮に、輸血しますと、1単位当たり100mgの鉄が体内に取り込まれます。従いまして、輸血を続ければ用意に過剰に蓄積されます。鉄は血清中ではトランスフェリンと結合しますが、飽和度が上昇しますと、毒性のあるNTBI(non-transferrin boundiron; トランスフェリン非結合鉄)となって様々な臓器障害を引き起こします。

 C型慢性肝炎の際の肝臓への鉄の蓄積と、継続的な瀉血療法によって炎症症状が改善することは、一般的にも知られる様になりました。しかしながら、鉄の蓄積と臓器障害は肝臓だけに生じるものではありません。
 
 鉄の蓄積によって、肝臓では線維化から肝硬変、癌へと進行します。この他にも、脳、心臓、腎臓、肺、膵臓、内分泌臓器など多くの臓器に蓄積して障害します。その結果、癌、心筋症、心不全、動脈硬化、糖尿病、下垂体機能不全、甲状腺機能不全、悪性中皮腫(アスベストによることは知られていますが、特に、クロルシドライト、アモサイトは鉄を約30%含有しており、鉄が発症に関与しています)などを引き起こします。さらに最近では、細菌・ウイルス感染、肥満、生活習慣病、アルコール摂取など、様々な因子が鉄による傷害を悪化させることも明らかになってきました。

 少しショッキングな研究があります。
 末梢動脈疾患の患者について、6ヶ月に1回瀉血を行って鉄を減少させた群と対照群に分け、約5年間追跡調査したところ、瀉血群は癌の発生が35%減少しました。さらに、癌発生患者の死亡率では、瀉血群は対照群に比べて60%減少しました。

Zacharski LR, Chow BK, Howes PS, et al. : Decreased cancer risk after iron reduction in patients with peripheral arterial disease : results from a randomaized trial. J Natl Cancer Inst 2008 ; 100:996-1002. 

 この研究での癌のトップ3は、肺がん、大腸がん、前立腺がんでした。体内の鉄貯蔵が癌の発症と予後に深く関わっていることを示しています。

 従いまして、鉄の過剰はあらゆる疾患に関わると言っても過言ではありません。以前は、幸いにして、日本人には遺伝的なヘモクロマトーシスは殆どいませんでしたので、鉄欠乏性貧血のことだけを考えていても良かったのです。…が。そのことが、鉄は与えれば良いという誤った認識をもたせてしまったと言えます。

 先述した、「瀉血療法」が保険適応にもなっている、C型慢性肝炎に対する治療法をもう少し説明しますと。この治療法は、当時名古屋大学におられた林久男先生が考案したものです。 インターフェロンが無効な患者に対し、瀉血を続けて若干の貧血状態を維持することで、ウイルスは除去されなくても肝機能は改善します。肝障害の原因となっている、肝臓に蓄積した鉄を瀉血によって減少させる方法で、世界的にも検証されています。また、非アルコール性脂肪性肝炎も鉄沈着が多く、鉄が関与しています。

 “瀉血”と聞けば、医学が未発達であった大昔の、「忌まわしき治療」として嫌悪感を抱く医師も多いものと思われます。また、多くの鍼灸師も、その行為は「医師法違反」として敬遠するものと思われます。医学的に行われる、大量の出血を伴う「瀉血」と、鍼灸が行う僅かな量の出血の「刺絡」を同質の行為と見なすか否かについては、本稿で議論するつもりはありません。

 しかしながら一言だけ言わせてもらいますと、2000年以上の歴史と経験に基づく治療法を、外科処置の範疇であるとの理由だけで、その価値を精査せず一方的に奪う権利があるのでしょうか。「医師である」というだけで、彼らにのみ全てが許されるのは大いに疑問です。

 臨床的には、極めて少量の出血によって著効を示す炎症性疾患は多く、適応を正しく行えば有効な治療法と言えます。これらの現象は、炎症局所の鉄の量的問題のみではなく、他にもメカニズムがあるように思われ、医学的研究の価値は十分あるものと思われます。
 
 鍼灸における、「刺絡・瀉血」の効果は医師の殆どが知らないものと思われます。医学的な研究による検証を行い、その臨床的価値の評価と方法論の確率が望まれます。さらにその上で、医師並びに法務省は鍼灸師の行為として認めるべき部分は認める。鍼灸師側も、自らの権利として主張すべき点をはっきりと言うべきであると思うのですが。

 
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