経穴は存在するか(拙著:「膝痛の鍼治療(総論)」より) [鍼治療を考える]

経穴への疑問

孔子曰く、「知恵の始まりは、物を彼らの固有の名前で呼ぶことである」。

治療ポイントを提示する際、その部位を特定する必要があり、本来ならば誰もが知る経穴名を提示することが妥当と言える。しかし、実際には、使用するポイントは経穴部位とは一致しないことが多く、むやみに近辺の経穴名で代用することは妥当ではないと考える。では、これらのポイントを「私穴」として紹介すべきであろうか。筆者がその昔、専門誌に投稿した論文の中には私穴として名称を記したものもある(2015,2016)。

そもそも経穴とは、「正穴」「奇穴」「新穴」、はては圧痛点なら何処でも「阿是穴」と呼ぶなど、厳格な定義など存在せず、その扱いは節操がない状況のままである。穴名はあっても、その位置を示す説明には、全ての経穴を網羅してその部位の内部組織を特定できるような解剖学的根拠は存在しない。すなわち、経穴の概念には科学的妥当性が欠如していると言わざるを得ないのである。したがって、その部位の意味するところが一致しない限り、位置が近いというだけでは同一とは言えないのである。

従来、鍼灸刺激の入力系として筋無髄神経(C線維)が働いていると言われており、その筋無髄神経受容器の中でもポリモーダル受容器が候補として考えられている。しかしこれまでに、多くの経穴部位のサンプルによってポリモーダル受容器の末端が同定されたとは聞いていない。ごく一部の経穴部位で示された程度では普遍性はなく、証明には至らない。ポリモーダル受容器を確認することは電子顕微鏡レベルの話である、鍼灸師が臨床において指先の触感で感じる硬結の構造的特徴とは別次元の話である。

経穴とは何か、この主題を厳密に解明してこなかったことが、鍼治療の科学的正当性の証明を妨げてきた要因である。現時点において、経穴の解剖学的構造は未解明である。

但し、最近の、高血圧および大腸炎モデルラットを使用した研究によって、経穴が皮膚の神経原性炎症の一形態であるとする報告がある(Do-Hee Kim, 2017, Joo Hyun Shin,2020)。内臓からの有害な感覚信号が皮膚に過敏性の斑点(神経原性スポット)を生成する。これは皮膚神経性炎症によるもので、内臓求心性神経支配と重複する皮膚節で発生する。様々な研究は、経穴が機械的過敏性を示し、高い電気伝導度を有することが示されている。経穴への刺激は、小径の求心性神経線維の活性化と関連して内臓器官に対する治療効果を引き出し、その作用は、内因性オピオイドの放出による可能性が高いことが示されている。

内臓の障害は、感覚経路内の同一ニューロン上の内臓求心性神経と体性求心性神経の収束によって体表面に痛みを投射する。痛みを感じる皮膚の複数の部位には、神経因性炎症(神経原性スポット)として知られる局所組織応答が観察される。これは、ラットに対するエバンスブルー色素の全身注射によって、直径0.5〜2mmの範囲で皮膚内に視覚化することができる。神経原性スポットの特徴には、皮膚の毛細血管における血漿漏出や血管拡張が見られ、これらには、活性化された小径感覚求心性神経からのカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)、およびサブスタンスP(SP)の放出に起因する膨疹および発疹反応が含まれる。神経原性スポットは、経穴の生理学的特徴である、過敏性、高電気伝導度、および小径神経線維を媒介するなどの同一性を示す。

また、ラットの胃にHClを投与して胃粘膜傷害(GMI)の動物モデルを開発して行った研究がある。ラットの胃に対する粘膜損傷後、尾静脈にエバンスブルー(EB)色素を注入してラットの皮膚における神経原性血漿の吸入ドットを観察した。その結果、背中と腹部の経穴の皮膚に神経原性血管外漏出が生じ、それは主に、T9-11皮膚で起きていた。EBの血管外漏出ドットはGMI後に現れ、胃粘膜の自然な自己回復の過程で徐々に消失した。GMIによって誘発される、経穴の皮膚におけるEB血管外漏出のメカニズムは神経原発性炎症と密接に関連しており、SP、CGRP、HA、5-HT、およびマスト細胞トリプターゼを含む局所的なアレルギー物質および薬物誘発性神経ペプチドの高発現が、経穴ポイントの基礎メカニズムである可能性を示している(Wei He, 2017)。これらの文献で示されている神経原性スポットは、良導絡および良導点に相当すると思われるが、いずれにせよ、病的状態の際に現れる反応点であることや、全ての経穴部位について検証されていないこと、さらに、体系的でないことに問題がある。

一方、別の文献では、経穴領域におけるコラーゲン線維の形態変化(巻き付きなどの異常)が経穴の構造、および病態に関与し、その正常化が鍼治療の機序に大きく関与しているとする報告がある。経穴領域において、例えて言えば、絡み合ったコラーゲン線維の一部を切除して解放することで、コラーゲン線維が正常化されて病態が改善すると推測される(Fan Wang, 2017)。

この報告による、コラーゲン線維の異常が確かであるか、また、経穴と言われる部位に普遍的に存在するのかなど、真偽のほどについては不明である。しかし、筆者が鍼治療手技として行っている「搓捻」と「堤插」の効果を考えた場合には類似するものがあり、作用機序の根拠となり得る可能性がある。但し、これらの報告についても、それらしく見える画像を選択して示したようにも見えることや、全ての経穴部位を網羅するような観察が行われていないことに問題がある。

成書に記された経穴のほとんどについて、極論を言わせてもらえば、そのほとんどがそのような固定された位置に解剖学的な構造が存在するものではないと考えられる。一部の経穴部位に認められる現象としての経穴に囚われ、経絡概念と合わせた経穴の幻影に惑わされたことが解明を困難にした要因である。例えば、ポリモーダル受容器が経穴部位に集合しているのではなく、受容器がなんらかの原因によって感作された結果、易刺激性となって痛みを発すると考えた方が現実的である。感作され易い部位は確かに存在し、これらの部位には構造的な特徴や、人の日常動作や作業によって負荷を受けやすいなどの共通性があることが考えられる。また、皮膚内臓反射や交感神経を介した内臓と筋・筋膜との関係性から、感作されやすい特異な領域が存在することが推測される。

いずれにせよ、経穴とは「経穴現象」であると同時に、何種類かの系統があり得るものと推測される。現時点ににおいて、教科書に示された経穴の全てをそのまま認めるような、固定的な経穴の概念は治療の可能性を阻害するものと考えている。

引用文献
小川義裕, 附着部障害の鍼治療, 虎の門針灸院, 茨城県, 2016.
小川義裕, 絞扼性神経障害の鍼治療, 虎の門針灸院, 茨城県, 2015.
Do-Hee Kim, Yeonhee Ryu, Dae Hyun Hahm, et al. Acupuncture points can be identified as cutaneous neurogenic inflammatory spots, Sci Rep. 2017; 7: 15214. Published online 2017 Nov 9. doi: 10.1038/s41598-017-14359-z.
Joo Hyun Shin, Yu Fan, Do-Hee Kim, Han Byeol Jang, et al. Paired mechanical and electrical acupuncture of neurogenic spots induces opioid-mediated suppression of hypertension in rats, The Journal of Physiological Sciences volume 70, Article number: 14 (2020).
Wei He, Xiao-Yu Wang, Hong Shi, et al. Cutaneous neurogenic inflammation in the sensitized acupoints induced by gastric mucosal injury in rats, BMC Complement Altern Med, 2017 Mar 7;17(1):141. doi: 10.1186/s12906-017-1580-z.
Fan Wang, Guang-wei Cui, Le Kuai, Jian-min Xu, Ting-ting Zhang, et al. Role of Acupoint Area Collagen Fibers in Anti-Inflammation of Acupuncture Lifting and Thrusting Manipulation, Evid Based Complement Alternat Med. 2017; 2017: 2813437. Published online 2017 Apr 4. doi: 10.1155/2017/2813437