慢性疼痛は微小管に影響を与えて認知障害に関与する [鍼治療を考える]

臨床的証拠から、慢性的な痛みが認知機能を損なうことが示唆されており、一般的に、認知障害と慢性疼痛は併存している。しかし、慢性的な痛みが媒介する認知障害の細胞基盤は不明のままであった。

本研究では、神経因性疼痛のラットモデルを用いて認知障害の分子基盤を調べている。PTM であるリジン残基のイプシロン-アミン基のアセチル化は、シナプス可塑性を含む細胞プロセスに大きな影響をおよぼす。アセチル-リジン抗体と質量分析法を用いて海馬組織を解析。

著者らは、神経損傷 (SNI)後に記憶欠損を呈したラットの海馬において, 安定した微小管 (MT) のレベルが増加したことを見出した。この安定MTの増加はα-tubulin hyperacetylation によってマークされている。

MT安定剤である、パクリタキセルは海馬スライスにおける長期増強を減少させ、海馬ニューロン細胞における安定したMTレベルを増加させた。 同様に、ノコダゾールの脳室内注入は、SNI誘発侵害受容行動を有するラットの記憶障害を改善した。

α-チューブリンが主に過アセチル化されてMT安定性が増加し、SNIラットにおいて認知障害を起こす。

MT不安定剤である、ノコダゾールによるSNIラットのMT動態の増加または回復は、認知機能を改善する。

一方、ノコダゾールはマウスにおいて認知障害を引き起こし、これらのマウスの海馬において遊離のチューブリン二量体が増加した。同様に、ノコダゾールがHT22細胞のアセチル-α-チューブリンレベルを低下させ、ナイーブラットにおいて認知障害を引き起こした。

要するに、正常な (最適の) MTs の安定性または海馬の dynamicity の摂動は、認知機能を損なう。言い換えれば、認知機能は、MT の安定性と dynamicity の間に最適なバランスを必要とする。

これは、神経損傷が、認知と疼痛処理に関与する脳領域において、神経構造とシナプス可塑性に重要である微小管 (MT)の動的平衡に影響を与えるためと考えられている。

成熟したニューロンのMTダイナミクスは、学習と記憶のための細胞基盤であるシナプス可塑性の基本となっている。安定と不安定 MTの比率は正常な神経機能にとって重要であり、MTダイナミクスの破壊が神経疾患に関与している。

例えば、MT安定性の減少はアルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、進行性核上性麻痺などの神経変性疾患にリンクされている。海馬における MT ダイナミクスの変化も、統合失調症、ストレス、抑うつ、アルコール依存症にリンクされている。MT安定性の不適切な調節は、げっ歯類の加齢に伴う記憶喪失に関連している。

末梢神経損傷が、脳内における微小管 (MT)の動的平衡に影響を与え、慢性的な痛みが認知障害を誘発してその分子基盤となることは、筋に関わる病態を統一的に捉えた鍼灸治療を構築する上で、微小管の過剰形成の問題は非常に興味深い。

参照

微小管は、デュシャンヌ型筋ジストロフィーの発症、トリガーポイントの生成、および心臓心室心筋における伸長依存性 Ca2 + シグナリングの根底にあるなど、筋に関わる病態に関与している。

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、微小管結合タンパク質ジストロフィンの欠損により、微小管細胞骨格が無秩序に高密度になることで発症する疾患。カルシウム(Ca2+)および活性酸素種(ROS)シグナル伝達のメカノトランスダクション依存性の活性化によって、DMDにおける筋肉変性が実証されている(1.)。DMDのモデルである成体mdxマウスの筋肉において、X-ROSと呼ばれる、NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)オキシダーゼ依存性のROX産生が、短い生理的伸展によって微小管依存的に活性化される。

X-ros シグナリングは、心臓および骨格筋に mechanoactivated ros 依存性シグナリングカスケードの新たな特徴。X-ROSシグナル伝達において、微小管ネットワークの機械的変形は、ROSを産生するNADPHオキシダーゼ(NOX2)を活性化するための機械的形質導入要素として作用する(2.)。 ROSはRyRを酸化し、それらの開放確率を増加させて、筋小胞体からのCa 2+放出を増加させる。過度の収縮依存性ストレスは、ROS を生成する NADPH オキシダーゼを活性化するために微小管骨格要素を介して作用する(3.)。

出典文献
Cognitive impairment in a rat model of neuropathic pain: role of hippocampal microtubule stability
You, Zeronga; Zhang, Shuzhuob; Shen, Shiqiana; Yang, et al.,
PAIN: August 2018 - Volume 159 - Issue 8 - p 1518–1528
doi: 10.1097/j.pain.0000000000001233

1.
Microtubules Underlie Dysfunction in Duchenne Muscular Dystrophy
Ramzi J. Khairallah, Guoli Shi, Francesca Sbrana, Benjamin L. Prosser, Carlos Borroto, et al.,
Sci. Signal. 07 Aug 2012: Vol. 5, Issue 236, pp. ra56
DOI: 10.1126/scisignal.2002829

2.
X-ROS signaling in heart and skeletal muscle: stretch-dependent local ROS regulates [Ca2+]i
Benjamin L. Prosser, Ramzi J. Khairallah, Andrew P. Ziman, Christopher W. Ward, W.J. Lederer
J Mol Cell Cardiol. Author manuscript; available in PMC 2014 May 1.
J Mol Cell Cardiol. 2013 May; 58: 172–181.
Published online 2012 Dec 6. doi: 10.1016/j.yjmcc.2012.11.011

3.
Mechanisms of Myofascial Pain
M. Saleet Jafri
Int Sch Res Notices. 2014; 2014: 523924.
Published online 2014 Aug 18. doi: 10.1155/2014/523924

パクリタキセル
微小管に結合して安定化させ脱重合を阻害することで、腫瘍細胞の分裂を阻害する。パクリタキセルはチューブリンの2つのサブユニット(αとβ)のうちβサブユニットに結合する。

ノコダゾール:Nocodazole
チューブリンに結合して、微小管の形成を阻害することで細胞分裂をM期で停止させる。
SNI(Spared nerve injury)モデル:総腓骨神経と脛骨神経を結紮。

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