高齢者の股関節骨折手術のための脊髄くも膜下麻酔に優位性はなかった [医学・医療への疑問]

高齢者の股関節骨折手術における脊髄くも膜下麻酔は、全身麻酔と比較して60日後の歩行、生存、および機能回復は優れていなかった。術後せん妄の発生率も、2種類の麻酔で同様であった。

これまで、股関節骨折の手術において、高齢者の歩行能力に対する全身麻酔と比較した脊髄くも膜下麻酔の効果は十分に研究されていなかったとのことだが、今頃臨床試験をするのかとあきれてしまう。くじ引きで、術式や手術を受けるか否かを割り付けることへの倫理的問題はあると思うが。

対象となった患者は、脊髄くも膜下麻酔または全身麻酔に1:1の比率でランダムに割り付けられた。主要転帰は、60日後に歩行器または杖を使用して独立して約10フィート(3 m)歩行不能の複合。二次転帰は、60日以内の死亡、せん妄、60日後における歩行、退院までの期間。

アメリカとカナダにおける46の病院で、術前に歩行可能であった50歳以上の患者を対象に、合計1600人の患者が登録され、795人が脊髄くも膜下麻酔)の患者、805人が全身麻酔に割り当てられた。脊髄くも膜下麻酔に割り当てられた患者のうちの666人(83.8%)、および全身麻酔に割り当てられた患者のうちの769人(95.5%)が割り当てられた麻酔を受けた。

データが入手可能な修正ITT集団の患者の中で、複合一次転帰は、脊髄くも膜下麻酔群の患者712人中132人(18.5%)、および全身麻酔群の患者733人中132人(18.0%)で発生した(relative risk, 1.03; 95% confidence interval [CI], 0.84 to 1.27; P=0.83)。

60日で独立して歩行不能な患者は、それぞれ104/684人(15.2%)と101/702人(14.4%) (relative risk, 1.06; 95% CI, 0.82 to 1.36)。

60日以内の死亡は、それぞれ768人中30人(3.9%)および784人中32人(4.1%)に発生した(relative risk, 0.97; 95% CI, 0.59 to 1.57)。

せん妄は、脊髄くも膜下麻酔群の患者633人中130人(20.5%)、全身麻酔群の患者629人中124人(19.7%)で発生した(relative risk, 1.04; 95% CI, 0.84 to 1.30)。

何れも、両群に差は認められなかった。

手術については、先述したように倫理的な問題もあり、ランダム化試験をやりにくい事情は理解できる。しかしそれでも、この様な評価は半世紀以上前に済んでいなくてはならないと思う。

この文献は要約のみで全文が読めないので、患者の骨折部位や術式が不明。恐らく、「股関節骨折」は、主に大腿骨頸部骨折と思われる。髄内釘、プレート固定など、固定法の違い、さらに、人工骨頭であれば術後の固定が必要なく、高齢者であることから免荷よりも早期に動かすことを優先し、極端な話、翌日から歩行させることも可能である。したがって、骨折の種類や術式を一致させた上てのランダム化をすべきと考える。私としては、2群に分けた患者の中身の偏りが気になる。

さらに疑問に感じたことは、骨折前に歩行できていたにもかかわらず、手術の60日後に独立して歩行できない患者が、それぞれ15.2%と14.4%もいたこと。私が病院に勤務していた頃の経験では、通常、術前に歩行可能であった患者が術後自力歩行できなくなることはなかった。骨折の重症度や余程の事情が無い限り、ほぼ全ての患者が自立歩行と階段昇降、床からの立ち上がり動作などを完了して退院した。これは麻酔方法の問題などではなく、手術がヘタなのか、リハビリに問題があるのか、不明。

引用文献
Spinal Anesthesia or General Anesthesia for Hip Surgery in Older Adults
List of authors.Mark D. Neuman, M.D.,
Rui Feng, Jeffrey L. Carson, Lakisha J. Gaskins, Derek Dillane, et al.
N Engl J Med 2021; 385:2025-2035 DOI: 10.1056/NEJMoa2113514