Covid-19によるパンデミックはパラダイムシフトの契機となるか [らくがき]

過去に起きたパンデミックや寒冷化など、世界的規模の大惨事はいずれもパラダイムシフトを引き起こした。今回の事件は、「社会資本」とは何か、その概念を問い直す契機になると思われる。

「全ての国民が安楽に暮らせる」こと、これを達成させることこそ国家・政治家の唯一の使命であり、存在する意義だと考えるが、ごく当たり前のこのことを政治家は認識していない。同時に、国民にも本来の意味における「公共精神」が求められている。

それは、権威主義による抑圧的な公共ではなく、協働型コモンズへの移行であると思われる。現時点において、共有型経済こそが、グローバル経済の歪みを是正して民主化し、生態系に優しい持続可能な社会を築ける体制ではないだろうか。実のところ、、日本における、「失われた何十年」と呼ばれる苦境はグローバル化の中で起きた事である。世界経済の仕組みは専門外だが、日本はそもそもグローバル化に向いていない国家・国民であり、江戸時代のような「自給自足(循環型)」社会に向いているため、「協働型コモンズ」は案外容易く受け入れられるのではないだろうか? 

大仰な軍隊もマクロな経済指標もウイルスによる混乱には無力。「見えない敵に対する恐怖」によって都市は封鎖され、経済活動もストップしてしまう。G7などと称して、世界をリードする先進国・巨大国家の何ともろい事か。

恐らく、今回のパンデミックを契機にEUは分裂し消滅するだろう。EUがやったことは、規制によって各国政府の迅速な対応を妨害し、イタリアやスペインが求める「コロナ債」による資金調達を拒否して両国を救おうとしなかった。EUにとって最も重要な事は、本部組織の権力の維持であり、そのために、毎日作られる法律を各国に押しつけているだけだ。以前から、その権威主義への根深い不満は相当鬱積していたであろうし、今回の騒動でEU加盟国は目覚めるだろう。

WHOが如何に無能な組織かは、今回の無様さで世界の人々も認識したことだろう。そもそも、WHOに医学の専門家などはいないのであり、専門的に高度な決定能力などあるはずもないのだ。

アメリカも、連邦政府と州との分権体制や医療制度の欠陥を改めて露呈する結果となった。但し、突出して死亡率が高い要因として、ウイルスが変異して毒性が高くなっている可能性も考えられる。しかし、それでも近いうちに、対策などとは無関係に自然の成り行きで終息するだろう。

ニューヨークや東京など、大都市の存在意義も価値も消失するだろう。偉そうに見えても、自分の食餌すら用意できない赤ん坊と同然の存在である。東京ならではの仕事と思われていたことが、田舎暮らしを満喫しつつテレワークで済む事だと多くの人間が気づいた。本社業務などは全てオンラインで済む事であり、東京に本社を置く理由も、ステイタスでもなくなる。むしろ、そのような企業はIT化が進んでいない遅れた企業として評価されるだろう。

もはや、高額なタワーマンションに住む理由も、何時間もかけて、感染が心配される満員電車で通勤する必要など無いのだ。ごく近いうちに、東京などの大都市は無用の長物と化して地方都市の1つにすぎなくなる。都市のあり方も、人々の暮らし方も変化していくことだろう。ビルのほぼ全てが、地下に変電設備を設置していることは水没による大きなリスクを負っている。いや、東京の危険性はそれだけではない。この都市には地下施設が多すぎる。一度水没すれば都市機能は麻痺し、復旧はほとんど不可能だろう。また、お台場などの埋め立て地は、高潮や津波に対する対策は全くされておらずあまりに無防備だ。恐らく近い将来、この危惧は現実のものとなるだろう。

オリンピックもIOCの本質も、その正体が露呈した。今更のことではあるが、全てが中心にある組織や企業の利益と権威のために存在していることが、今回の顛末で世界中の人々も再認識したはずだ。IOCも現在のオリンピックもいらない。創始者であるクーベルタン本人も、晩年に言っている。「私があと50年生きたら、オリンピックを中止させるだろう」、と。

先々週だったか、一時落ち込んだ日本の株価が2日連続して1000円以上値上がりした。その後若干の乱高下を繰り返すも大きくは値下がりしていない。暴落するはずの時期に、この異常と思える株価は、結局のところ、日銀がETF購入などによって買い支えしているからだ。しかしそれは、いずれ日銀自体の破綻を意味する。人々は、資産構成を変化させようとしている。政府は小出しに経済対策を打ち出しているが、お仲間への手厚い援助か人気取り程度で、日本経済が直面している問題の解決には無力だろう。しかし、株価などはどうでも良いことである。クルーグマン先生も言っているように、株価と実体経済には何の関連性も無い。

但し、危惧する点もある。それは、GAFAに代表されるIT企業が今回のコロナショックに乗じてさらに拡大すること。リーマンショック後、その反省から起きた、株主偏重から、従業員や地域社会を重視する「ステークホールダー資本主義」への意識転換が、再び逆行して価値観の衝突が起こる可能性がある。

もう一つ。この機会に、人類は宗教から卒業できないものだろうか。ウイルス感染を恐れ、教会でミサが中止されたり、日本では各地のお祭りが中止となっている。神を運んで練り歩く神輿は様々な疫を打ち払うはずだが?。万物の頂点に立つ神々も、ウイルスには勝てないらしい。その矛盾に誰も気づかないのであろうか。
もういいかげんで、宗教の愚かさに気づき、宗教がなくなれば、この世界の多くの戦争もなくなるだろうに、、。

文明も生命も、使用できるエネルギーと情報量の増大を動機として進化してきた。この「増大させたい」という欲望は、企業・国家の拡大主義・覇権主義にも内在する、なにやら本能めいた性癖のように感じられる。人類に知性があるならば、個人および社会全体にとって何が重要なのかを問い直す時期であると思う。
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