高血圧症では運動昇圧反射が過剰となる [運動健康法という妄想]

運動は自立神経障害患者の機能的能力を改善し、心血管系疾患やⅡ型糖尿病を予防すると言われている。運動に伴う“運動昇圧反射exercise pressor reflex”は、骨格筋から発生した機械性および代謝性信号が脳の心血管中枢にフィードバックするもので、筋への灌流量を増加させ、心拍出量も酸素摂取量に比例して増加する。これは、迷走神経活動の低下によるもので、運動強度が最大平衡状態に達するまでは全身の交感神経活動増加の証拠は無いと自律神経学の本(例えば、ロバートソン自律神経学)には記されている。

このような根拠によって、抗高血圧症治療法として運動療法が処方されているが、事はそう単純ではない。高血圧症患者では、運動時に骨格筋からの刺激が過剰となり、交感神経活動を反射性に増加させて血圧を上昇させることが多くの研究で報告されており、この過剰な運動昇圧反射の生成には筋の mechanoreflexが関与している(Leal et al., 2008)。

残念なことに、身体活動中の血行動態の異常な変化は、運動中または直後に心臓血管や脳血管イベントのリスクを増加させる(Hoberg et al., 1990; Mittleman et al., 1993; Mittleman et al., 1996; Kokkinos et al., 2002)。それは、高血圧の非薬理学的治療としての運動処方の安全性を問うものとなる。

高血圧症における Mechanoreflex 機能障害は動物モデルによって実証されている。例えば、高血圧ラット (人間の本態性高血圧のモデル)の骨格筋を受動的に伸ばすと、心拍数と腎交感神経活動、および血圧が著しく上昇することが報告されている(Leal et al., 2008; Mizuno et al., 2011a)。

現時点では、高血圧症における mechanoreflex 機能不全の病態の末梢メカニズムを示す証拠はほとんど存在しない。一方、最近のデータでは、孤束核(nucleus tractus solitarius)内の一酸化窒素経路 (脳幹内の mechanoreflex 体性感覚の入力の初期処理のためのプライマリセンター)の異常が示唆されている(Kalia et al., 1981; Person, 1989; Toney et al., 1994; Toney et al., 1995)。

孤束核内のNO前駆体 L-アルギニンの低用量 (1 μ m) の透析によって、正常と高血圧ラットの両方において、受動的な筋の伸張によって誘発される昇圧応答が減少した。

高血圧ではアンジオテンシンII (Ang II) が増加する。このペプチドはnicotinamide-adenine dinucleotide phosphate(NADPH)酸化酵素を刺激することで、スーパーオキシドや他の活性酸素の産生を誘発して活動筋反射の賦活に貢献する(Koba, S., Gao, Z. & Sinoway, L. I.2009)。高血圧症ではAng II が活性酸素を増加させることで活動筋反射を過剰にすると報告されている

これらの知見から、高血圧症患者への鍼治療において、筋の緊張を緩和することによって血圧を低下させようとする方法には注意が必要となる。但し、高血圧で活動筋反射を過剰にする機構は正確には明らかになっていない。

引用文献
.Kalia M, Mei SS, Kao FF. Central projections from ergoreceptors (c fibers) in muscle involved in cardiopulmonary responses to static exercise. Circ Res. 1981;48:I48–I62. [PubMed]

Person RJ. Somatic and vagal afferent convergence on solitary tract neurons in cat: electrophysiological characteristics. Neurosci. 1989;30:283–295. [PubMed]

Toney GM, Mifflin SW. Time-dependent inhibition of hindlimb somatic afferent inputs to nucleus tractus solitarius. Journal of Neurophysiology. 1994;72:63–71. [PubMed]

Toney GM, Mifflin SW. Time-dependent inhibition of hindlimb somatic afferent transmission within nucleus tractus solitarius: an in vivo intracellular recording study. Neuroscience. 1995;68:445–453. [PubMed]

Anna K. Leal, Jere H. Mitchell, A. Smith,TREATMENT OF MUSCLE MECHANOREFLEX DYSFUNCTION IN HYPERTENSION: EFFECTS OF L-ARGININE DIALYSIS IN THE NUCLEUS TRACTUS SOLITARII, Exp Physiol. Author manuscript; available in PMC 2014 Sep 1.

Koba, S., Gao, Z. & Sinoway, L. I.:Oxidative stress and the muscle reflex in heart failure. J.
Physiol., 587:5227-5237, 2009.

アンジオテンシンII が運動時の交感神経賦活に与える影響,木場智史, 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011)

コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。