鍼刺激は脳由来神経栄養因子シグナル伝達経路を活性化して神経を保護する [鍼灸関連研究報告から]

鍼治療は単球のアクティブ化と、ATP刺激を介する脳由来神経栄養因子 (BDNF)の発現を増強して神経保護作用を発揮すると報告されている。

最近では、各種の神経疾患に対する鍼治療の神経保護効果を述べた研究が散見される。鍼灸師の立場から期待すると同時に、果たしてこれらの難病を確実に軽快させ得るものか疑問ではある。

下記文献は、BDNF およびそのシグナル伝達経路の活性化による鍼治療の神経保護効果について、最近の知見をまとめたもの。

Dong Lin, Ike De La Pena, Lili Lin, Shu-Feng Zhou, et al.,
The Neuroprotective Role of Acupuncture and Activation of the BDNF Signaling Pathway
Int J Mol Sci. 2014 Feb; 15(2): 3234–3252.
Published online 2014 Feb 21. doi: 10.3390/ijms15023234

先ず、“Introduction”に記されていた文献(1.2.) の内容が気になる。「鍼治療の有益な作用として、神経終末からの神経ペプチドの放出と神経栄養因子発現の調節に関連付けられている(1.2.)」と述べている。

しかし、この引用文献の内容を見ると、(1.)は、慢性片頭痛 (CM) の予防におけるトピラマートと鍼治療の忍容性を比較検討したものであり、BDNF およびそのシグナル伝達経路の活性化を調べた研究ではない。さらにもう一方は(2.)、群発頭痛患者におけるBDNF増加を確認した報告であり、鍼治療とは無関係である。この様に、根拠として示されている文献の内容を確認する必要がある。

長いので、この文献中の、“4. The Neuroprotective Effects of Acupuncture in Brain Function”に記された報告を簡単にまとめ、少し考えを述べる。

鍼治療の抗てんかん効果として、鍼刺激による求心性神経経路を介した中枢神経系への作用が記されており、後肢への電気鍼(EA)刺激は、発作や苔状線維の発芽(mossy fiber sprouting;MFS)を大幅に削減すると報告されている(3)。

GB34(陽陵泉)とLR3(太衝)への鍼刺激は、パーキンソン病モデルにおける黒質線条体変性を抑制すると報告されている(4)。尚、非経穴への鍼治療はこの変性を抑制しないとも記されている。

これらの経穴への鍼治療が、パーキンソン病モデルの黒質線条体領域においてチロシン水酸化酵素とドーパミン輸送の減少を抑制することが確認されている。この研究では、GB34 と LR3への鍼刺激による、-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP) の線条体領域の遺伝子発現プロファイルの変更を検討し、線条体領域の MPTP 誘発線条体変性の抑制効果が示唆されている。

動物実験において、鍼治療は脳由来神経栄養因子、グリア細胞由来神経栄養因子サイクロフィリン A. など、各種の神経保護因子を増加して神経保護作用を示す。さらに鍼治療は、中脳ドーパミン作動性神経細胞に酸化ストレスを減少させて、細胞死のプロセスを減少させる。したがって、パーキンソン病患者に対する鍼治療の早い段階からの適用がより効果的であると示唆されている(5)。

これらの報告は、脳における変性疾患に対しても鍼治療が有効であることを期待させる。個人的にも、その可能性はあると考えている。しかし、鍼刺激によって神経栄養因子や保護因子の分泌が増加したとして、継続的な治療によってそれが維持されるのか、反応が減弱したり、枯渇させることは無いのか、長期的な研究が皆無。さらに、これらの因子が不足している根本的な原因としての、遺伝子の異常を是正できるのかが問題である。

最近では、摂取した食物の、栄養シグナルが遺伝子を改変することが分かっており、鍼刺激によるシグナルが遺伝子へ影響を与える可能性もあり得ることではあるが。

また気になるのは、GB34(陽陵泉)とLR3(太衝)などへの鍼刺激の効果を以て、単純に、経穴に特殊性があると主張する報告を見かける。しかし、これらの研究は、同一の神経領域にある他の経穴との比較が行われていない。この2穴は腓骨神経の走行上であり、当然、腓骨神経に対する刺激である。経穴に特殊性があると結論づけるには、腓骨神経上の他の部位への刺激を対照として比較検討しなければならない。さらに、下肢における他の神経でも検証する必要がある。

問題は多いが、鍼治療の更なる可能性には大きな期待がある。

1.
Marlene Fischer, Georg Wille, Stephanie Klien, et al.,
Brain-derived neurotrophic factor in primary headaches.
J Headache Pain. 2012 Aug; 13(6): 469–475.
Published online 2012 May 15. doi: 10.1007/s10194-012-0454-5

2.
Marlene Fischer, Georg Wille, Stephanie Klien, et al.,
Brain-derived neurotrophic factor in primary headaches.
J Headache Pain. 2012 Aug; 13(6): 469–475.
Published online 2012 May 15. doi: 10.1007/s10194-012-0454-5

3.
Guo J1, Liu J, Fu W, Ma W, Xu Z, Yuan M, Zhou X, Hu J.
Effect of electroacupuncture stimulation of hindlimb on seizure incidence and supragranular mossy fiber sprouting in a rat model of epilepsy.
J Physiol Sci. 2008 Oct;58(5):309-15. doi: 10.2170/physiolsci.RP010508. Epub 2008 Oct 9.

4.
Choi YG1, Yeo S, Hong YM, Lim S.,
Neuroprotective changes of striatal degeneration-related gene expression by acupuncture in an MPTP mouse model of Parkinsonism: microarray analysis.
Cell Mol Neurobiol. 2011 Apr;31(3):377-91. doi: 10.1007/s10571-010-9629-2. Epub 2010 Nov 25.

5.
Joh TH1, Park HJ, Kim SN, Lee H.,
Recent development of acupuncture on Parkinson's disease.
Neurol Res. 2010 Feb;32 Suppl 1:5-9. doi: 10.1179/016164109X12537002793643.

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