絡脈の構造 (胃の大絡) [経絡とは]

 「胃の大絡」を解釈するには、中医学にみる“宗気”の概念について考える必要があります。この件については、「“宗気”で読み解く内経の真実」の中で解説していますので省略します。

 宗気の通路として考えたものが「胃の大絡」です。素問:平人気象論によれば、「…胃之大絡.名ハ曰ク虚里.鬲ヲ貫キ肺ニ絡ス.左乳下ニ出デ.其ノ動キ衣ニ應ズ脈ノ宗気也…」と記され、霊枢:邪客篇には、「…宗気積於胸中.出於喉龍.以貫心脈.而行呼吸篶.」と記されています。
 この中の、「…左乳下に出て、その動きは衣に反応する。脈の宗気なり…」が重要です。つまり、激しい運動の後には、“宗気”の活動を左乳下部に確認できると説明しているのです。すなわち“宗気”とは、鼓動を心臓の拍動によるものと理解できず、食物の栄養と吸気が合体して生じた一種のエネルギーとして捉えたものです。また、「胃の大絡」はその通路として想定されたものです。「胃の大絡」の流注は、この認識を念頭にして解釈する必要があります。

 内経当時の人は、この鼓動の源泉を求めて解剖を行ったものと推測できます。左乳下を解剖して前胸部に浅く出る動脈を発見し、これを内部に辿ることによって、内胸動脈より鎖骨下動脈,大動脈へ連なることを発見しました。また、胃からは左胃動脈の分枝が食道へ分布して上り左気管支動脈に連なり、さらに、これらの動脈が直接大動脈へ入ることも確認しました。そして、これらを一連の系統として位置づけ「胃の大絡」と命名したと思われます。

流注
素問:平人気象論によれば、「…胃之大絡.名ハ曰ク虚里.鬲ヲ貫キ肺ニ絡ス.左乳下ニ出デ.其ノ動キ衣ニ應ズ脈ノ宗気也…」と記されています。

流注解釈
 左胃動脈の食道への分枝に進み横隔膜を貫き固有食道動脈,左気管支動脈(食道中部は左気管支動脈より栄養を受けている)を経て肺に結ぶ(これらの動脈は各々のレベルで大動脈に入る)。さらに、大動脈より鎖骨下動脈を通り内胸動脈へ入り、その分枝の心膜横隔動脈及び貫通枝にて左胸郭前部に浅く出る。
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 臓器の内容物や位置関係と血管の走行より、胃からは食物の栄養を、肺からは空気(正確に認識した訳ではない)を取り込むと想像することは、医学の無い時代にあってもこの程度の想像は可能でした。

 胃の大絡として動脈に注目したのは、死体では動脈は収縮し虚血状態になるため、血に変化する前(肺に行って血に化生すると考えている)の気の成分を通す管として選択したものと思われます。
 胃から吸収した精微を肺へ運ぶ方法としては、「胃の大絡」とは別に、「肺経」による、腹腔動脈より一端腸間膜動脈を迂回して、大動脈より心臓を抜けて肺に至る経路の二通りを考えています。また、肺経は経脈のスタートとして位置づけています。
 「胃の大絡」は腸を迂回せず直接肺と結ばれることでより速く激しく活動すると考え、経絡全体の動力源として位置づけたものと考えられます。
 
 霊枢:邪客篇による「…宗気積於胸中出於喉龍以貫心脈…」の「胸中ニ積ル」とは、胸大動脈の太さからこれに集まると考え,「喉龍ニ出デ」は大動脈弓より総頸動脈への流れを意味し、「心ヲ貫ク」は大動脈より心臓へ入ることを示すものと考えられます。
 また、霊枢:刺節真邪篇による、「…各行其道.宗気留於海.其下者.注於気街.其上者.走於息道…」の「海」は大動脈を指し。「気街ニ注グ」とは、外腸骨動脈が鼡径部を通過する部位を意味します。「息道ヘ走ル」は、上行大動脈や肺動脈を気管と誤認したものと思われます(西洋医学でも同様の誤認有)。

 以上のように推測しますと、内経当時の生理観とその想像の過程が見えてきます。血管の走行は詳しく観察しているものの、循環系の認識やその他の生理学的機能の認識も想像の域を出ず、極めて思弁的で実証的でないことが改めて感じられます。古典の解釈に際しては、過大評価は禁物であり、まして神秘主義を持ち込むことは言語道断です。

 一般に見られる、“気”に対する誤解や幻想については、これまで少しずつ書いてきました。古代中国(内経)では、人体の様々な機能・エネルギーとその物質的基礎を“気”と呼んで整理し、理論付けてきました。それは未知のエネルギーなどではなく、医科学の未だない時代の人間が生命・人体について考察した努力の軌跡でもあります。

 しかしながら、古典を深謀する多くの鍼灸師・漢方家は“宗気”をまか不思議な未知のエネルギーの如く捉えています。この様な認識が、漢方・中医学の根本的な問題点であり、進歩の妨げになっています。

 長くなりましたが、内経に記された「19絡脈」の構造についての流注文の解釈は完了しました。「正経十二経脈」と同様のコンセプトで、絡脈の全ての流注も説明できることに意義があると考えています。
 
* 次回以後は、「奇経」について構造的に解釈を行います。この内容も、以前に専門誌に掲載されたものを、数年ぶりに一部訂正し、図は全て描き直したものです。

追伸

2015年1月6日に、「中医学の誤謬と詭弁」を出版しました。
本書は、臓腑経絡学説の本質について解説しています。市販はしていませんが、希望者には当ブログにて販売しています。詳しくは、カテゴリーの、「出版のお知らせ」をご覧ください。

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