内経こぼれ話-“腎と生殖器・命門の関係” [蔵象観の起源と真実]

 内経医学における“腎”と“生殖器”は、発生初期の中腎と性腺の関係であり、“命門”は腎無発生の観察とその影響を総合させた認識ではないかと考えられます。私の仮説はあくまでも推測に過ぎません。これまでには、誰1人として「命門」は何をもとに発想したものか、医学的に説明した人はおりません。また突飛なことを言い出したと批判されそうですが、先ずは読んで下さい。 

 内経の記述を見る限り、医学的には腎臓の機能は全く認識していませんし、生殖の本来の意味も理解はしていません。では、何を根拠に腎臓と生殖器を関連づけ、成長に関与すると考えたのでしょうか。

 成人の解剖所見では、腎臓と生殖器は離れており、血管による連絡は一応有るとはいえ直接結びつける程の関係は見られません。内経医学は解剖観察にもとずく実証的な医学です。荒唐無稽な抽象的概念だけで発想することはあり得ません。 

 恐らく、腎臓の発生初期の状態を、流産した胎児や妊娠中の受刑者(剮刑と呼ばれる身体をバラバラに切り刻む処刑法)の胎児を観察して得られた知見であると思われます。さらに、奇形によって出生後間もなく死亡した乳児の腎臓と成人の腎臓を比較して、腎臓の無発生による影響を推測し、その重要性を認識して“命門”の概念を発想したのではないかと考えられます。

腎臓の発生とその位置変化
 腎臓の発生は前腎、中腎、後腎から成ります。中腎は第4週の後期に痕跡的な前腎の尾方に出現する、体長の1/3程も有る長大な排泄器官で、永久腎が発生するまで暫定的腎臓として機能します。後腎(永久腎)は第5週の始めに、この中腎の根本付近に後腎憩室と後腎細胞塊として発生します。その位置は仙骨の腹側であり、第9週までに本来の位置に定着します(腎臓の位置の変化は図示)。

生殖器との関係
 性腺は、中腎の内側に生殖堤と呼ばれる膨隆から始まり、深部の間葉組織中に発育していきます。中腎管は排泄腔に開口していますが、この中腎管は男性生殖器系の発生に、また、中腎傍管は女性生殖器系の発生に各々基本的な役割を果たします。

腎と生殖器の関係性の認識
 つまり、発生の初期には腎臓と生殖器は深く関連しており、同一の器官から発生したものと内経当時の人が考えても不思議ではありません。恐らく、腎と生殖器との関係はこの観察知識から発想したものと思われます。

「命門」の諸説
 一般に言われている「左腎右命門学説」は、難経(正確には「黄帝八十一難経」)の記述によるものです。これは後漢の時代の文献であり、その後の時代には違う説も有りますが、それらは全て価値は無いと考えていますので省略します。
 内経では、「霊枢:根結篇に、太陽根於至陰.結於命門.命門者目也」と記されていて、これは晴明穴の部位であると言われています。
 全く無関係に見える2種類の「命門」が存在します。これまでに、その意味を説明した研究者はおりません。しかし、一見全く違うこれらの記述には共通する認識があると私は推測しています。

「命門」の意味と腎と成長の関係
 どちらの説も、奇形である腎無発生を観察したものと考えられます。腎臓の片側性欠如は1/1,000人の頻度ですが、通常左腎が欠如します。この場合には他方の腎臓が代償性に肥大して機能を代行しますので、症状は全くありません。成人になって後の、死亡後の解剖で左側が無いことに気づき、右の腎臓が重要であるとの認識から、右側を“命門”と呼んだのではないでしょうか。
 両側性腎無発生は、1/3,000人の頻度で生まれますが、出生後生き延びることはありません。この様な新生児は特徴的な顔貌をしています。両目が広く離れ、眼内角贅皮(epicanthic fold)があり、耳は低位にあり、鼻は広くて扁平で、オトガイが後退し、四肢にも奇形が見られます。恐らく内経では、この新生児の内眼角の特徴と両側の腎臓が無いこと、さらにこの様な新生児が生後間もなく死亡することから、腎臓の欠如による影響と、その徴候としての晴明穴部位に現れる特徴から、この部位を“命門”と呼び腎と結び付けたのではないでしょうか。

 つまり、一見全く違う考えの様で、どちらも腎臓の奇形と、その結果起こる変化を観察して発想したものと推測できるのです。

注意) 内経には、腎が成長へ関与すると解釈できる記述は「素問:上古天真論」にあります。しかし、腎と生殖器を直接関連ずける記述は無く、その後の時代の解釈が多分に含まれていることに注意が必要です。

 また、余談になりますが、医学的には、慢性腎不全がある場合には成長・発達障害が起こります。低成長児における、慢性腎不全児の頻度は2~3%と少ないのですが存在します。高窒素血症、代謝性酸血症、脱水などによるほ乳量低下の結果起きた、栄養不足と熱量不足が原因です。但し、内経時代は、腎臓の生理・生化学的機能は全く理解していませんのでこの様な認識があったことはあり得ません。 

 長くなりましたが、私の推測を述べました。従来、この様な推測をした専門家はおりません。また、当時にここまで広範囲に解剖し、認識していたかの確証はありません。正否の判断は歴史に委ねる他ありません。

引用文献
瀬口春道監訳, ムーア人体発生学, 原著第6版, 東京, 医歯薬出版, p.321-330.

追伸
本記事は、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」にも記されています。本書は市販はしていませんが、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。
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