麻酔に見る免疫の功罪と、鍼灸刺激による反応? [医学一般の話題]

 手術による侵襲と炎症反応、さらに、麻酔による免疫反応への影響は、侵襲の程度は違いますが、鍼灸刺激による炎症の増悪や、抗炎症効果などを考えるうえで参考になります。 

 鍼灸治療も生体への侵襲刺激であることに違いはありません。経験的には、急性痛の治療直後に軽快していた症状が、翌日に悪化してしまう場合もあります。症状から正確に予測することが求められますが、残念ながら100%予測することは困難です。痛みの程度や経過が同じようであっても、治療翌日の反応が異なることは少なからず経験します。

 この問題には、病態・病期の判断と治療法・手技の違いはもちろんですが、患者自身がもつ特定の遺伝子多型(single nucleotide polymorphisms : SNP)が影響していることも予想されます。同程度の侵襲を受けても、SNPの違いによって炎症反応の強さに差異が生ずることを示唆する報告が散見されます(1)。IL-6,CRP,ICAM-1,E-selectinなどのプロモーター領域にSNPがある症例では、心臓手術後に心筋梗塞や脳梗塞の発症率が有意に高くなるとの報告もあります(2,3)。また、外傷後や敗血症の患者で、特定のSNPをもつ症例では有意に有病率や死亡率が高くなると報告されています。

 敗血症の重症化は細菌などによる攻撃によるものではなく、生体自身の免疫システムの暴走(サイトカインストーム)が原因となっています。病因は異なっても、共通する全身性の炎症反応を呈する病態を一括して捉えた、全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome : SIRS)という概念が提唱(4)されています。

 手術では先ず、切開を受けた局所で補体系の活性化が起きます。特に、C3aとC5aは強力な炎症因子で、chemotactic factor としても白血球の炎症局所への遊走に関わっています。この後、血管拡張、血漿成分の漏出、白血球の血管外への遊走が起こります。血管拡張については、一酸化窒素(NO)が主要なメディエーターです。通常の手術侵襲では、血管内皮と白血球が産生するNOにより血管平滑筋が弛緩することで血管は拡張します。またその他には、アラキドン酸カスケードからシクロオキシゲナーゼにより産生されるプロスタグランジンも血管拡張を惹起します(4)。

炎症反応による血管透過性の亢進は血管内皮細胞に対する活性化白血球の直接作用や、白血球から産生される活性酸素や蛋白融解酵素などによる、血管内皮細胞の障害が主な機序と考えられています。これらの現象は毛細管後細静脈で起こると考えられています。

 これらの現象は元来、可溶性因子や抗体、急性相蛋白などを障害・炎症局所へ誘導するための合目的ものとして進化したものです。

 血管拡張に寄与する液性因子としては、ヒスタミン、ブラジキニン、血小板活性化因子(PAF)、サブスタンスP、ロイコトリエンなどがあり、血管透過性の結果、間質の浮腫が生じます。また、炎症細胞より産生されたIL-1,IL-6,IL-18などの炎症性サイトカインも重要です(5)。特に、IL-6は、マクロファージ、血管内皮細胞、線維芽細胞から産生され手術侵襲を含む全身の炎症に関与します(6)。免疫反応を抑制するサイトカインには、IL-10やIL-27があり、鍼灸治療における刺激部位や手技の違いによって、選択的に分泌を促進できるか否かが問題となります。
 
 また最近、骨格筋は未知の内分泌因子群(Myokaine, Musclin)を分泌し、他の臓器や骨格筋自体にも何らかの作用を及ぼしていることが指摘されています。中でも、筋運動後に増加するIL-6は筋線維自身からも分泌されることが分かっています(7,8)。IL-6は細胞増殖因子や炎症のメディエーターとして働くため、筋活動による筋自身の炎症の惹起や、他の器官に対しても何らかの影響を与えることが推測されます。

 鍼灸治療も筋への刺激を伴う以上、何らかの筋産生因子の分泌へ影響を与えるものと予想されます。IL-6の産生誘導については、鍼・灸・ストレスで産生動態に違いはあるものの、末梢血中での活性が確認されています(12)。この報告では、産生部位は視床下部であろうと推測していますが、筋からの分泌については検討されていません。また、術前鍼通電刺激が、手術侵襲による免疫抑制を防止または、回復を促進することが示唆されています。そのメカニズムは、オピオイドを介してNK細胞活性を増強するとともに、視床下部-下垂体-副腎皮質系および交感神経系による免疫抑制経路を遮断すると考えられています(13)。私は、鍼灸刺激による、筋自身からのIL-6などの内分泌因子の産生について、詳細な研究が必要であると考えています。(既に研究した文献をご存知の方はご教授下さい)。

 麻酔によるもう1つの効果として、揮発性吸入麻酔薬には免疫抑制作用があることが明らかになりつつあり、術後の免疫能を変動させ長期的な予後に影響を与えることが報告されています(9)。逆に、免疫抑制作用は炎症の抑制作用にも繋がります。実際に、動物実験モデルデイソフルレンなどの投与で、心筋虚血後の梗塞サイズの縮小と心機能の改善を観察した報告もあります(10)最近は、硬膜外麻酔には抗炎症作用があることが示唆されています。また、局所麻酔薬にはNaチャネルに作用するよりも低用量で白血球の活性化を抑制するなどの、抗炎症作用があるとの興味深い報告もあります(11)。

 一方、鍼灸刺激にも抗炎症効果があるとの報告はあります。これまでの鍼鎮痛の機序には、下行性疼痛抑制系の賦活として、脊髄における内因性モルヒネ様物質の産生や、視床下部、中脳灰白質からのエンドルフィンや大縫線核のセロトニン作動性の下行性疼痛抑制系の機構が知られていました。その後、1988年に、末梢の炎症組織における鎮痛機構にもオピオイド受容体の関与が示されました(14)。従いまして、中枢でのオピオイド鎮痛に加え、末梢神経上に存在するオピオイド受容体による末梢性の鎮痛機序が明らかになっています。炎症を有するラットにおいて、免疫細胞から内因性オピオイドが放出され、炎症部位の感覚神経上に存在するオピオイド受容体に作用して鎮痛作用を引き起こすと考えられています。

 しかしながら、私の臨床経験では、炎症に対する鍼通電刺激はむしろ悪化させることが多いとの印象が強いため、殆ど行ってはおりません。通電鍼刺激は、炎症に伴う疼痛にはあまり効果は無く、dysesthesia, paresthesiaなどの様に、神経組織に何らかの障害がある場合や、虚血性の疼痛の緩和には有効であると考えています。この印象は、硬膜外脊髄通電の除痛機序(16)に近いものとも考えています。従いまして、私の経験とは大分ギャップがあります。この件についても,文献をご存知の方はご教授下さい。何分にも、私はもう長い間鍼灸関連の雑誌はほとんど購読していませんので…。

引用文献 
(1)Lin, M. T. and Albertson, T.E. : Genomic polymorphisms in sepsis. Crit. Care Med., 32: 569-579, 2004.
(2)Grocott H.P. et al. : Genetic polymorphisms and the risk of stroke after cardiac surgery. Stroke, 36: 1854-1855, 2005.
(3)Podgoreanu, M.V. et al. : Inflammatory gene polymorphisms and risk of postoperative myocardial infarction after cardiac surgery. Circulation, 114: 1275-1281, 2006.
(4)American College of Chest Physicians / Society of Critical Care Medicine Consensus : definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis . Crit. Care Med., 20 : 864-874, 1992.
(5)Pomerantz, B.J. et al. : Iihibition of caspase 1reduces human myocardial ischemic dysfunction viainhibition of IL-18 and IL-1β. Proc. Natl . Acad. Sci . USA, 98 : 2871-2876, 2001.
(6)Kato, M. et al. : Elevated plasma levels of interleukin -6, interleukin-8, and granulocyte conystimulating factor during and after major abdominal surgery . J. Clin. Anesth ., 9 : 293-298, 1997.
(7)西澤均ほか:アディポサイトカインとミオカイン.実験医学, 23 : 198-203, 2005.
(8)福原淳範ほか:代謝系サイトカインMuscliとVisfatin.実験医学, 23 : 118-123, 2005.
(9)Matsuoka, H. et al. : Inhalation anesthetics induce apoptosis in normal peripheral lymphocytosytes in vitro . Anesthesiology, 95 : 1467-1472, 2001.
(10)Piriou, V. and Chiari, P. : Con : Ischemic preconditioning is not necesary because volatile agentsaccomplish it . J. Cardiothorac. Vasc. Anesth., 18 : 803-805, 2004.
(11)Gallos, G. et al. : Local anesthetics reduce mortality and protect against renal and hepatic dysfunction in murine septic peritonitis. Anesthesiology, 101: 902-911, 2004.
(12)塚本紀之ほか:マウスへの鍼灸刺激およびストレス刺激によるインターロイキン6の産生誘導.明治鍼灸医学,19 : 63-74,1996.
(13)田口辰樹:手術侵襲による免疫抑制に対する術前鍼通電の影響,明治鍼灸医学,31 : 43-56,2002.
(14)Stein C, Millan MJ, Shippenberg TS, et al. : Peripheral effect of fentanyl upon nociseption in inflamed tissue of the rat . Neurosci Lett, 84 : 225-228, 1988.
(15)Stein C, Lehrberger K, Giefing J, et al. Local analgesic effect of endogeneous opioid peptides. Lancet , 342 : 321-325, 1993.
(16)谷川建也:電気刺激による除痛術 脊髄の刺激,脳外,11 : 1225-1236, 1983.


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