経絡構造 (手の太陰肺経) [経絡とは]

1 手の太陰肺経

 手の太陰肺経は、“経脈別論”にも「肺は百脈を朝す」と記されているように、重要視されています。しかし、内経のルーツである、「馬王堆漢墓帛書」の中の“足臂十一脈灸経”には、臂泰陰(手の太陰脈)は上腕内側より心へ行くと記され、肺とは関係していません。また、その病として、心痛が記されています。
 肺と結びつけて考える様になった経緯は現時点では定かではありませんが、恐らく、橈骨動脈の拍動の重要性の認識と、肺の機能を結びつけて考えたものと推測されます。
 “霊枢:動輸篇第62”には、「…肺気.従太陰而行之.其行也.以息往来.故人一呼.脈再動.一吸.脈亦再動.呼吸不己.故動.而不止.黄帝曰.気之過於寸口也.…」と記されています。これは、橈骨茎状突起部に触れる拍動の原動力を呼吸と考えたものであり、心臓ではなく、肺と結びつけています。
 私が、この領域の流注を動脈ではなく静脈としたのは、内経では、拍動している血管が動脈であるとは認識できていないと判断したからです。死体では動脈は虚血状態になるため、橈骨静脈を重視してこれを中枢へと辿り、生理的機能として重要視していた肺と胃および三焦を結びつけて関連付けたのではないかと考えられます。
 この時代は、心機能を血液循環の原動力としては認識しておらず、血液・血管に対して何らかの作用を示す程度の、ターミナル的な位置づけであったと考えられます。
 中焦を起点としたのは、胃からの穀物の栄養吸収の起点として重要視し、その“場”としての腹腔動脈から心臓を経て肺に脈気が行き、肺の作用によって全身に行き渡ると考えたものと思われます。

流注

「霊枢:経脈篇」ヨリ、肺ハ手ノ太陰ノ脈ニシテ、(1)中焦ヨリ起シ、下リテ大腸ニ絡ス。(2)還リテ 胃口ヲ循リ、膈ニ上リテ肺ニ属ス。(3)肺系ヨリ横ニ、腋ノ下ニ 出デ、(4)下リテ臑内ヲ循リ、少陰、心主ノ前ヲ行キ、(5)肘中ニ下リ、臂内ヲ循リテ骨下廉ニ上リ、寸口ニ入ル。(6)魚ニ上リ魚際ヲ循リ、大指ノ端ニ 出ズ。(7)ソノ支ナルハ、腕ノ後ヨリ直ニ次指内廉ニ出デ、ソノ端ニ出ズ。

語彙説明

 中焦:三焦の1つ、三焦は網嚢および腹膜腔(「是動病・所生病」の稿で説明)・絡す:結びつく・還りて:戻る・循り:~に沿って巡る・属す:支配される・肺系:肺動脈(私説)・臑内:上腕内側・臂内:前腕前側・出ず:皮下に浅く出る

流注解釈(下に図を記載)

(1)中焦、すなわち網嚢前庭及び峡部の後方で、腹腔動脈を起点として始まる。(ここは、胃・肝・脾への動脈の分岐点として重要視したと考えられる)腹腔動脈より腹部大動脈へと戻り、すぐ下の 上腸間膜動脈を下って大腸に結びつく(大腸と肺は表裏関係にあるとする考え)。(2)下腸間膜動脈を戻り、上って左胃動脈を通って胃の噴門に沿って胃冠状動脈を巡り、腹大動脈へと入いり、上行して横隔膜を貫き上行大動脈へと進み[左心室,左心房を通過した後、肺静脈より]肺へ入り、支配される。(3)肺動脈より[右心室,右心房を通過して、上大静脈より左右の鎖骨下静脈へ進み]腋窩静脈に至って、腋下に出る。(4)さらに、上腕静脈に進み上腕内側に沿って下り、心経(上腕動脈)と心包経(尺側皮静脈)の前を進み(この動脈と静脈の位置関係は、動脈に伴行する静脈は2本~数本有るため判然とはしない)。(5)肘の中を下り、前腕前側に沿って[橈骨静脈を進み]、橈骨茎状突起内側で皮下に浅く出て、(魚に上るとは、母指球部分を指す)橈骨手根関節の長母指外転筋と短母指外転筋間に入る。(6)ここより、浅掌枝(乃至は、母指主静脈)に進み橈側母指掌側静脈にて母指先端へ向かう。(7)その支脈は、橈骨静脈本幹より第1背側中手静脈を進み背側指静脈にて示指掌側前縁に沿い末端に浅く出る。

流注解釈より、肺経では腹腔動脈~鎖骨下静脈までの前胸,腹部は無穴領域と予想されますが、現在の経穴図に於いてもこの部分には肺経の経穴は存在しません。本稿では上腕内側を走行すると解釈しているため、天府穴と尺沢穴の位置(上腕前中央)が問題となります。しかし、天府穴は霊枢:本輸篇によれば「…腋内動脈…」とあり、上腕内側で動脈の拍動部であったと考えられます。霊枢:寒熱病篇,素問:気穴論,至真要大論では部位の記載はありません。尺沢穴は霊枢:本輸篇に「…肘中之動脈也…」とあり、上腕二頭筋腱の尺側と解釈されます。従って、この2穴は、内経による位置と現在のものが食い違っていると(部位錯誤)と判断し、全て相合するものと判断しました。
 内経に記載された経穴の総数と、その分布の考察は、正経脈の全ての流注解釈の後に述べます。
 
*図についての注意
 図は、あくまでも模式的であることに注意して下さい。分かりやすくするため、位置や大きさを変えて表現している場合もあります。
 一般的な解剖書と同様に、静脈は基本的に1本で描いています(上腕静脈は2本)。しかしながら、通常は、深部の主幹的な静脈は同名動脈を包囲する様に伴行し、1~3本あるいは多数が存在することもあります。
 動脈中の走行は赤色、静脈では青色に、神経では緑色に表現しています。
 肺経の図は、上肢部分の走行は右側を示しています。

手の太陰肺経流注図

図6.gif

追伸
本記事は、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」にも記されています。本書は、黄帝内経における臓腑経絡概念の本質を解読・検証したものです。市販はしておりませんが、希望される方には、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。

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