「是動病・所生病」とは何か-総括 [黄帝内経の疾病観]

 正経十二経脈の各経脈の病候として分類された、「是動病・所生病」に記された病症を医学的に解釈して診断を試みました。その結果を(1.と重複しますが)示しますと、以下の様になります。

1.手の太陰肺経  = 肺炎(ほぼ確定)
 2.手の陽明大腸経 = 急性白血病(確定は難、可能性有)
 3.足の陽明胃経  = 全身性エリテマトーデス(確定は不可能、可能性は高)
 4.足の太陰脾経  = 結節性多発動脈炎(確定は困難、可能性有)
 5.手の少陰心経  = 心筋梗塞(ほぼ確実)
 6.手の太陽小腸経 = 流行性耳下腺炎(ほぼ確実)
 7.足の太陽膀胱経 = 黄疸出血性レプトスピラ症:別名ワイル病(確定可)
 8.足の少陰腎経  = 血栓性血小板減少性紫斑病(確定は困難、可能性高)
 9.手の厥陰心包経 = リウマチ熱(ほぼ確定)
 10.手の少陽三焦経  = 扁桃炎及び中耳炎の合併(ほぼ確定)
 11.足の少陽胆経   = 腺熱またはトキソプラズマ症の可能性も有(いずれの可能性高) 
 12足の厥陰肝経   = フィラリア症(確定可)
       *()内の評価は私の独断と偏見によるものです。

 病症の解釈がやや恣意的になる傾向が有ること、診察や検査による他覚的な情報が得られないことなど、2千年以上も昔の人間の観察による病症記述と分類のみで診断しているため、自ずとその精度には限界があります。
 この様な不確実性を考慮しても尚、十二経脈の全てがほぼ診断できたことは意味が有ると考えています。「是動病・所生病」として分類された病候は、長年の観察によって多くの病症を整理し、独立した単一の疾患単位として認識した可能性は高いと言えます。
 診断結果を簡単に見ますと、手の陽明大腸経の急性白血病、足の太陰脾経の結節性多発動脈炎、足の少陰腎経の血栓性血小板減少性紫斑病の3疾患は医学的に確定は困難ですが(可能性は高~有)、その他の診断については確実性は相当高いものと考えています。

 私の推測が正しければ、「内経」の症候論のパターン認識能力は相当高度であったと言えます。但し、疾病の原因や病態を究明する知識も術ない時代であったため、仮想的な経脈・臓器機能とを関連させた機能的複合体の病状として認識したものと推測されます。この考えは、その後の時代に「証」概念として発達しました。しかし、病態の捉え方としては機能対応的であったため、臨床上は一定の価値はありましたが、医学的進歩には弊害となりました。論理は思弁的で非科学的思想によるものであり、極めて閉鎖的となり2千年以上もの間ほとんど進歩しませんでした。

 では、病名による疾病分類とは異なる、経脈の異常としての分類は診断学的・臨床的に意味はあるのでしょうか。医学的論理とは別に、各経脈とこれらの疾患との症候論的関連性、および臨床的な価値・有効性が有るか否かを考えてみる必要性があります。

 分類された病症と経脈・臓器との関連性

 経脈と臓器の関連性についても問題はありますが、これは別の稿で説明します。先ず、診断した疾病と各経脈に冠された臓器との関係を検証します。
 私が診断した、経脈病候の疾病と臓器が関連するものは、肺経、心経のみです。心包経については心心臓の病態も含まれますが、「心包」は心膜を指すと考えることが妥当と思われるため、臓器の疾患として捉えるには無理があります。その他については、臓器の症状の一部が含まれているのみで、経脈名と各疾病は直接的には無関係です。
 即ち、経脈病候の「是動病・所生病」は、基本的には、経脈の走行領域に累計的に現れた症状を集約して関連付け、分類したものであり、これに肉眼レベルの観察による臓器機能の想像が多少加味された程度の認識であると考えられます。従って、各経脈への鍼治療がこれらの疾病に対して有効である可能性は低いと言わざるを得ません。実際にも、治療法として「内経」では、「不足しているものは補い、実しているものは寫せ」と記述しているのみです。また、疾病の分類も、感染症・寄生虫症(5種)、膠原病(3種)、血液・造血器疾患(2種)、循環器疾患(1種)と、法則性があるとは思われません。

 「是動病」と「所生病」の分類の意味

 歴代の中医学書は是動病・所生病の意義に対して種々の説明をしてきました。その主なものを挙げると、『難経』「二十二難」では、是動病を気の病,所生病を血の病,『十四経発揮和語鈔』では、是動病を経絡の病,所生病を臓腑の病,『霊枢集注』では、是動病は外因によるもの,所生病は内因によるもの、等です。
 現代の成書では、「是動病」は外なる経絡の変動より内の臓腑に影響して発症した症状。「所生病」は臓腑の病が外なる経脈に現れた病症とする説。「是動病」は経脈機能に異常を生じた場合の病症,「所生病」は本経の経気が異常な時の症状であり、基本的には同一であるとする説、等が一般的です。また、『素問・霊枢』より古い文献の『馬王堆漢墓帛書』の中の「陰陽十一脈灸経」では、是動病は症候を述べ、所産病として病名を列記しているとされています。現在一般的には、これらは、各経絡の類型的な病症を挙げたものとされ、実際にはこのように定型的に起こるものではなく標準的な病症を示したものと考えられ、病症判定の際の参考として利用されるにとどまっています。
 
 この稿の検討では、「是動病」と「所生病」を分類した法則は正確には見いだせませんでした。しかし、「是動病」には主症が多いこと、膀胱経の黄疸出血性レプトスピラ症では第1期症状が中心であることに注目しました。則ち、「是動病」は主症や初期症状を主とし、「所生病」は合併症,続発症を主として各々を分類した可能性があります。「是動病」は原因が外にあり、経絡の変動が先にあるとすると、四肢の病症が所生に多く記されている事実を説明できません。四肢の症状は臓腑の病状の反映として続発的なものと認識し「所生病」として分類したものではないかと推測しています。「是動病と所生病」は病状の変化を時系列によって分類した可能性も考えられます。

 中医学における疾病分類

 現在の中医学に於ける疾病分類は、臓腑経絡弁証や八綱弁証を主とする症候による分類であり、西洋医学の病名による診断とは異なり独特の診療思想を形成しています。多くの鍼灸師や漢方家は、この体系が古代に形成され現代に至るまで変わることなく継承されているものと錯覚しています。
 臓腑弁証の雛形は漢代に形成され、『難経』や『金匱要略』の中の「臓腑経絡先後病脈証」に見られます。しかし、痰飲・水腫等の病名も記載されており、病名による把握もされています。臓腑弁証を寒熱虚実に区分して系統的に論じた最初の文献は、六朝時代の著作とされる『中蔵経』です。八綱弁証では、“綱”と呼称されるようになったのは清代になってからです。
 これに対し、病名による病気認識の歴史はさらに古く、湖南省長沙の馬王堆前漢墓より出土した一連の出土医書(帛書)の中の、「五十二病方」に見られる。諸傷(外傷),傷痙(破傷風)に始まり、狂犬齧人(狂犬病),毒烏喙(トリカブト中毒),瘽(蠍による刺傷),蠱(つつが虫病,住血吸虫症)等52の病名と全てではないものの症状が記されています。蠍による刺傷は『千金要方』や『外台秘要』といった後世の経法書にも記載されています。
 さらに、隋の巣元方による病理学書『巣氏諸病源候論』には、多くの病名とその症状が記載されています。我国に於いても源順の『倭名類聚鈔』には、くちゆがむ(顔面神経麻痺),あへぎ(喘息),あしのけ(脚気),ちくそ(赤痢)等多くの病名や症状が記載されています。
 このように古代に於いても、単一の疾患として把握し易い病気は病名をつけて表現したものと思われます。十二経脈の病候は、各々の病状は詳しく観察され単一の疾患として認識しているものの、病名ではなく、臓腑経絡の異常として分類されました。この理由は、病気の実体を解明するための生理,病理学の発展がない時代に、病態観察の必要性から経絡概念と関連させて臓腑機能を仮想的に想像し、これらを一種の機能的複合体の変動として捉えた“病候”による分類が発展し、その後主流になったと推測できます。

 以上、長くなりましたが、これが「是動病・所生病」に関する私の考えです。

追伸
本記事は、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」にも記されています。本書は、黄帝内経における臓腑経絡概念の本質を解読・検証したものです。市販はしておりませんが、希望される方には、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。


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