「是動病・所生病」とは何か-5 [黄帝内経の疾病観]

 正経十二経脈の病候

10.手の少陽三焦経

 三焦経の病候を述べる前に、先ず、「三焦」について少し説明します。この「三焦」についても、私の説と従来の考えとは全く異なっています。
 現代医学には「三焦」という臓器はありません。現在の針灸・中医学では、「三焦」とは、胸腹部全体を意味するものと考えられています。これは、上・中・下焦に分かれ、上焦は胸腔、中焦は横隔膜より臍まで、下焦は臍以下の腹腔内であると言われています。この考えは、後漢の時代に書かれた「難経:正しくは“黄帝八十一難経”」を基にしています。この記述を基にして、「三焦」には形態は無いとする考えが常識となっています。
 
 しかしながら、「内経」では一個の臓器として「三焦」を認識し、これを3部位に分けて、その機能と作用が及ぶ方向性を示しています。素問:霊蘭秘典論の「…三焦者.結涜之官.水道出焉…」,六節臓象論:の「…小腸三焦膀胱者倉廩之本…」の記述を素直に読めば、一個の形ある臓器として認識しているものと判断できます。

 形態と位置関係を知るうえで重要なのは、霊枢:営衛生会篇の記述です。「三焦」の中の上焦では、「…上焦…出於胃上口.竝咽以上.貫膈…走腋.循太陰…」と、上焦部分の位置と機能を示しています。 上焦は横隔膜の下で胃の上口に位置し、その気は食道に沿って隔膜を貫いて上がり肺に向かうと考えています。これは固有網嚢上部で横隔膜に接する部分を上焦と呼び、その作用として、「気」が向かう方向を示しています。その「気」は、下横隔動脈や左胃動脈からの食道枝を起点として、食道動脈より大動脈を上がり肺経(私の説による)に入ると考えています。
 中焦は、「…中焦…亦並胃中.出上焦後.此所受気.泌糟粕.蒸津液.化其精微.上注於肺脈.乃化而為血.…」と、網嚢前庭及び網嚢峡部を指しています。これは、腹腔動脈を起点として、食物の栄養(精微)を肺へ送るとする考えです。 また、肺に行って血に変化するとは、死体では動脈は収縮して虚血状態となっているため、肺静脈へと進んで初めて血液を確認できたことを基に、その機能を想像したものと考えられます。
 下焦は、「…下焦者.別迴腸.注於膀胱.而受入焉故水穀者…」と、腹膜の膀胱直腸窩付近と位置付けています。また、腹膜腔内の水の存在は認識しており、ここを水の通路と考えています。但し、内経では、膀胱には上に口が無いと記されており、輸尿管の存在や腎臓での尿の生成は認識できませんでした。尿とは、腹腔内を流れた水分が、腹膜を介して膀胱内に尿が染み出たものであると想像しています。
 これらの記述より、三焦は網嚢を中心とする腹膜腔であると判断しました。因みに、時代は後(明)になりますが、”針灸大成校釈”には、「三焦.為六腑之一.是月庄之囲最大之腑.…」と、「三焦は腹を囲む最大の腑」と記されており、明らかに腹膜を記述したものです。
 
 経脈のスタートとなる肺経は、その起点を中焦の腹腔動脈に位置付け、ここで食物の気を集め、さらに肺に行き空気の精を交えて、完全な状態として全身に輸送するものとして発想したものと考えられます。尚、詳しい説明は、“「経絡」の誤解”(10/11,19日投稿)の続きで述べます。

 手の少陽三焦経

是動病および[推測される医学的症候]
耳聾,渾々焞々・嗌腫れ,喉痺
 [難聴,耳鳴り・扁桃炎]

所生病および[推測される医学的症候]
 汗出で・目の鋭眥痛む・ 頬痛み,耳後,肩,臑,肘,臂の外が痛み,小指の次指用いられず
 [発熱,頭痛(扁桃炎)・中耳炎・頚部リンパ節腫脹・四肢関節痛]

 以上より、推測される疾患名は扁桃炎及び中耳炎の合併症。

扁桃炎と、中耳炎の合併症であると考えられます。頭痛や四肢の関節痛は扁桃炎に見られる症状であり、難聴,耳鳴りは中耳炎でも生じる症状です。

11.足の少陽胆経
 
是動病および[推測される医学的症候]
口苦・善く太息す・心脇痛みて転側する能わず・甚だしければ面は微尖を有すに似たり・体に膏沢なし・足の外反って熱す,是を陽厥と為す
 [ 筋痛・髄膜刺激兆候の片側性の神経兆候(顔面神経麻痺、偏視)・発熱]

所生病および[推測される医学的症候]
頭痛・頷痛・目の鋭眥痛む・ 欠盆の中腫れ痛み,腋下腫れ,馬刀(瘰癧)侠癭(頚を挟む瘤)・ 汗出で振寒し,瘧す・胸,脇,肋,髀,膝の外より脛,絶骨,外踝の前及び諸節みな 痛む,小趾の次の趾が用えない
[ 頭痛(髄膜刺激症状)・リンパ腺腫脹・悪寒,寒熱往来・全身の関節痛,筋痛 ]

 以上より、推測される疾患名は腺熱 (但し、トキソプラズマ症とも考えられ、鑑別は困難)

 本症は、発熱,全身のリンパ腺腫脹,ならびに多数の異型リンパ球の出現を伴う単核細胞の増加を3主要徴候とする急性熱性疾患です。他の類似の急性熱性疾患との鑑別は困難で、特に、後天性トキソプラズマ症との症候論的鑑別には無理があります。従って、腺熱に特定せず、考えられる疾患を例示することが無難ではあります。しかし、「馬刀侠癭」に注目すると、腺熱では頚部のリンパ腺腫脹が耳の後ろから側頚部にかけて累々と認められることが多く、この特徴が記述と一致することより本症を最有力候補として診断しました。

12.足の厥陰肝経

是動病および[推測される医学的症候]
腰痛んで俯仰すべ可らず・丈夫は遺疝(陰嚢腫大)し,婦人は少腹腫れる・甚だしければ嗌乾き・面塵き脱色す
 [腰痛・陰嚢水腫・リンパ節腫脹・発熱・?]

所生病および[推測される医学的症候]
胸満し・嘔逆し・飱泄し・ 狐疝し・遺溺し閉癃す
 [胸内苦悶感・嘔吐・下痢・鼡径部リンパ節腫脹・尿閉]

 以上より、推測される疾患名はフィラリア症

 陰嚢の丹毒様の腫脹,陰嚢水腫,鼡径部や股部のリンパ節腫脹,乳び尿,排尿困難,尿閉はフィラリア症の特徴であり、嗌乾きを高熱によると推測し、腰痛もみられることより可能性は高い。顔面の脱色,胸内苦悶感,消化器症状は直接的には不明です。

 以上、正経十二経脈の病候を、医学的に解釈し疾患名を診断しました。次回は、そもそも「是動病・所生病」とは何か、疾患分類、診断、治療において意味が有るのか否かについて、私の考えを述べたいと思います。

 次回、“「是動病・所生病」とは何か-総括”につずく。  

追伸
本記事は、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」にも記されています。本書は、黄帝内経における臓腑経絡概念の本質を解読・検証したものです。市販はしておりませんが、希望される方には、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。
          

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