「是動病・所生病」とは何か-2 [黄帝内経の疾病観]

 正経十二経脈の各病候の診断

1.手の太陰肺経

是動病の病症及び、推測される[医学的症候]

 肺脹満・ 膨々として喘咳す(胸が張り,喘息し咳嗽す)・欠盆の中が痛み甚だしければ両手を交えて瞀(精神錯乱)す・これは臂厥(上肢の逆冷)なり・ 咳・上気喘(のぼせ)・渇煩心(渇して胸苦しい)・胸満・臑臂の内前廉(上腕内側,前腕前橈側*)痛み,厥し,掌中熱す
[胸部膨満感・呼吸困難・咳嗽・鎖骨上痛・意識混濁・チアノーゼ]

所生病の病症及び推測される[医学的症候]

 気盛にして余り有れば、肩背痛み,風寒汗出でて中風す・小便数にして欠す・ 気虚なれば、肩背痛み,寒え,少気以て息するに足らず ・ 溺色変ず
[咳・胸内苦悶感・上肢痛・発熱・肩背痛・寒熱往来・風邪・小便頻繁・あくび・寒気・呼吸困難・尿色の変化 ]

 以上より、推測される疾患名は肺炎。
 悪寒、発熱の急性発症で、咳・胸背痛・呼吸困難・さらに重症度の指標となる、チアノーゼや意識の混濁と思われる記述があることより、肺炎(細菌性?)であると思われます。喀痰の記述がないので、乾性の咳、呼吸困難を主症状として発症する“びまん性間質性肺炎”も考えられます。喘息も完全には否定できませんが、発熱があるので感染症が主体であると考えられます。また、内経以前の文献には既に、“喘息”の記述が存在しますのでほぼ間違い無いと思われます。

 2.手の陽明大腸経

是動病の病症及び、推測される[医学的症候]

 歯が痛む・頚が腫れる
[歯痛,(歯肉腫脹?)リンパ節腫脹]

所生病の病症及び、推測される[医学的症候]

 目黄ばむ・口が乾く・鼽(鼻塞)・血丑(鼻血)・喉痺す・肩,前臑(前腕橈側)痛,大指の次の指が痛くて用えない
 [黄疸(溶血性貧血?)・発熱による?・出血傾向・扁桃炎・四肢の関節痛]

 以上より、推測される疾患名は急性白血病(但し、確定は困難)
 歯痛や鼻血を他の症状とセットで認識している点に注目しました。これらの症状は、歯肉腫脹,出血傾向と判断し、リンパ節腫脹,扁桃炎,四肢の関節痛,腫脹が同時に認められ、尚かつ重篤な疾患であると推測し、白血病である可能性が高いと考えました。但し、血液検査ができない状況で、症状のみで診断することは無理があります。さらに、死の転帰については記述がないこと、また、本症は高熱と高度の貧血を以て発症しますので、黄疸を溶血性貧血によるとしても、口喝のみで発熱と断定することには無理があります。それでも、これらの症状を特定の疾患として重視して記述していることを考慮すると可能性は十分あると思われます。

 3.足の陽明胃経

是動病及び、推測される[医学的症候]

 洒々として振寒す・善く呻き(うめき)・数々欠す(あくび)・顔黒し・「 病至るときは人と火を悪み,木の声を聞くときは掦然として, 驚く,心動ぜんと欲し,独り戸を閉じ牖を塞いで処る,甚だしきときは高きに上って歌い,衣を棄てて走る 」・賁響し,腹脹す,是を骭厥という
[悪寒・尿毒症による?・「」内全体で、精神分裂様症状・胃腸障害]

所生病及び、推測される[医学的症候]

 狂瘧温淫・汗が出・口口咼・鼽(鼻塞)血丑(鼻血)・唇胗(口唇に瘡,口内炎)・ 頚腫,喉痺(扁桃炎)・大腹水腫・膝賸腫痛・循るに膺,乳,気街,股,伏兎,骭外廉,足跗上が痛む,中指が用えない・気が盛なれば,身の前が皆熱となる・胃に有余すれば,消穀にして善く飢え・尿色が黄なり・気不足すれば,身の前が皆寒慄し,胃中が寒なれば脹満す
 [高熱による意識障害・発熱・顔面神経麻痺・口腔,鼻咽頭潰瘍・リンパ腺腫脹,扁桃炎・胸水,腹水・ 関節炎・ 胸痛(胸膜炎)・多発性関節炎・発熱・胃腸症状・ビリルビン尿?・腹水]

 以上より、推測される疾患名は全身性エリテマトーデス(SLE)。但し、医学的確定は困難ですが、可能性は十分あると思われます。

 SLEは抗DNA抗体を中心とする、多彩な自己抗体(自己免疫異常)によるⅢ型アレルギー(免疫複合体)機序を主体とした病態を特徴とする疾患です。全身性の多臓器障害性の疾患であり、現代医学においても、診断のための絶対的指標は存在しません。
 診断特異性の高い臨床症状はないことに加え、「内経」編纂当時は各種臨床検査も当然不可能でしたので、SLEの症状として分類選別することは不可能であったと思われます。それでも敢えてこの様に推測したのは、記述された症状の全てが、1人の人間の症状として同時期に(時間幅はあっても)そろう疾病は他には考えられないからです。もし仮に、私の推測が正しいとすると、症候の分析能力は相当優れていたと言えます。
 記述の症状を、精神分裂様症状,鼻血,口内炎は口腔,鼻咽頭潰瘍、胸痛は胸膜炎、下肢の痛みは多発性関節炎によるものと推測すると、口腔内の潰瘍、関節炎、胸膜炎、神経学的病変(痙攣発作や精神障害)によって、SLEの診断基準の項目の内、4項目を満たすため診断できることになります。
 他の項目には、顔面紅斑、円盤状皮疹、光線過敏焦、腎病変(ループス腎炎)、血液学的異常(溶血性貧血または白血球減少)、免疫学的異常(LE細胞、抗2本鎖DNA抗体、抗Sm抗体、抗カルジオリピン抗体など)がありますが、検査を必要とするものは無論不可能です。
 胸部痛を胸膜炎と推測した根拠は『素問』「脈解篇」の記述にあります。「脈解篇」はそもそも『太素』巻八の「経脈之一」の中の「経脈連環」「経脈病解」及び「陽明脈解」の三篇の内の「経脈病解」が「脈解篇」と題されて『素問』に収められたものと言われており、『霊枢』「経脈篇」中の各経脈の病症を病理学的に説明したものの母体と考えられています。この文中に「所謂胸痛少気者.水気在臓腑也.水者.陰気也.陰気在中.故胸痛少気也」と、胸水による呼吸困難,胸痛が記されていることによります。顔面の蝶形紅斑の記載がないことは疑問ですが、典型的な形での出現はむしろ少数であり症状の一部として認識できなかった可能性が考えられます。腹水,リンパ節腫脹もSLEの症状として報告されています。
 但し、これらの症状が全て,同時に発症する訳ではなく、現代医学に於いても最終的にSLEと診断されるまでには種々の診断名をつけられ、誤診される患者さんも多く存在します。症状のみで本症を推測することは決して簡単ではありません。私の判断が正しいとするならば、相当長期的な観察と高い洞察力を必要としたはずです。

 4.足の太陰脾経につずく

追伸
本記事は、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」にも記されています。本書は、黄帝内経における臓腑経絡概念の本質を解読・検証したものです。市販はしておりませんが、希望される方には、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。


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