「是動病・所生病」とは何か-1 [黄帝内経の疾病観]

 鍼灸学の「経絡」には、その各々に特徴的な“病候(病変、症状)”があり、これを「是動病・所生病」として記述しています。私は、「是動病・所生病」とは、単一の疾患を認識して分類したものであると考えています。従って、各経絡の病候は、その記述された病症を医学的に診断可能であると判断しました。

 未だ、医科学の無い時代であったため、病症を“臓腑経絡概念”という一種の機能的複合体の変動として捉えて分類したものと推測されます。歴史的には諸説あるものの、一般的には、「是動病」は経絡の病状、「所生病」は臓器の病状として分類したものと考えられていますが、基本的には明確な区別はされていません。一般的には、経絡の走行領域に散発的に現れた症状を書き記したものであり、分類された症状群には相互に関連性はないと考えられています。これまでの研究も、記述された病症の一部についての医学的解釈はありましたが、特定の疾患・症候群として体系的に詳しく検証したものはありませんでした。従って、臨床的に利用されることもほとんどありません。 

 現在、中医学に於ける疾病分類は西洋医学の様々な病名による診断ではなく、“臓腑経絡弁証”や“八綱弁証”といった症候による分類であり、独特の診療思想を形成しています。臓腑弁証の雛形は漢代に形成され、『難経』や『金匱要略』の中の「臓腑経絡先後病脈証」に見られます。しかしながら、この体系は中医学の形成期から現代に至るまで変わることなく継承されている訳ではありません。

 私はこれまでに、「経絡」解釈の誤謬とその手法の問題点にいて書いてきました。今回は、中医学の草創期の疾病分類について、「黄帝内経霊枢」の“経脈篇”に記された「是動病・所生病」を医学的に診断し、これまでの通説を否定した私の報告(是動病・所生病の医学的解釈による経脈病候の検討(1)医道の日本誌.2003.Vol.62 No.12.147-153. 同 (2) 2004. Vol.63.2. 97-101.)から簡単に述べます。

 私は、是動病・所生病は、現代医学のような病名こそありませんが、特定の疾病の症状として正しく認識して分類しているとの印象は以前からもっていました。この考えによって、「経脈篇」に記述された症状から診断を試みていますので、やや解釈が恣意的な側面もあります。また、2千年以上も前の記述のみで診断することは無謀でもあります。しかしながら、これまでの内経の検証作業の経験から、疾病のその症候のパターン認識は相当高度であり、観察力、分析力は現代医学にも匹敵するものがあったと考えています。

 私が診断した病名の中には、相当確率が高いと思われるものからやや無理があるものまで、確実性には程度の差がありますが、それはこの作業の限界として受け止めて下さい。それでも、『霊枢』「経脈篇」が書かれた時代の疾病観を再検討することは、中医学の草創期の病態認識とその後の鍼灸学の形成過程を知る上で重要であると考えています。

「是動病・所生病」の診断結果

 先ず、正経十二経脈の病候として記された、「是動病・所生病」について医学的に診断を試みた結果を示します。()内には、私自身の印象として、診断の確実性、問題点を簡単に書いています。

1.手の太陰肺経  = 肺炎(ほぼ確定)
2.手の陽明大腸経 = 急性白血病(確定困難)
3.足の陽明胃経  = 全身性エリテマトーデス(診断学的確定困難、可能性高)
4.足の太陰脾経  = 結節性多発動脈炎(2005年に、結節性動脈周囲炎より分類変更。確定困難)
5.手の少陰心経  = 心筋梗塞(ほぼ確定)
6.手の太陽小腸経 = 流行性耳下腺炎(ほぼ確定)
7.足の太陽膀胱経 = 黄疸出血性レプトスピラ症:別名ワイル病(ほぼ確定)
8.足の少陰腎経   = 血栓性血小板減少性紫斑病(可能性高)
9.手の厥陰心包経 = リウマチ熱(ほぼ確定)
10.手の少陽三焦経 = 扁桃炎及び中耳炎の合併(ほぼ確定)
11.足の少陽胆経  = 腺熱またはトキソプラズマ症の可能性も有(いずれかにほぼ確定) 
12.足の厥陰肝経   = フィラリア症(ほぼ確定)

  以上の結果を疾患の種類によって分類すると、以下のようになります。

 感染症・寄生虫症
肺炎(肺経),流行性耳下腺炎(小腸経),黄疸出血性レプトスピラ症(膀胱経),扁桃炎(三焦経),腺熱(胆経),フィラリア症(肝経)
 膠原病
  全身性エリテマトーデス(胃経),リウマチ熱(心包経),結節性多発動脈炎(脾経)
 血液・造血器疾患
  急性白血病(大腸経),血栓性血小板減少性紫斑病(腎経)
 循環器疾患
心筋梗塞(心経)

 一般的解釈では、「是動病・所生病」とは各経絡の走行経路に現れた散発的な症状を列挙したものとして認識されています。しかしそれは誤りで、経絡の走行とは無関係な症状も含まれています。さらに、私の診断が正しければ、そもそも経絡とも多くは無関係です。この説明は後で詳しく書きます。

 正経十二経脈(手の太陰肺経~足の厥陰肝経までの12種)の病候として分類された「是動病・所生病」に記された病症の現代医学的解釈と、診断は次回以後に書いていきます。

追伸
本記事は、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」にも記されています。本書は、黄帝内経における臓腑経絡概念の本質を解読・検証したものです。市販はしておりませんが、希望される方には、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0