ケトン体による脳代謝の促進および腎保護作用 [医学一般の話題]

ケトン体とは、β-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンの総称で、絶食、低炭水化物食の摂取、激しい運動時など、体内のブドウ糖が枯渇する状態の時にブドウ糖に代わるエネルギー源として肝臓で産生される。

ケトン体の血中濃度が高くなると血液や体液が酸性になってケトアシドーシスになる(アシドーシスとは酸血症のこと)。特に、1型糖尿病患者さんのように、インスリンが不足した状態では脂肪の代謝が亢進して血中にケトン体が蓄積してアシドーシスとなる。それ故、ケトン体はケトアシドーシスを引き起こす物質として悪玉と思われ易い。

しかし、グルコースが不足した状態では、ケトン体は脳にとって重要なエネルギー源となる。ケト原性の食事、ケト原性中鎖脂肪酸の摂取や外因性ケトンは脳の代謝を促進するため、脳のグルコース代謝の悪化を特徴とする、脳における神経変性疾患を改善する可能性がある。

ケトン体の神経保護的役割を調べた脳イメージング研究において、ケトン体が脳エネルギー代謝を高め、アルツハイマー病やパーキンソン病患者の機能を緩やかに改善することがが示されている。

さらに、β-ヒドロキシ酪酸にはエネルギー源としての作用以外に酸化反応や炎症反応を抑制する作用があることが明らかとなり、心臓や脳など、様々な臓器に対する保護作用が報告されている。

腎虚血再灌流モデルマウスの腎臓では、細胞増殖に関わるFOXO3というタンパクの発現が低下し、その下流にあるパイロトーシスに関わるCaspase-1、IL-1β、IL-18の発現が上昇してパイロトーシスが亢進する。しかし、β-ヒドロキシ酪酸を投与したマウスの腎臓ではFOXO3の発現が上昇し、Caspase-1、IL-1β、IL-18の発現が低下してパイロトーシスが抑制されて腎臓機能や腎組織所見の改善が認められた。

β-ヒドロキシ酪酸がFOXO3の発現を上昇させるメカニズムにはヒストンのアセチル化が関係している。遺伝情報をコードするDNAを包んでいるヒストンがアセチル化されると、遺伝子の発現が促進されてDNAの転写が活性化する。一方、腎虚血再灌流モデルマウスの腎臓では、ヒストン脱アセチル化酵素によってアセチル基が除去され、その結果、ヒストンとDNAの結合が強固になって遺伝子の発現が抑制される。しかし、β-ヒドロキシ酪酸を投与したマウスの腎臓ではヒストンのアセチル化が亢進する。

β-ヒドロキシ酪酸は、ヒストン脱アセチル化酵素を抑制する作用を有し、ヒストンのアセチル化によるFOXO3の発現を上昇させてパイロトーシス抑制作用を発揮し、腎臓に対して保護的に作用する。
パイロトーシス:
細胞の死には、プログラム化されていない死である「ネクローシス」と、プログラム化された死の「アポトーシス」と「パイロトーシス」の3種類がある。パイロトーシスでは死の過程でIL-1βやIL-18などの炎症性サイトカインを放出することで周囲の細胞に危険を知らせると同時に、炎症を惹起する。

引用文献
Effects of Ketone Bodies on Brain Metabolism and Function in Neurodegenerative Diseases.
Nicole Jacqueline Jensen, Helena Zander Wodschow, Malin Nilsson, Jørgen Rungby
Int. J. Mol. Sci. 2020, 21(22), 8767; https://doi.org/10.3390/ijms21228767

β-hydroxybutyrate attenuates renal ischemia-reperfusion injury through its anti-pyroptotic effects.
Tajima T, Yoshifuji A, Matsui A, Itoh T, et al,
Kidney International. 2019 May;95(5):1120-1137.

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