マイクロバイオームが人間観を変える? [医学一般の話題]

 ヒトの体内に共生する膨大な数の細菌は、マイクロバイオームという構造と機能を有し、ヒトの細胞とクロストークしつつ身体の生理機能をコントロールしています。ヒトのマイクロバイオームの研究から、個人によって常在する細菌叢は大きく異なることが明らかになっています。この多様性は菌種や組成比の違いに起因し、食生活、環境、および幼少期の微生物暴露などが影響するようですが、ヒトゲノムのような遺伝性はほとんど関係せず、個人に特異的です。

 PCRによる細菌の16SリボソームRNA(16sRNA)遺伝子を指標とする、培養によらない解析法が開発されたことで、ヒト腸内には多くの未知なる「難培養性細菌」が存在することが示されました。

 このメタゲノム解析の例では、例えば、124名の欧州人の腸内細菌叢から検出された1000種の細菌種のうち、全員に共通していたのは18菌種であり、その遺伝子330万において38%しか共有されていませんでした。

 ヒト常在菌は様々な疾患と密接に関連します。関連性が明確なものは、IBD、糖尿病、大腸癌、自閉症、アテローム性動脈硬化症、メタボリック症候群、リウマチ、多発性硬化症などがあります。糖尿病では、患者群に共通した細菌の遺伝子が検出されています。また、自閉症と関連するなど、腸内細菌が脳機能にも影響を与えることが示されています。

 乳児および幼児の成長時や、女性の妊娠時では、腸内細菌叢が大きく変化することも示唆されています(以前に紹介)。また、ヒューストンのベイラー医科大学の研究者らの報告では、妊婦24人と妊娠していない女性60人の膣内のマイクロバイオームの変動を比較したところ、膣内のマイクロバイオームは出産準備期において細菌群の種類構成が劇的に変動していました。その変動は、主に種類の多様性減少が特徴でした。新生児は無菌である子宮から出た後に、膣内において初めて微生物群に接触して自分自身のマイクロバイオームを移入します。膣内のマイクロバイオームは健全な出産の成功に関与しているようです。

 菌種組成や菌種数は、健常者と様々な疾患の患者群では有意に異なることが示唆されています。IBDの腸内細菌叢では、FirmicutesとBacteroidetesの組成比が健常者より有意に減少してProteobacteriaが増加し、菌種数が減少しています。ここで、宿主側の状態の変化が細菌叢に影響するのか、逆に、細菌叢の異常が疾患発症に関与するのかが問題となります。1例として、遺伝子欠損でメタボリック症候群になったマウスの腸内細菌叢を、健全なマウスに移植したところメタボリック症候群を発症したとする報告があります。

 以前、私のもう1つのブログ(虎の門針灸院ノート)に紹介しましたが、健常者の糞便(マイクロバイオーム)を「薬」として使用する研究報告も散見されます。

 米国国立衛生研究所(NIH; National Institutes of Health)による「ヒトマイクロバイオームプロジェクト」は、ゲノム塩基配列決定技術によって健康な成人と共生する微生物群の参照データを初めて作成しました(2012年7月13日 NIHプレスリリース)。

 2012年6月14日に、Nature誌およびPublic Library of Science (PLoS)の複数のジャーナルに協調して発表された一連の研究報告において、およそ80の大学および研究機関の約200人のヒトマイクロバイオームプロジェクト(HMP; Human Microbiome Project)のコンソーシアムメンバーが5年間の研究成果を発表。

 微生物群は皮膚表面上、消化管内、鼻腔内など、人体のあらゆる部分に存在します。一部の細菌は、時に疾患を引き起こしますが、通常は宿主であるヒトと共生してヒトの生存に不可欠な機能を提供しています。

 ほぼ全てのヒトは、疾患を引き起こす微生物である病原体を保持していることが明らかになっています。しかし、病原体は健康な人に疾患を引き起こすことはなく、ヒトマイクロバイオーム(微生物群ゲノム)と共存しています。今後、なぜ一部の病原体が致死的に作用するのか、それはどのような状況下において生じるのかが明らかになる可能性があるとともに、微生物が疾患を引き起こすメカニズムの解明によって、現在の疾患概念を根本的に変える可能性があります。

 ヒトは消化に必要なすべての酵素をもっているわけではありません。腸内微生物群は、食事中のタンパク質、脂質、炭水化物の多くを吸収可能な栄養素に分解します。さらに、微生物群はビタミンや、私たちのゲノムでは生成できない抗炎症物質などを生成します。

 健康な腸管内では、脂肪の消化を助けるために細菌群が必要ですが、この機能を担うのは常に特定の細菌群であるとは限らず、細菌群は互いに機能を務めることができるようです。ヒトマイクロバイオームの構成は時間とともに変化しており、患者が病気になったり抗生物質の服用などで構成する微生物群の種類は大きく変動します。しかし、最終的に、以前の細菌型の構成とは一致しないにしても平衡状態に戻ります。

 腸内細菌叢を含め、常在する菌群は宿主の生理状態と密接に関連しており、レダーバーグの言では、ヒトの身体は“超有機体”です。我々の意識の届かぬ世界でコントロールされており、それは人体の中の“ダークマター”とも言えます。体内の細菌の状態によって、ヒトの健康や精神状態までもが影響されるなど、ヒトと細菌を総合的・有機的に捉えるマイクロバイオームの研究は、我々がこれまでに抱いてきた人間観をも変えようとしています。

引用文献
*Frank DN, et al. : Proc Natl Acad Sci USA, 2007;104: 13780-13785
*Vijay Kumar M, et al.: Science,2010; 328: 228-231
*Qin J, et al. Nature, 2010;464: 59-65
*Qin J, et al. Nature, 2012;490: 55-60
*Kostic AD, et al. Genome Res, 2012:22: 292-298
*Koenig JE, et al. Proc Natl Acad Sci USA, 2011; 108Suppl1:4578-4585

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