「瘧疾」にみる黄帝内経の病理観(1)  [黄帝内経の疾病観]

 「瘧疾(ぎゃくしつ)は『素問』瘧論篇 第35および刺瘧篇 第36に記された疾病です。本症は、一般的にマラリア(おこり)を意味すると言われています。解説書では、マラリアの原因、病理、症状、および治法などについて詳細に論じているなどと記されています。しかしながら、果たしてそうでしょうか。

 従来の中医学および漢方書は、古代の病理観の記述をそのまま解説し、その認識を診療理論としています。医学も科学も未だ無い時代の、素朴で稚拙な考えを全く検証も批判もせずにです。私には、二千年以上昔に書かれた『黄帝内経』の無謬性を盲信する、正にオカルトにも似た不可解な認識に感じられます。

 本稿では、先ず(1)として、『素問』瘧論篇 第35における、「瘧疾」についての病症とその発現理由の記述を検証することで、『黄帝内経』編纂当時の疾病観の本質を紹介します。さらに後日、(2)として、刺瘧篇 第36の記述について解説する予定です。

 瘧論篇では、先ず、「黄帝問曰.夫痎瘧皆生於風.其畜作有時何也.…」と、黄帝が、急性の疾患を「風」によって生じるものと捉え、熱発作が周期性であることの理由を質問しています。このマラリアの熱発作と病因としての「風」の認識に、『黄帝内経』の稚拙さと、現代中医学の根本的欠陥が読みとれます。

「痎瘧」とは、2日に一度熱発作を起こす病症を意味します。これは、熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、および卵形マラリアでは48時間毎に熱発作を起こすことから、1つの疾患として認識したものです。因みに、四日熱マラリアでは72時間です。

 「風」は、風論篇 第42に「風は百病の始である」と述べられているように、重要な病因として捉えられています。気象の変化が身体に様々な影響を与えることは周知の事実ですが、古人の「風」に対する認識は違います。風を気圧の勾配によって生じる空気の移動としてではなく、1つの何らかの物として認識しました。しかしそれは、科学的に言う「物質」ではありません。当時は未だ、空気も酸素も発見できてはおらず、「科学的な物質」の認識は存在していません。世界は、根元的物質として、木・火・土・金・水の5つによって成り立つとする、「陰陽五行説」の時代でした。

 このように、『黄帝内経』の記述を理解するには現代科学の常識を排除し、当時の自然科学のレベルで解釈すべきです。「風」は「突然やってくる何か」であり、これを突然発症する様々な病気の原因として捉えたのです。

 話を戻しますと、岐伯はその理由を答える前に症状の経過を述べています。「…瘧之始発也.先起於毫毛.伸欠乃作.寒慄鼓頷.」とは、悪寒戦慄です。あくびが何度も出るとは、恐らく、軽度の脳症の段階における、傾眠状態を指しているものと考えられます。続いて、「腰脊倶痛.寒去則内外皆熱.頭痛如破.渇欲冷飲.」と、記されています。「腰脊倶痛」の腰痛は、マラリアの症状である筋痛・関節痛の範疇であり、悪寒直後の熱発と渇き、および激しい頭痛も記されています。何れも、マラリアの3大症状の1つである高熱によるものです。但し、重症例の症状が記載されていないことに疑問は残ります。

 熱発作が周期性である理由について、「岐伯」が述べた記述を一部抜き書きしますと。

・「陰陽上下交争.虚実更作.陰陽相移也.…」陰陽が上下して争い、陰陽の虚実が相互に入れ替わると説明。

・「其気之舎深.内薄於陰.陽気独発.陰邪内著.陰与陽争不得出.是以間日而作也.」邪気は深く陰分にあるため、陰陽が抗争しても直ぐには出られず日を隔てて発作が起こる。

・「風気留其処.故常在.瘧気随経絡.沈以内薄.故衛気応之作.」風邪は侵入した部位に止まり、瘧邪は経絡に沿って循行し、衛気と合って初めて発作が起こる。

・「瘧気者.必更盛更虚.当気之所在也.病在陽.則熱而脈燥.在陰.則寒而脈静.極則陰陽倶衰.衛気相離.故病得休.…」瘧疾があると陰陽虚実が相互に入れ替わる。陽分にあると発熱し、陰分にあると冷えて静穏。極まれば、陰陽ともに衰え衛気離れて病気は休む。

・「邪気与衛気客於六府.而有時相失.不能相得.故休数日之作也.…」邪気と衛気が六府でうまく合えないことがあり、共に外に出られず数日休止する。 

 瘧論篇では、この後も症状の解説が延々と続きますが、その内容は全て、陰陽・虚実の争いや邪気と衛気が出会って熱発作が起こるなどであり、全く無意味ですので省略します。しかし、現代の中医学も、ほとん同様に病態を説明しているのです。

 その他の症状では、悪寒戦慄は陽明経の虚であるとし、太陽経(背中と頭部を巡る経絡)の気が虚すことで腰背や頭項が痛むと記されています。邪気が陽とともに外に出て陰と共に内に迫るので、陰陽内外で相互に迫るために毎日発作が生じるのだと説明しています。

 マラリアの熱発作は赤血球の破壊時に起こるもので、その周期性は赤血球に侵入したメロゾイトの増殖に要する時間によるものです。痛みは、熱発によって分泌された炎症物質によって生じます。

 当時としては、邪気や寒、陰陽・虚実など、見た目の自然現象から想像して考えた病因しか発想できず、このような単純なカテゴリーのみで分類して病態を説明する以外に手段が無かったのです。当時としてはやむを得ぬことでしたが、その後の歴史を通じて、疾病の原因や症状発現の病理学的究明は全く行われませんでした。さらに、『黄帝内経』以後の文献は、もっぱら古典に準拠した説明に終始し、医学的には衰退しました。

 今もなお、「風」などの古代の病因論を批判することなく、そのまま踏襲していることに何ら疑問を感じていないのが現代の中医学です。『黄帝内経』の真価を検証することなく崇め奉り、全く進歩していないのです。

 (2)へ続く。

追伸
本記事は、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」にも記されています。本書は、黄帝内経における臓腑経絡概念の本質を解読・検証したものです。市販はしておりませんが、希望される方には、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。

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