臭い硫化水素の以外な話 [善玉・悪玉概念の否定]

 温泉や腐った卵の臭いで知られる硫化水素(H2S)は、一般には毒ガスとして知られています。しかしながら近年、硫化水素は、脳、肝臓、腎臓、血管、膵臓などで産生され、神経細胞や心筋を酸化ストレスから保護することや、平滑筋弛緩作用、海馬機能の長期増強促進作用、抗炎症作用、インスリン分泌調節、血管新生など、多様な機能をもっていることが分かってきました。

 パーキンソン病モデル動物による実験では、L-dopaよりも優れています。これは、モノアミンオキシダーゼ(MAO)を抑制する作用や、ミクログリアからのサイトカイン放出を抑制する作用によるものです。

 硫化水素の濃度が0.003ppmで、ヒトの嗅覚は察知しますが、100ppmでは麻痺し、これ以上の濃度では臭いを感じなくなります。そして、頭痛、めまい、呼吸困難となり死に至ります。その毒性が報告されたのは1713年ですが、1989年に、ほ乳類の脳に硫化水素が存在することが報告され、何らかの生理活性をもつことが予想されました。

 硫化水素に限らず、ガス状分子は細胞の脂質二重膜を容易に通過し、アクアポリンを通過する必要が無いことなどの優れた機能があります。以前は、代謝経路の末席に位置する排泄物として扱われていた、一酸化炭素(CO)、一酸化窒素(NO古くから有名)、硫化水素などのガス状分子が、神経伝達物質としてだけではなく、様々な生理活性を発揮することが明らかになってきています。

 例えば、中毒死で有名な一酸化炭素も、生体内ではビリベルジンからヘムオキシゲナーゼによって産生され、平滑筋弛緩作用があり、脳内でも機能しています。

 アメリカでは、細胞保護作用の利用として、心臓のバイパス手術の際の虚血再還流障害から心筋を保護する目的で、硫化水素を適用する第Ⅱ相試験が進められているようです。
 
 また、炎症性腸疾患(ATB-429メラミン製剤)、慢性関節炎(ATB-346)、過敏性腸疾患( ATB-284)などの治療薬が開発され、心筋障害、泌尿器疾患、リウマチ、神経変性疾患などへの応用を目的に、硫化水素を少しずつ放出するシルデナフィル、アスピリン、ジクロフェナクなども開発中のようです。

 “Gas biology”は、非侵襲的検査法、治療薬の開発など、今後の発展が期待されます。

Furchgott RF, et al., Nature, 1980, 288 ; 373-376.
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Hosoki R, et al., Biochem Biophys Res Commum, 1997 ; 237: 527-531.
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