絞扼性神経障害の針灸治療(emancipation method : EM) [鍼治療の臨床]

 私が考案した、絞扼性神経障害(entrapment neuropathy)に対する基本的治療手技を紹介し、具体例として、橈骨神経の絞扼性障害(radial tunnel syndrome)について説明します。
 
 絞扼性神経障害(entrapment neuropathy)は、Kopell ,Thompson(1963)らによって提唱された概念です。本症は、末梢神経が、靱帯や筋起始部の腱性構造物などにより形成された線維性または骨線維性のトンネル内で、圧迫など何らかの機械的刺激を受けて生じる限局性神経障害を総称したものです。
 
 末梢神経はその走行中に複数の箇所で結合織性固定をうけるため、これらの部位では神経自体の伸延性に乏しく、圧迫などの機械的刺激によって損傷を受けやすいことが知られています。このような部位は全身に多く存在するため、日常診療において比較的頻繁に見られる疾患です。
 通常は自然発生的な絞扼によるものを指しますが、外骨腫やガングリオンによる神経障害も、entrapment pointが発症因子となっているとの観点から広義には本症に含めています。また、本疾患を発生させる内因性の要因として、妊娠、出産、更年期障害を含めた内分泌異常、代謝性疾患、アルコールやシンナー中毒などがあります。

病態

 本症の神経障害(Seddon1943の分類)は、非変性型のneurapraxiaからWaller変性型障害(axonotmesis, neurotmesis)におよぶ移行型がみられます。また、neurapraxiaには3種類の障害があると言われています。第1は、絞輪部での阻害を伴う電解質の不均衡によるもの。第2は、神経上膜における静脈環流障害による神経束内の毛細血管での酸素欠乏状態。第3は、圧迫剪断力による神経線維の構造上の変化をもたらす機械的なもので、これには2つの基本的な超微細構造変化があります。第1の型は、絞輪間部分の部分的先細りを伴う髄鞘の球状変化であり、第2は、Ranvier傍絞輪部の重積嵌頓です。
 本症の成因としては、Fullerton, Lundborg, Ochoaに代表される、機械的圧迫を主因とする説と、SunderlandやGarvanによる、血行障害を主因とする説に分かれています。Garvanは、慢性の閉塞性障害での大径有髄神経線維の減少は繰り返し起こる阻血によるとしています。これに対し、Nearyは、subclinikal(症状が現れていない段階)な症例においてすでに髄鞘の形態的変化が生じていたことより、機械的変形が主因であると主張しています。 

一般的症状
 
 本症の症状は、絞扼された神経の支配領域の疼痛やしびれ感であり、疼痛部位は漠然として患者自身正確に指摘できない場合も多い。運動神経が障害された場合には症状の進行によっては運動麻痺が起こります。安静時痛や夜間痛も特徴です。絞扼部位によっては、特定の肢位や運動方向が症状と関連します。長期間症状が続いている者でも、途中に無症状の期間があり再発を繰り返すことがしばしばあります。
 同一の神経が複数の部位で絞扼される重複性絞扼性神経障害(Double lesion neuropathy:根本)もしばしば認められます。1973年、UptonとMcComasは手根管症候群や肘部管症候群の115例中85例(70%)に頸椎症性神経根症を合併していたと報告し、double crush hypothesisを提唱しました。1983年、根本は軽微な圧迫によってsubclinical neuropathyに陥っている神経幹は、圧迫部以遠の新たな圧迫に対し易損性であることを実験的に証明しました。原因としては、軸索流の障害により同一神経の遠位部ではさらに障害されやすくなると考えられています。臨床上、頚部神経根症.胸郭出口症候群およびGuyon管症候群との合併はまれではありません。私の経験でも、腰痛に梨状筋症候群や腓骨管症候群が合併する患者はsubclinicalな症例を含めるとかなり多いのではないかとの印象をもっております。

一般的所見

1)患者が訴える部位には通常圧痛はない
2)固有神経支配領野に知覚障害を認める
3)絞扼点に圧痛やTinel’s signを認める
4)運動神経では障害の程度により、運動障害を認める
5)外傷や手術後の瘢痕による障害でなければ、絞扼点は各神経によりほぼ一定している
6)特定の肢位や運動方向で痛みが誘発.増悪する(症候性でないことの証明)。
7)絞扼に関与する筋の緊張・硬結の存在

entrapment point(絞扼点)

1)筋・筋膜貫通部、
2)筋・腱の縁、腱弓(arcade of Frohse , Struther’s arcade など)
3)筋間の膜様構造物
4)fiblous band
5)osseofibrous tunnel
6)外骨腫、ガングリオン、種子骨(fabella)
1)その他(蛇行する血管や静脈瘤による圧迫、筋膜上・関節包・骨表面のどでの癒着

針治療法

★ 特発性の本症では、筋の異常な緊張spasmが直接・間接的に関与しているため、これらの筋の緊張緩和を基本目的とします。(1~5に共通).総腓骨神経の絞扼にfabellaが要因となっている場合でも、筋の緊張が間接的に刺激や圧迫に関与しているため、これらの筋への施鍼は有効です。
 運動麻痺の筋や知覚障害部位への施鍼によって、回復が促進されるかは現時点では不明です。
★entrapment pointへの施鍼(私が考案した方法、2~5に共通)
 本症への治療はこの刺法が中心となります。絞扼点を性格に求め、刺入により抵抗を感じた位置で小刻みに施捻し、筋などの索状物が巻き付く感覚を得た場合は緩めずに、そのまま速やかに小振幅に引き上げるものです。通常は垂直に刺しますが、Morton病ではentrapment pointである中足骨頭間へ施鍼する際、神経を避けるように垂直方向よりもやや内側か外側に針先を向け刺入してこの刺法を行います。
 絞扼部位・状態によっては、抜針後に刺絡抜罐法を併用することでより効果的な場合があります。但し、抜罐法は4.5.などの絞扼点が皮膚から浅い位置にある疾患で、一種のcompartment syndromeの状態にあるか、炎症を併発している場合に効果的と考えています。例として、足根管症候群の足根管部位や屈筋支帯.伸筋支帯下での絞扼に対する施針などです。
 6.7.の場合、基本的に針治療は無効ですが、先述したようにfabellaが存在していても治療効果は期待できます。鍼治療が無効かすぐに再発する場合はガングリオンなどの何らかの占拠性病変か器質的要因が強い状態が予想されます。針治療は、保存的治療の有効性の判断と同時に、診断的価値もあります。
 慢性絞扼性神経障害の実験モデルの研究では、発症の引き金は、神経-血液関門の破綻であり、完成した病態は一種の慢性的なminiature compartment syndromeであると言われています。鍼治療の作用機序は不明な点も多いのですが、私が行った針治療で多くの症例が著効を示したことより、これらの症例は、神経の障害の分類ではNeurapraxiaに相当しSanderlandの第1度障害と思われます。中でも、神経上膜における静脈環流障害が主因と考えられ、
 私の針治療法は、絞扼された神経周囲の環境に対する総合的な除圧効果による静脈環流障害の改善と、骨線維性のトンネル内や筋膜貫通部での神経のglidingの改善に寄与しているものと推測されます。

治療上の注意

 鍼灸院での本症のは軽症例が多く、診断と治療が正確であれば治療効果は高く早期に軽快します。しかしながら、中には重度の運動麻痺を起こした手根管症候群などの患者が来院することもあります。特に、運動麻痺がある場合は障害の程度を正しく診断して針治療の適否を判断することが求められます。痛みやしびれ感が速やかに軽快したならば、絞扼要因の軽減が期待でき筋力の回復を待ちます。Sunderlandによる1度損傷であれば数週以内に筋力は回復するはずであり、2度損傷(axonotmesis)では、筋位筋で2~4ヶ月を要します。この場合、Tinel’s signの抹消への伸展が神経再生の目安になります。神経再生の速度は1日1~4㎜です。この程度の障害までが保存的治療の限界と考えるべきです。経過観察を慎重に行い回復の徴候の有無により針治療の継続の是非を判断し、必要があれば専門医へ紹介し手術を勧めることも必要になります。
 実際には、同一神経幹内には種々の程度に変性した神経線維が混在しているため、分類が困難なこともあります。また、神経には吻合や分岐の破格も多く、典型的な麻痺症状を示さない不全型も多く存在することも留意すべきです。

橈骨神経の絞扼性神経障害(本幹.後骨間神経・Radial tunnel syndrome)

 本症は、Capener ,Somerville,Kopellらによって難治性テニス肘の原因として報告され、その後、Roles,MaudsleyらによってRadial tunnel syndromeとして報告されました。Wernerは肘外側痛の5%が本症であると報告しています。

解剖・原因 (図を参照))
 橈骨神経本幹の外側上腕筋間中隔貫通部、またはその手前のfibrous arch部でも起こります。腕橈関節裂隙付近で分岐した神経は、短橈側手根伸筋の線維性辺縁と回外筋入り口のarcade of Frohseや、この直前を横切る反回動静脈などによっても圧迫されます。また手術による報告では、橈骨小頭の直上で線維脂肪組織および関節包との癒着によるものもあります。

診断
 多くは肘外側の疼痛を訴えますが、前腕背側や手背.中指背側基部の痛みを主訴とする場合もあります。肘関節から4~5㎝遠位の橈骨神経上に圧痛があり、Tinel’s signを認めることで診断します。深枝では皮膚知覚支配域はないので知覚検査は使えません。(皮膚知覚はありませんが、橈骨手根関節より手根中手関節背側靱帯の知覚を支配するため、この付近の痛みを訴えることもあります)抵抗下の回外や手関節伸展で痛みが再現されます。運動麻痺は長・短母指伸筋.固有示指伸筋.総指伸筋.小指伸筋.尺側手根伸筋などに起こりますが、通常はまれです。
 Middle finger testは Roles(1972)らがradial tunnel syndromeのテストとして提唱しましたが、診断上の特異性はなく、Wernerも指摘しているようにテニス肘との相関性が高いと思われます。


 異常感覚性手有痛症(橈骨神経浅枝・cheiralgia paresthetica ・Wartenberg’s 病)
 本症は、橈骨神経浅枝(知覚枝)の単独障害で、1932年にWartenbergが提唱した疾患名です。


解剖・原因
 橈骨神経は上腕筋と腕橈骨筋の間を経て肘窩に達します。筋枝および関節枝を分枝した後深枝と浅枝に分岐します。浅枝は分岐後は腕橈骨筋に被われながら前腕外側を下行し、前腕中1/3と遠位1/3の境界付近で腕橈骨筋腱と長橈側手根伸筋腱の間を通って深筋膜を貫き皮下に出ます。その後、橈骨茎状突起のやや近位で2本に分かれ、手関節付近でさらに細かく分かれて手背および指背の近位に分布しこの部分の知覚を支配します。
 伸筋群の強い収縮や前腕の回内・回外.手関節の尺屈などの動作の繰り返しによって、深筋膜や腕橈骨筋腱により絞扼されます。

診断
 橈骨神経浅枝支配域内に限局した知覚障害とentrapment pointにTinel’s sign認めることで診断.前腕の回内で痛みやしびれは増強もしくは誘発されます。de Quervain氏病を鑑別します。本症でもFinkelstein’s testが陽性となる可能性があるので注意する必要があります。圧痛点の違いを正確に調べ、橈骨神経深枝および本幹の絞扼の有無も確認します。

鑑別すべき他の疾患

de Quervain狭窄性腱鞘炎
 1895年スイスのde Quervainにより報告されました。橈骨茎状突起部と伸筋支帯第1区画とで囲まれた、長母指外転筋腱と短母指伸筋腱の摩擦により生じた機械的炎症です。
Finkelsteinテストは、本症に特有なもので、母指を握りこませ、手関節を他動的に尺屈させると疼痛が誘発されます。岩原-野末の徴候では、手関節最大屈曲において、自動的に母指最大外転(APL)と母指最大伸展(EPB)を行わせ疼痛の誘発を調べます。

Intersection syndrome
長母指外転筋と短母指伸筋の筋腹が長・短橈側手根伸筋腱と交差する部位(手関節より約4㎝近位)の軋音性腱周囲炎です。地方によっては「そらで」.「こうで」などと呼ばれています。

橈骨茎状突起炎
 腕橈骨筋の付着部炎で、Finkelsteinテストは陰性です。

 一般に、不定の疼痛やしびれ感などの愁訴は、その原因を中枢である頸椎や腰椎に求めやすいため、他の疾患と誤診されている患者さんも多く見かけます。この原因として、特定の有名な絞扼性神経障害を除けば、診断の際に本症を鑑別にあげないこと、また、X線などに頼り過ぎて局所の診察が不十分なことが考えられます。
 臨床的には、問題を引き起こす部位はほぼ決まっており、この疾患を念頭において診察することで診断は比較的容易です。また、手術を必要とするような重症例は少ないため、治療が適切であれば比較的に即効性が認められます。本稿は「全日本鍼灸学会東京地方会講演」の際の、配布用資料として作成した原稿の一部を示したものです。


図5.jpg

追伸

2015年3月22日に、「絞扼性神経障害の鍼治療」を出版しました。市販はしていませんが、個人的に販売しています。詳しくは、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。
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