「肝」にみる、内経の蔵象観-1. [蔵象観の起源と真実]

 現在の針灸学の原典である、「黄帝内経素問・霊枢」(以下、内経と略)中に記された“肝”に関する機能と病症を再検討すると、現在の中医学の臓腑弁証における“肝”との根本的な違いや問題点が明確になります。

 私は、内経の各篇の中でも最古の作と言われている“素問:大奇論篇”および、“脈解篇”の中の病症記述に注目しました。大奇論篇中の「肝雍」を肝硬変・脈解篇の「頽疝」はフィラリア症であると推測し、この病態認識と肝臓の肉眼的観察による機能の推測が「肝」の蔵象観の起源となったものと考えています。

 内経医学は、臨床観察と度量を中心とした実証的合理性と体系性を備えており、現代医学にも通じる内容を持っています。その内容は、内経以後の思弁的な中医学に比較して遥かに優れたものです。特に、病症観察の能力は高く、その記述は病態観察の長期的集積であり、内経の疾病観を知る上で実質的な価値があります。

 現在の中医学では、蔵象観(臓器の生理観)とは、個々の臓器の医学的生理機能を超越した、複数の臓器の機能を包括したものとする解釈が常識となっています。しかしながら、現在の中医学における臓腑弁証は、「内経」を誤って解釈した理論に、近代になって輸入された西洋医学を都合良く当てはめて構築した、極めて危うい理論であると考えています。

 内経以後の中医学は、特定の疾患として認識した症状群の意味を理解できず、個々の症状を断片的に捉えました。これらの断片的な症状に類似する、他の疾患の病症を無秩序に集約して臓腑の病症観・弁証法(診断)を構築しました。

 その後、思想的完成によって原典本来の意味は忘れ去られました。さらに、近代以後に輸入された西洋医学を無秩序に借用し、内経の記述には存在しない病症まで加えて恰も古代より認識していたかのごとく記述し、中医理論の医学としての先見性や正当性を主張しています。しかしながら、これは詭弁に過ぎません。

 私が、内経中より抜き出した肝に関連する病症記述で、特定の疾患名をほぼ確定できたものは計10種類(不明3)です。以下に、各篇名と、その中の「病症・名」=推測される疾患名として示しています。(疾患別に揃えていますので、各篇の順番とは異なっています)

 病症名”は、文頭に「肝病者~、謂~、故曰~、~病名曰~、」などと記述され、その後ろに各症状が記載されているものを疾患名と判断しました。


 内経に記された「肝」に関連する病症名と、推測される医学的疾患名

素問:大奇論篇    「肝雍」     = 肝硬変
                「肝脈小急」  = てんかん発作
               「心肝澼・脈小沈」    =  赤痢    
             「肝満,癖,石水,風水,疝」=  フィラリア症
素問:脈解篇     「頽疝」     = フィラリア症
霊枢:経脈篇     「経脈病候:肝経」 =  フィラリア症
素問:痺論篇    「肝痺者」 = フィラリア症
素問:五臓生成篇  「肝痺」 = フィラリア症
素問:玉機真臓論篇 「肝痺」 = フィラリア症
素問四時四逆従論篇 「肝痺」 =  フィラリア症
霊枢:邪気臓腑病形篇 「肝痺」 =  フィラリア症
素問:刺熱篇     「肝熱病」 = 日本脳炎
素問:痿論篇     「肝気熱」 = 日本脳炎
素問:刺瘧篇    「足厥陰之瘧・肝瘧」 = マラリア
霊枢:本神篇      「 肝悲衰動中」 = 狂犬病
素問:熱論篇    「傷寒一日~六日」 = 髄膜炎
素問:臓器法事論篇 「肝病者」 = ムンプス?
素問:五臓生成篇 「下実上虚」 = メニエル病
素問:厥論篇 「厥陰之厥・厥陰之厥逆」 =  ?
素問:標本病伝論篇 「肝病」 = ?
霊枢:終始篇    「厥陰終者」 = ?

 これらの病症名に説明された各症状と、診断の根拠は次回以後に述べます。
 
 今回は、「肝」の機能として、具体的に記された内容を簡単に説明し、「肝」の機能および病症について記された原文の抜粋を示します。

 各篇に記された肝の機能は、「蔵血,生血気,思惟,主筋,主目」のみですが、現在の中医学書では、さらに多くの機能が書き加えられています。内経を編纂した人々が考えた肝臓の機能とその発想については後述します。

 素問・霊枢における、「肝」の機能と病症に関する記述の抜粋

素問:上古天真論篇第1 
「…七八肝気衰.筋不能動.…」

素問:四気調神大論第2
「…此春気之應.養生之道也.逆之則傷肝.夏爲寒変.…」

素問:金匱真言論篇第4
「東方青色.入通於肝.開竅於目.蔵精於肝.其病発驚駭.…」

素問:陰陽応象大論篇第5
「…酸生肝.肝生筋.筋生心.肝主目…」

素問:六節蔵象論篇第9
「…肝者.罷極之本.魂之居也.其華在爪.其充在筋.以生血気…」

素問:五臓生成篇第10 
「…肝之合.筋也.其栄爪也.其主杯也.脾之合.肉也.其栄唇也.其主肝也.…」「
…故人臥血帰於肝.肝受血而能視.足受血而能歩.掌受血而能握.指受血而能攝.凝於脈者爲泣.凝於足者爲厥.此三者.血行而不得反其空.故爲痺厥也…」「…徇蒙招尤.目冥耳聾.下實上虚.過在足少陽厥陰.其則入肝.…」「青脈之至也.長而左右弾.有積気在心下.支胠.名曰肝痺.得之寒湿.興疝同法.腰痛足清頭痛.…」

素問:診要経終論篇第16
「…厥陰終者.中熱.嗌乾.善溺.心煩甚.則舌巻.卵上縮而終矣…」

素問:脈要精微論篇第17
「…肝脈博堅而長.色不青.実病墜若博.因血在脇下.令人喘逆.其耎而散.色澤者.実
病嗌飲.嗌飲者.渇暴多飲.而易入肌皮腸胃之外也.…」

素問:平人気象論篇第18
「…肝蔵筋膜之気也…」

素問:玉機真臓論篇第19
「…病名曰肝痺.一名厥.脇痛出食.…」

素問:臓気法時論篇第22  
「…肝病者.両脇下痛引少腹.令人善怒.虚則目流流無所見.耳無所聞.善怒.如人将捕之.…気逆則頭痛.耳聾不聦.頬腫.…」
 
素問:宣明五気篇第23
「…肝爲涙.…肝蔵魂.…肝主筋.…」

素問:熱論篇第31
「…傷寒一日.巨陽受之.故頭項痛.腰脊強.二日陽明受之.陽明主肉.其脈狭鼻.絡於目.故身熱目疼而鼻乾.不得臥也.三日少陽受之.少陽主膽.其脈循脇絡於耳.故胸脇痛而耳聾.三陽経絡.皆受其病.而未入於蔵者.故可汗而己.四日受太陰受之.太陰脈布胃中.絡於嗌.故腹満而溢乾.五日少陰受之.少陰脈貫腎.絡於肺繋舌本.故口燥舌乾而渇.六日厥陰脈循陰器而絡於肝.故煩満而嚢縮.…

素問:刺熱篇第32   
「肝熱病者.小便先黄.腹痛多臥.身熱.熱争則狂言及驚.脇満痛.手足躁.不得安臥.
…肝熱病者.左頬先赤.…」

素問:刺瘧篇第36
「足厥陰之瘧.令人腰痛.少腹満.小便不利.如癃状.非癃也.数便.意恐惧.気不足.腹中悒悒.」「…肝瘧者.令人色蒼蒼然.太息.其状若死者.刺足陰見血…」

素問:気厥論篇第37
「…脾移寒於肝.癰腫.筋攣.…」「…脾移熱於肝.則為驚衄.…」

素問:咳論篇第38
「…肝咳之状.咳則両脇下痛.甚則不可以転.転則両胠下満.…」

素問:挙痛論篇第39
「…寒気客於厥陰之脈.厥陰之脈者.絡陰器.繋於肝.寒気客於脈中.則血泣脈急.故脇肋与少腹相引痛矣.厥気客於陰股.寒気上及少腹.血泣在下相引.故腹痛引陰股.…」

素問:刺腰痛篇第41
「…厥陰之脈令人腰痛.腰中如張弓弩弦.刺厥陰之脈.在湍踵魚之外.…」

素問:風論篇第42
「…肝風之状.多汗悪風.善悲.色微蒼.嗌乾善怒.時憎女子.…」

素問:痺論篇第43
「…筋痺不己.復感於邪.内舎於肝…」「…肝痺者.夜臥則驚.多飲数小便.上爲引如懐.…」「…淫気乏竭.痺聚在肝.…」

素問:痿論篇第44    
「…肝主身之筋膜.…」「…肝気熱.則膽泄口苦.筋膜乾.則筋急而攣.発爲筋痿…」

素問:厥論篇第45
「…厥陰之厥.則少腹腫痛.腹脹.涇溲不利.好臥屈膝.陰縮腫.髄内熱.…」「…厥陰厥逆.攣腰痛.虚満前閉.譫言.…」

素問:大奇論篇第48
「 肝満.腎満.肺満.皆實.即爲腫.…」
「…肝雍.両胠満.臥則驚.不得小便.…」
「肝脈小急.癇瘛筋攣.肝脈騖暴.有所驚駭.…」
「腎脈小急.肝脈小急.心脈小急.不鼓.皆爲癖.腎肝并沈.爲石水.并浮爲風水.并
小絃欲驚.腎脈大急沈.肝脈大急沈.皆爲疝.…」「心肝澼亦下血.二蔵同病者可治.其脈小沈濇爲腸澼.其身熱者死.熱見七日死.…
脈至如散葉.是肝気予虚也.木葉落而死.」

素問:脈解篇第49  
「…厥陰所謂頽疝.婦人少腹腫者.厥陰者辰也.三月陽中之陰.邪在中.故曰頽疝少腹腫
.所謂腰脊痛不可以俛仰者.三月一振.栄華萬物一俛而不仰也.所謂頽?疝膚脹者.曰陰
亦盛而脈脹不通.故曰頽癃疝也.所謂甚則嗌乾熱中者.陰陽相薄而熱.故嗌乾也…」

素問:刺要論篇第50
「…筋傷則内動肝.肝動則春病熱而筋弛.…」

素問:調経論篇第62
「…肝蔵血.…」

素問:四時刺逆従論篇第64
「厥陰有余.病陰痺.不足.病生熱痺」「…不足.病肝痺.滑則病肝風疝.…」

素問:標本病伝論篇第65
「…肝病頭目眩.脇支満.三日体重身痛.五日而脹.三日腰脊少腹痛.脛痠.三日不己.死.…」

素問:至真要大論篇第74
「諸風掉眩.皆属於肝.…」

霊枢:邪気臓腑病形篇第4
「…肝脈急甚者爲悪言.微急爲肥.気在脅下.若覆杯.緩甚爲善嘔.微緩爲水瘕痺也.大甚爲癰.善嘔衄.微題爲肝痺陰縮.欬引小腹.小甚爲多飲.微小爲消癉.滑甚爲癪疝.微滑爲遺溺.濇甚爲溢飲.微濇爲瘛.攣筋痺.…」

霊枢:本神篇第8   
「…肝悲衰動中.則傷魂.魂傷則狂忘不精.不精則不正.常人陰縮而攣筋.両脅骨不
挙.毛悴色天.死於秋.…」
「…肝蔵血.血舎魂.肝気虚則恐.実則怒…」

霊枢:終始篇第9
「…厥陰終者.中熱.嗌乾.喜溺.心煩.甚則舌巻.卵上縮而終矣…」

霊枢:経脈篇第10    
「是動則病腰痛不可以俛仰.丈夫遺疝.婦人少腹腫.甚則?乾.面塵.脱色.是肝所生病
者.胷満嘔逆.飱泄.狐疝.遺溺.閉癃爲此諸病.」
「…足厥陰絶.則筋絶.厥陰者.肝脈也.肝者.筋之合也.筋者.聚於陰気.而脈絡於舌本也.故脈弗栄則筋急.筋急則引舌興卵.故唇青舌巻卵縮.則筋先死.庚篶辛死.金勝木也.…」 

霊枢:脈度篇第17   
「…肝気通於目.肝和則目能辨五色矣…」

霊枢:五邪篇第20
「…邪在肝.則両脅中痛.寒中.悪血在内.行善攣節時腳腫.…」

霊枢:脹論篇第35
「…肝脹者.脅下満而痛引小腹.…」

霊枢:本臓篇第47
「…肝小.粗理者.肝大.廣?反骰者.肝高.合脅兔骰者.肝下.胷脅好者.肝堅.脅
骨弱者.肝脆.膺腹好相得者.肝端正.脅骨偏挙者.肝偏傾也.…」

霊枢:九針論篇第78
「…肝主泣.…肝蔵魂.…肝主筋.…」

以上が内経の抜粋です。説明は次回以後です。

追伸
本記事は、拙著「中医学の誤謬と詭弁:2015年1月出版」にも記されています。本書は、黄帝内経における臓腑経絡概念の本質を解読・検証したものです。市販はしておりませんが、希望される方には、個人的に販売しています。申し込み方法は、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。


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