母体中の胎児由来細胞は母親の傷害臓器の修復や自己免疫疾患発症に関連する [免疫・炎症]

妊娠中に、胎児の有核赤血球、栄養膜細胞、およびリンパ球などの胎児由来細胞が、胎盤の関門を超えて母胎内に入り長期にわたって母体内に生存し続ける胎児マイクロキメリズム(fetal cell microchimerism)が知られています。

これらの、母体に生着する多分化能を有する細胞群(pregnancy associated progenitor cells ; PAPCs)の多くが、妊娠初期に既に母体骨髄へと移行することや、母体の諸臓器に分布することが認められています。これらの胎児細胞の多くは、妊娠中期以降になると母体の免疫学的排除を受けて分娩後に速やかに消失しますが、中には数十年後も女性の血中に見いだされる細胞が存在します。

男性胎児細胞が、慢性関節リウマチ患者の母体滑膜組織と皮膚、および全身性硬化症の女性の皮膚や血液中に存在することが実証されています。

胎児マイクロキメリズムはトランス胎盤幹細胞移植として捉えることができ、この前駆未熟T細胞が自己免疫疾患の発症に関連することが示唆されています。つまり、胎児から移行したマイクロキメラのHLAの類似性が高いと母胎の免疫系によって拒絶されず残り、その後、ウイルス感染などを契機として移植片対宿主(GVH)反応が起こることが考えられます。女性に自己免疫疾患が多いこと(全身性エリテマトーデスでは女性が90%以上)の説明になる可能性があります。

また、中絶処置中に胎児の未分化前駆細胞が増加することや、妊娠第一期の中絶では、母体循環血中の胎児DNAの量は化学流産よりも外科的中絶を受けた女性に高いことが報告されています。

一方、PAPCsは特殊な細胞集団で、母体の免疫学的排除を受けないと同時に多分化能を有し、母体の傷害臓器の修復や甲状腺癌などの抑制効果などにも関与していることが報告されています。また、母体血による胎児DNA診断法は、現在の羊水穿刺や絨毛採取に変わる、新たな検査法になる可能性があります。

PAPCsは非常に興味深い細胞集団です。胎児の細胞が、その後も母体の全ての臓器に分布して様々な影響をおよぼすとともに、女性と男性の生物学的な違いを考えるうえでも示唆に富んでいます。

追伸
「胎児マクロファージが上皮間葉転換の誘導を通じて羊膜破裂の修復を助ける」ことが、報告されている(2022.9.)。

早産期前期破水(pPROM)と呼ばれる羊膜嚢の前期破裂は、早産の第一位の原因である。しかし場合によっては、このように破裂した膜が自然に治癒することがある。カワムラ(京都大学)らは、羊膜と呼ばれる羊膜嚢の最も内側の上皮細胞層の修復機構を調べた結果、ヒトおよびマウスの羊膜の破裂部にはマクロファージが動員されており、その破裂部には「上皮間葉転換(EMT)」、すなわち、間葉系の特性が上皮細胞にもたらされるという組織修復に重要なプロセスの徴候が認められた。

すなわち、胎児マクロファージは、羊膜の破裂部を取り囲む上皮細胞に「上皮間葉転換(EMT)」を誘導することで、羊膜の修復を促している。

引用文献

Ralph P Miech.
The role of fetal microchimerism in autoimmune disease.
Int J Clin Exp Med. 2010; 3(2): 164-168.

Stephanie Pritchard, Diana W. Bianchi.
Fetal Cell Microchimerism in the Maternal Heart: Baby Gives Back
Circulation Research, 2012, 110: 3-5.
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Boddy AM, Fortunato A, Wilson Sayres M, Aktipis A,
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Cirello V, Colombo C, Perrino M, De Leo S, et al.,
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Int J Cancer. 2015 Jun 23. doi: 10.1002/ijc.29653. [Epub ahead of print]

Florim GM, Caldas HC, de Melo JC,
Fetal microchimerism in kidney biopsies of lupus nephritis patients may be associated with a beneficial effect.
Arthritis Res Ther. 2015 Apr 15;17(1):101. doi: 10.1186/s13075-015-0615-4.

Yosuke Kawamura, Haruta Mogami*, Eriko Yasuda, et al.
Fetal macrophages assist in the repair of ruptured amnion through the induction of epithelial-mesenchymal transition
SCIENCE SIGNALING 13 Sep 2022 Vol 15, Issue 751 DOI: 10.1126/scisignal.abi5453

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