糖新生の抑制が細胞寿命を延長する [栄養の話題]

昨年8月の文献で、細胞レベルの話ですが、極端な糖質制限食を推奨するダイエット法の、その根拠の1つとしている「糖新生」についての問題点を示す報告を紹介します。

カロリー制限(CR)などのエネルギー代謝抑制は、細胞長寿の主要な決定因子と言われています(ヒトの寿命を延長するかは不明)。一方、体内で糖を生合成する「糖新生」によって酵母細胞において老化を起こすことが知られていますが、その役割は未解明でした。

この研究では、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)をコードするtdh2遺伝子の欠失によって、酵母細胞内の解糖および糖新生に関与するタンパク質を抑制することが示されています。

TDH2の削除は、酵母サーチュイン(☆)をエンコードするHST3とHST4の遺伝子が欠失する細胞において時系列で寿命を復元し、糖新生の活性化を抑制します。さらに、tdh2遺伝子欠失がCR経路依存的に寿命を延長させます。これらの知見は、糖新生の抑制が効果的に細胞寿命を延長することを示しています。(この論文は、インターネットで全文読めますので、詳しくは原文をお読みください。)

糖新生(Gluconeogenesis)とは、乳酸、ピルビン酸、アミノ酸、プロピオン酸などから、ほぼ解糖系を逆行してD-グルコースをつくる反応経路を言います(複数の経路が有り、使用される酵素に違いがあるなど、厳密には同一ではない)。糖新生は、飢餓状態において体内でグルコースを作るための反応と思われがちですが、実際には、食餌後数時間で相当な割合を糖以外から作りだしています。

前述したダイエット法は、この糖新生によって糖質を生合成できるので糖質を食べる必要はなく、むしろ嗜好品と呼べるものであって有害ですらあるとする考えです。

それは、たまたま見つけた本に書いてあったことで、タイトルは「炭水化物が人類を滅ぼす;光文社新書 “傷はぜったいに消毒するな”の提唱者による著書」です。読み物としてはそこそこおもしろかったのですが、基本的な間違いがいくつか見られましたので、浅学の身ではありますが、簡単に説明します(間違いがあればご教授ください)。


「カロリー数への疑問」として、「細胞内の代謝と大気中の燃焼は全く別の現象である。」と記されています(p.166~167)。結論を言えば、エネルギー的には全く等価であり、間違いです。


「動物界を見渡すと、食物に含まれるカロリー以上のエネルギーを得ている動物が多数存在する。」と記されていますが、これも誤りです。

カロリー計算では、人間が消化できないセルロースなどを除いて計算しているためです。これらの動物は、腸内のバクテリアがセルロースを分解し、その結果産生された脂肪酸をエネルギー源としています。しかし、口から入れた固形物から排泄物を差し引いた分のエネルギーの総量は、途中にバクテリアが介在しようとも変わりません。口から入れた食物以上のエネルギーを得ることはありません。この著者は、熱力学の第1法則を理解できていません(無論、熱力学の第2法則に基づくエネルギー変換にともない、エネルギーは周囲に散逸しますが。)。


科学朝日に掲載された論文の、「骨で見分ける古代人の生活ぶり」から、穀物栽培が始まった時人間は栄養不足に見舞われた、とする文章を引用しています(P.320~321)。

この論文では、トウモロコシを主食とする農耕社会となった、ハーディン・ビレッジ遺構(西暦1500 ~1675年)では、それ以前の狩猟採集社会と比較して4歳未満の死亡が多くなったと報告されているようです(私は、原文も科学朝日も読んでいません)。

著者は、乳幼児の死亡が多くなったのは、トウモロコシの粉を使った粥を離乳食として与えたことによるもので、糖質しか含まない食餌によって、乳幼児が下痢を多発して低タンパク血症を起こしたことが原因であると述べています。

しかし、この説明は、自説に誘導するための恣意的なものです。

トウモロコシは必須アミノ酸の1つである、トリプトファンが欠如しています。トリプトファンからはナイアシン(Niacine別名ニコチン酸)が生合成されます。つまり、トリプトファンの欠如によってナイアシンが欠乏し(肉、魚、落花生、酵母などに含まれる)、その結果、ペラグラ(皮膚炎・下痢・痴呆・死亡)を発症します。したがって、糖質中心であることが直接的な原因ではなく、必須アミノ酸が欠如しているトウモロコシを主食とした、偏食が原因です。

「糖新生」の経路では、アセチルCoA4モルからグルコース1モルと二酸化炭素2モルに変換されます。このメカニズムは、飢餓、動物の産卵胚や冬眠中の生存、イヌイット(昔)の糖質を食べない生活などの生化学的説明や、アトキンスダイエットとして糖質削減、ケト原性ダイエットの効率性を説明することに繋がるとも言えます。

しかし、注意すべきは、生肉のみを食べていた時期のイヌイットの平均寿命は低く、1960年代頃で30歳ないしは40歳前後でした。その原因を、乳幼児死亡率が非常に高かつたとする意見もありますが、正確な統計データがある訳ではありませんので信憑性はありません。むしろ、30歳を過ぎると急に老け込んだとする目撃談に、意味があるものと思われます。前述した研究結果から、必要な糖質を「糖新生」による合成に頼ることで、著しく短命になっていた可能性も考えられるのです。

補足
最近のニュートリゲノミクスによる研究では、摂取カロリーを30%減少させると、老化マーカー遺伝子群の発現を抑制できると言われています。

出典文献
Mayumi Hachinohe,1 Midori Yamane, et al.
A Reduction in Age-Enhanced Gluconeogenesis Extends Lifespan
PLoS One. 2013; 8(1): e54011.
Published online Jan 14, 2013. doi: 10.1371/journal.pone.0054011


サーチュイン遺伝子(SIR2)は、寿命を延ばす働きをするとして話題になりましたが、国立遺伝学研究所の小林武彦教授らは、酵母による研究で、SIR2がゲノムを安定化させることで寿命を延長させることを検証しました。

Kimiko Saka, Satoru Ide, Austen R.D. Ganley, and Takehiko Kobayashi
Cellular senescence in yeast is regulated by rDNA noncoding transcription.
Current Biology, 29 August 2013 doi:10.1016/j.cub.2013.07.048

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