デクエルバイン病(手首周辺の痛み)の話 [鍼治療の臨床]

 母指周辺に生ずる痛みの原因として、筋、腱、腱鞘に起因する疾患は頻度が高く鍼灸の臨床においても頻繁に遭遇します。これらの疾患の1つに、de Quervain 狭窄性腱鞘炎(デクエルバイン病)があります。1895年にde Quervainによって報告された本症は、日常の臨床で頻繁に遭遇する疾患です。
 
 本症は、橈骨茎状突起部の第一背側コンパートメントにおける、長母指外転筋腱と短母指伸筋腱の摩擦により生じた機械的炎症です。この両腱の間に隔壁(The intracompartmental septum)が存在する場合があり、この隔壁が危険因子になることが報告されています。この隔壁は本症患者の42%~ 91%に認められ、一般的な死体解剖における 20%~40%の存在に比べて明らかに多くなっています。また、隔壁が存在する場合には保存的治療で治りにくいことも報告されており、超音波検査はこの隔壁を検出する有効な方法です。
 
 一方、X線検査は、本症に対してルーチンに行われることはありませんが、橈骨遠位端には茎状突起にspikesや骨減少症などが見られることが報告されています。但し、これらの異常は治療結果には影響しないとされています。

症状と周辺の疾患について

 本症の症状は手首橈側(親指側)付近の痛みで、橈骨茎状突起部に腫脹と圧痛がみられます。橈骨茎状突起部では、橈骨茎状突起炎(enthesopathy)でも同様の症状がみられますし、このすぐ尺側の、第2背側コンパートメントには、短母指および長母指伸筋腱鞘炎が起きますが、本症との併発例もみられます。また、手の関節より4cm程近位にはIntersection syndromeがあります(図示)。その他にも、母指およびその周辺には母指のバネ指、ガングリオン、橈骨遠位端巨細胞腫、母指CM関節症、橈骨神経浅枝の絞扼性神経障害(絞扼性神経障害の鍼灸治療で説明済)などの疾患があります。

 局所の触診を丁寧に行い、運動器疾患の診察法を基本通りに行えば鑑別に苦慮することは少ないと言えます。本稿では、デクエルバイン病を中心にして診断法と治療法を説明し、周辺に痛みを起こす疾患として、橈骨茎状突起炎・Intersection syndrome・短母指および長母指伸筋腱鞘炎の症状と鑑別法も簡単に説明します。

診察について

 運動器疾患における診断の基本は、第1に、疼痛発生の過程を的確に聴取する。第2に、触診によって圧痛部位を確認する。第3に、自動・他動運動や抵抗下の自動運動による疼痛の誘発を確認することです。但し、一般的に腱鞘炎は中年女性に多いのですが、この場合には指の使いすぎなどの誘因が無いことが特徴ですし、妊娠などでも発症し易くなります。
 
 診断の決め手は「圧痛」と「Finkelsteinテスト」で、手術患者95例における陽性率はそれぞれ100%と99%(麻生ら)でした。圧痛は、橈骨茎状突起部の長母指外転筋腱と短母指伸筋腱上にあります。橈骨茎状突起炎(enthesopathy)でも同様の症状がみられますが、Finkelsteinテストは陰性であるため、鑑別できます。
 
 長母指外転筋腱と短母指伸筋腱のどちらが炎症を起こしているかを調べるテストがあります。それぞれの筋の働きを考えれば分かることですが、長母指外転筋は母指の外転を、短母指伸筋は伸展動作に働きますので、それぞれの動作を行えば疼痛が誘発される訳です。これは、“岩原-野末の徴候”と呼ばれるテストに応用されており、手関節を最大掌屈位にして行います。陽性率は75%と言われていますが、私の経験では、このテストが臨床に役立ったような印象はありません。僅か数ミリの範囲ですが、ほとんどの場合、処置は2本の腱のそれぞれに行う必要があるからです。尚、この局所への処置がずれていますと効果はありません。

 私は以前、自分の指を使って、抵抗下に母指の外転と伸展をして長母指外転筋腱と短母指伸筋腱を触診しましたがうまく判別できず、その理由が分からないままおりました。最近になって、超音波画像にて、隔壁が無い場合には2本あるはずの腱が1本の塊となって描出されるものが報告されています。私の場合がこのケースであると考えられますが、隔壁が無い人の全てが1本なのか、また、実際に腱が1本なのかも不明です。

 何れにせよ、私の経験の範囲では、正確な局所への処置で著効が得られています。
 
診断の要点と鑑別法

・デクエルバイン病

圧痛:橈骨茎状突起部で長母指外転筋腱と短母指伸筋腱上
Finkelsteinテスト:陽性(母指を軽く握り込ませ、手関節の他動的尺屈にて痛みを誘発)
筋の状態:長母指外転筋と短母指伸筋に緊張、硬結有
鑑別:橈骨神経支配領域の皮膚知覚の確認( 橈骨神経浅枝の絞扼障害の鑑別)  

・橈骨茎状突起炎

 本症は、腕橈骨筋の付着部症(enthesopathy)です。
圧痛:橈骨茎状突起基部外側、腕橈骨筋付着部、母指伸筋腱の掌側
Finkelsteinテスト:陰性

・Intersection syndrome

 軋音性腱周囲炎の1つです。長母指外転筋および短母指伸筋の筋腹と長・短橈側手根伸筋が、交差する部位で機械的摩擦によって炎症を起こしたものです。地方によっては「そらで」あるいは「こうで」などと呼ばれています。手作業を誘因として発症し、手の関節や母指の動作で痛み、「ギシギシ」とした軋轢音を感じます。
圧痛および疼痛部位:手の関節より約4cm近位の筋腹と腱の交差部位
Finkelsteinテスト:陰性

・短母指および長母指伸筋腱鞘炎

 第2背側コンパートメントにおける、短母指および長母指伸筋腱の狭窄性腱鞘炎。
圧痛および疼痛:デクエルバイン病の部位の尺側に疼痛、
疼痛のテスト:Finkelsteinテストは陰性、抵抗下の手関節の背屈(伸展)で疼痛誘発

鍼灸治療法について

 治療は、それぞれの腱鞘炎の発症に関与している筋の緊張を緩和することと、炎症局所への処置が中心となります。
 筋への施鍼は該当する経穴もしくは運動点に対して行いますが、原則的に置鍼はせず、散鍼します。尚、該当する筋線維の確認は、刺鍼した状態でそれぞれの指などを伸展させて鍼の動きを見れば確認できます。圧痛部へは「刺絡および抜罐法」を行います。この処置の正確な作用機序は不明ですが、コンパート内の圧の軽減や、何らかの抗炎症効果が考えられます。施術直後に誘発テストを行い、疼痛の軽減を確認します。効果が不十分であれば、ポイントがずれているか、炎症範囲が広いことが考えられますので、再度、圧痛点を確認して同様の処置を行います。私の治療法では通常数回の治療で軽快します。これは、腱鞘炎一般に言えることですが、炎症部位が同時に複数存在するか、広範囲におよぶもの、または手術後に癒着している場合などはその程度によって異なります。

注意)

 炎症局所への置鍼、または温熱療法や電気刺激は治癒を遅らせるだけではなく、多くは悪化させますので禁忌です。これらの治療はほとんどの整形外科や鍼灸院で行っていますが、炎症局部への置鍼、電気・温熱刺激は火に油を注ぐ行為と同じであり、理学療法の常識からみても本来あり得ないことです。長期間の通院で軽快しない患者さんのケース(私のブログへの質問の多く)がこれに相当します。また、局所へのステロイド注射は、抗炎症効果は強いのですが繰り返し行いますと腱そのものを弱くします。

 尚、引用文献は省略しました。
de qervain's desiase.jpg

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