肩関節周囲炎は棘上・棘下筋のenthesopathyが圧倒的に多い [鍼治療の臨床]

 私は、棘上筋および棘下筋の付着部症(enthesopathy)が、肩関節周囲炎(五十肩)の原因疾患の中で最も多いと考えています。enthesopathy の提唱者であるNiepelも、肩関節周囲炎における大結節付着部および、三角筋の肩峰付着部のennthesopathyの重要性を指摘しています。前田らは、肩関節周囲炎の内62.2%がenthesopathyであると報告しています。
 
 また、私が考案した、付着部症(enthesopathy)への基本的刺法(ET鍼)によって、安定した治療効果が得られることも根拠の1つになっています。 

 肩関節周囲炎は、多くの人が知っているありふれた疾患ですが、その割には、全ての患者さんが満足の得られる様な確実な治療法は以外にありません。整形外科等でも、石灰沈着性腱板炎の様に注射が著効を示す場合を除けば、自然治癒まかせの印象があります。私も、開業後10年程は試行錯誤を重ねていました。

 その要因として、五十肩(肩関節周囲炎)は複数の疾患の総称であること,原因が明確でない場合も多い,症状の程度も個人差が大きいなどが考えられます。原因疾患としては、肩峰下滑液包炎・腱板炎・上腕二頭筋腱腱鞘炎・石灰沈着性腱版炎・烏口突起炎・付着部症・絞扼性神経障害や第2肩関節の通過障害・関節拘縮としては、烏口上腕靱帯や肩峰下滑液包の癒着もあります。

 私も、開業当時は滑液包炎や絞扼性神経障害(腋下神経)などを想定して治療を行っていましたが、確実な効果は得られませんでした。また、私見ですが、滑液包炎の急性期では局所の腫脹が強いのですが、自発痛の割には運動制限は少なく、ADLの支障はあまりないとの印象をもっています。また、烏口突起炎も運動制限はあまりないと思われます。第2肩関節の障害は、関節拘縮の明確な患者さんを除けば、ほとんど関与していない様に思われます。

 整形外科の歴史でも、肩関節周囲炎に至るまでには、この疾患は100以上の病名で呼ばれてきました。因みに、五十肩という名称は本来は医学用語ではありません。知られている範囲では、最も古い文献は江戸時代の『俚言集覧』という雑学書に記述されています。

 私は、肩峰下滑液包炎や腱板炎が多いとする従来の説に疑問を抱いていました。この頃既に、私が考案した“ET鍼”によって、オスグッド病やテニス肘に対して高い治療効果が得られていました。その後、肩関節周囲炎の患者さんも、大結節における棘上筋および棘下筋付着部の炎症が中心であると判断し、ET鍼を行うようになりました。現在は本症に対して、明確で安定した成績が得られています。一般の鍼灸書による、肩関節周辺の経穴への刺激では明確な効果は得られません。
 
棘上筋・棘下筋のenthesopathyの診断と刺法

1)診断法(棘上筋・棘下筋)
 
棘上筋
supraspinatus test: 患者は、前腕回外位(手掌が上向き)で、肩関節90度屈曲位置から挙上するよう力を入れ、試験者がこれに抵抗を加えて、痛みの誘発を診る(このtestは、上腕二頭筋腱鞘炎の診断法であるSpeed testと共通していることに注意)。
 肩関節90度外転位で、他動的に上腕を外旋すると痛みを誘発する。逆に、内旋に抵抗を加えると痛みを誘発する。
 圧痛は、上腕骨大結節上部前面を中心にし、時に小結節にも有。

棘下筋
infraspinatus test: 同様に、回内位での挙上に抵抗を加えて痛みの誘発を診る。その他も、棘上筋の逆パターンになります。圧痛は、私の観察では、大結節の隆起の中心よりも、後縁に現れます。
  
注意)上記の鑑別法は従来の考えとは逆になっています。私の方法は、望月らによる、腱版停止部の解剖知見を参考にしています。
 簡単に説明しますと、従来の認識とは異なり、棘上筋の停止部が大結節上面に占める割合は少なく、大半を占める厚い腱性部は前方の1/3に位置します。また、小結節にも付着する場合もあります。これらの付着部と筋の走行より、その作用点は、上腕骨の長軸方向に一致する回旋軸よりも前方になります。従って、いずれの姿位においても内旋運動が主作用であると推測されます。
 棘下筋の腱性部も従来の認識とは異なり、大結節上部の上面前方部から中面にかけて広範囲に停止しています。

 この知見は重要で、従来、腱板断列は棘上筋を重視していましたが、寧ろ棘下筋の損傷が多いものと予想され、腱版損傷の患者を診療する際には注意が必要です。

治療法
 刺法は、以前に紹介した、enthesopathyに対する“ET鍼”を行います。刺入ポイントは、大まかな目安として、棘上筋では、肩峰の前方の角から末梢に2横指の部位の圧痛点(棘上筋点)に取穴します。(上腕二頭筋腱鞘炎が合併している場合もあります)
 棘下筋では、肩峰先端の前方と後方の角を底辺とする正三角形の頂点付近で圧痛点(棘下筋点)を探り、取穴します。(ここは大結節隆起の後縁付近に当たりますが、あくまでも目安であることと、坐位と背臥位では骨頭位置は変化することも考慮する必要があります。 

 この他には、小円筋の付着部症も見られます。この場合には、上記の誘発テストは陰性です。extension, horizontal adduction で痛み、圧痛点は棘下筋付着部のやや下にあります。

図 棘上筋・棘下筋・小円筋の走行と付着部および刺入ポイント
(右肩を、坐位の状態で側方向から、三角筋を透視する様に描いた模式図です)
img012.gif

追伸
本症は、最近出版した「附着部障害の鍼治療 ;2016年8月」にも記されています。詳しくは、カテゴリー「出版のお知らせ」をご覧ください。

引用文献
1) Niepel GA, et al : Enthesopathy. Clin Rheum Dis 5: 857-872, 1979
2) 前田徹 他:肩関節における退行変性に対する考察.臨床整外 26: 675-681, 1991
3) 望月智之 他:腱版停止部の新しい解剖知見.整・災外 50: 1061-1068, 2007
4) Sharkei NA et al : The entire rotator cuff contributes to elevation of the arm. J Orthop Res 12: 699-708,1994
5) Zilber S et al : Infraspinatus delamination dose not affect supraspinatus tear repair . Clin Orthop 458: 63-69, 2007
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