薬理ジェノミクス研究の矛盾 [医療クライシス]

ジェノム情報を利用して新規の抗癌剤を探索する研究が増えている。ネイチャー誌に掲載された2つの報告ではそれぞれ有望な情報が得られた。しかし、これらの実験に共通する15種類の薬と471種類の細胞株を調査した別の研究(ネイチャー誌;Benjamin Haibe-Kains, 他)では、2つの実験結果に相関性は認められず、効果があった薬は1種類のみだった。

2年後、元の研究論文の著者らが再解析を行い、「まずまず」の相関性か示されたと反論した。しかし、薬の90%以上が効果を示さなかった。一般的に、ほとんどの患者がほとんどの抗癌剤に反応しないのが現実。

1つ目は、「Systematic identification of genomic markers of drug sensitivity in cancer cells
癌細胞における薬物感受性のゲノムマーカーの体系的な同定」。ハーバード大学医学大学院に所属するMathew J. Garnett, Elena J. Edelman,らは、600種類以上の癌細胞株の化合物をスクリーニングして遺伝子指紋を取得して候補の薬に反応した癌を特定した。グループは、2012年に、これらの癌細胞で130種類の新薬候補を用いて48000回もの実験を行った。

研究者らは、「薬物活性をがんゲノムの機能的複雑性に結び付けることで、がん細胞株における系統的な薬理学的プロファイリングは、合理的な癌治療戦略を導く強力なバイオマーカー発見のプラットフォームを提供する」、と記している。

2つ目は、「The Cancer Cell Line Encyclopedia enables predictive modelling of anticancer drug sensitivityがん細胞株ライン百科事典は抗がん剤感受性の予測モデリングを可能にする」。
マサチューセッツ州にあるブロード研究所とノヴァルティス社の共同で、薬500種類の細胞株を24種類の薬でスクリーニングした。

この研究では、薬物感受性の遺伝的系統、および遺伝子発現ベースの予測変数の同定を可能にし、既知の予測因子に加えて、血漿細胞系がIGF1受容体阻害剤に対する感受性と相関することを見出した。AHR発現は、NRAS変異株におけるMEK阻害剤有効性と関連し、SLFN11発現はトポイソメラーゼ阻害剤に対する感受性を予測した。

研究者らは、大規模な無記された細胞株のコレクションが、抗癌剤のための前臨床階層化スキーマを可能にするのに役立つと記している。前臨床現場における薬物応答の遺伝的予測の生成と癌臨床試験設計への組み込みは、「パーソナライズされた」治療レジメンの出現を加速させる可能性があると結論づけている。

しかし、前述したように、これらの細胞株からのデータによって効果を予測できる可能性は低い。

では、何故食い違いは起きるのだろうか。その原因の1つは、長い間、医師達が生きている生物の機能を無視してきたことにある。例えば、癌細胞の種類が違えば増殖速度が違うが、研究者は薬に増殖を遅らせる効果があるものと勘違いする。また、培養フラスコ内の環境も大きく影響し、細胞の密度も影響するが、研究の多くが配慮されず、データの補正がされていない、など。

追伸
「ゲノム」を、「ジェノム」に訂正したことに疑問をもたれた方へ説明します。この国では、医師も科学者さえも「ゲノム」と言っています。しかし、「ゲノム」などという言葉はありません。当初、一般の表現である「ゲノム」と書きましたが、本稿では、発音に近い「ジェノム」と記すことにしました。(2023.9.10)

引用文献
Inconsistency in large pharmacogenomic studies
Benjamin Haibe-Kains, Nehme El-Hachem, Nicolai Juul Birkbak, Andrew C. Jin, Andrew H. Beck, Hugo J. W. L. Aerts & John Quackenbush
Nature volume 504, pages389–393(2013)

Systematic identification of genomic markers of drug sensitivity in cancer cells
Mathew J. Garnett, Elena J. Edelman, Cyril H. Benes
Nature volume 483, pages570–575(2012)

The Cancer Cell Line Encyclopedia enables predictive modelling of anticancer drug sensitivity
Jordi Barretina, Giordano Caponigro, Levi A. Garraway
Nature volume 483, pages603–607(2012)

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電子タバコ関連肺損傷は酢酸ビタミンEが関連する [医学一般の話題]

酢酸ビタミンEは、51人の患者中48例の気管支肺胞洗浄(BAL)液で同定された(94%)。対照的に、酢酸ビタミンEは、18人の電子タバコユーザーを含む99人の健康な参加者から採取されたBAL流体では検出されなかった。また、患者または比較群のBAL流体には、ココナッツオイルとリモネンを除き他の優先毒性物質(植物油、中鎖トリグリセリド油、ココナッツオイル、石油蒸留物、および希釈テルペン)は検出されなかった。

尚、リモネンまたはココナッツオイル(それぞれ1人の患者のBAL流体に含まれる)が何らかの毒性作用を有するか否かは不明。

50人中47人のBAL流体中にはテトラヒドロカンナビノール(THC)またはその代謝産物が含まれていたか、病気の発症前90日間にTHC産物を吸引したと報告されていた。ニコチンまたはその代謝産物は、症例患者の47人のうち30例(64%)で検出された。

ビタミンEアセテートは、精神活性物質である「テトラヒドロカンナビノール(THC)」を含む電子たばこの増粘剤として使用されることがあり、拡大している肺疾患の原因である可能性が以前から指摘されていた。違法市場において、酢酸ビタミンEでTHC油を切断することは一般的であると報告されている。FDAは、ほとんどの症例関連THC製品流体には、23から88%の範囲の平均濃度で酢酸ビタミンEを含んでいると報告している。


テトラヒドロカンナビノールはカンナビノイドの一種。多幸感を覚えるなどの作用がある向精神薬。大麻樹脂に数パーセント含まれ、カンナビジオール と共に大麻の主な有効成分。

CDCの調査でも、患者29人の肺液の全例から酢酸ビタミンEが検出された。CDCのAnne Schuchat副所長は、「今回の検査結果は、ビタミンEアセテートが肺の中の原発部位に存在するという、直接的な証拠を示している」と指摘している。

アメリカでは、電子たばこに関連するとみられる肺疾患の患者が2000人を超え、死者は39人に上っている。疾病対策センター(CDC)は11月8日に、「ビタミンEアセテート」が原因物質であると発表している。

酢酸ビタミンEは、ビタミンE(α-トコフェロール)と酢酸のエステルで、この構造から界面活性剤の層を貫通できるため、脂質蛋白質複合体である肺サーファクタントの脂質の主成分であるホスファチジルコリンを貫通して肺機能を障害する。酢酸ビタミンEは多くの食品に含まれており、化粧品やサプリメントにも使用されているが、吸入すると肺機能を障害する可能性がある。

しかしながら、これらの調査は直接的な原因を特定できるものではなく、因果関係を知るにはさらなる研究が必要。CDCは、当局が「電子たばこ(ベーピング)製品の使用に関連する肺損傷(e-cigarette or vaping product use associated lung injury、EVALI)」と呼んでいる疾患は、複数の物質が原因となっている可能性もあると述べている。

出典文献
Vitamin E Acetate in Bronchoalveolar-Lavage Fluid Associated with EVALI
Benjamin C. Blount, Mateusz P. Karwowski, Peter G. Shields, et al.,
NEJM December 20, 2019 DOI: 10.1056/NEJMoa1916433

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動物モデルの不都合な真実 [医療クライシス]

生物医学研究は基本的な病態生理学的メカニズムを探求し、新しい治療アプローチを評価し、新規の薬剤候補を特定して臨床試験を行う。マウスモデルの実験は、薬物候補を特定し、ヒトへの臨床試験の前段階として広く使用されてきた。しかし、これらの試みのほとんどは成功を示していない(1.-4.)。特に、炎症の分野における成功率は極めて低い。

そもそも、マウス臨床モデルが患者のヒト炎症性疾患をどの程度模倣しているかを、分子ベースで体系的に評価する研究は行われていない。ヒトにおいては、異なる病因による急性炎症ストレスが非常に類似したゲノム応答をもたらすが、対応するマウスモデルの応答はヒトの状態とは相関しない。

研究者や公的規制当局は、動物研究の結果がヒト疾患を反映していると仮定している。しかし、動物実験には基準がなく、極めて雑で、試験方法や評価に細心の注意が払われることもない。さらに、これら実験動物たちの、生命の尊厳に対する倫理観も欠如している。

マウスモデルにおける転写応答は、マウスとヒトの間の進化的距離、細胞組成の違い、ヒト疾患の複雑さ、マウスモデルの近親交配、単一の機械論的モデルの使用などが分子応答に見られる差異に寄与し得る。また、患者の臨床ケアに関連する事象は、マウスモデルで捕捉されないゲノム応答を変化させる可能性が高い。

何十億ドルもの研究費を投じて行われた、マウスを使用した数百件にのぼる脳卒中の治療薬はヒトでは効果は認められなかった。マウスに作成した脳卒中はヒトの脳卒中とは根本的に別物であり、マウスによる実験から学べることはない。

現代の生物医学研究は、マウスモデルの使用を基礎として構築されてきた。しかし、人間の病気を模倣するために開発されたマウスモデルの分子結果を、そのまま、人間に直接変換できるとする仮定はもはや成立しないことは明らか。

最近では、ヒトの臓器組織から作られた「臓器チップ」の有効性が証明されている。例えば、肝臓チップは肝臓移植が必要な患者にとっては現時点で役には立たないが、肝臓の代用として、肝機能を模倣して薬の効果を試験することができる。これらのシステムはヒトそのものの組織を使用するため、動物実験のような種差による影響を受けずに生体そっくりな条件で実験できる点が優れている。さらに、生物医学研究における動物実験の失敗率は92%に達し、大量の動物たちを無残に無駄に殺害する行為を回避できる。

製薬業界も医学界も、動物実験の科学的欠陥が立証されてもなおその不都合な真実を隠蔽し、無意味な実験を続けている。近い将来、真実が正当に受け入れられ、動物実験が一掃される日が来ることを切に願っている。

一方、この文献で興味深い点は、マウスモデルにおける相関の欠如とは対照的に、外傷と火傷の間の患者における非常に一貫したゲノム応答が観察されているとのこと。

異なる、基礎的な急性外傷を有する重症患者は同様な生理反応を有し、全身性炎症反応症候群(5.6.)として知られている状態にある。この症候群の根底にある分子機構は病因の開始に関係なく類似しており、薬物標的の追求の中心となる。

未だ実証はされていないが、ヒトにおける外傷、火傷、内毒素血症の間の非常に高い相関は、この仮説を強く支持しており、そのようなアプローチが可能であることを示唆している。

出典文献
Genomic responses in mouse models poorly mimic human inflammatory diseases
Junhee Seok, H. Shaw Warren, Alex G. Cuenca, Michael N. Mindrinos, et al.,
Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Feb 26; 110(9): 3507–3512.
Published online 2013 Feb 11. doi: 10.1073/pnas.1222878110

二次文献
1.
Pound P, Ebrahim S, Sandercock P, Bracken MB, Roberts I, Reviewing Animal Trials Systematically (RATS) Group (2004) Where is the evidence that animal research benefits humans? BMJ 328(7438):514–517..OpenUrlFREE Full TextGoogle Scholar

2.
Hackam DG, Redelmeier DA (2006) Translation of research evidence from animals to humans. JAMA 296(14):1731–1732..OpenUrlCrossRefPubMed

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van der Worp HB, et al. (2010) Can animal models of disease reliably inform human studies? PLoS Med 7(3):e1000245..OpenUrlCrossRefPubMedGoogle Scholar

4.
Rice J (2012) Animal models: Not close enough. Nature 484(7393):S9..OpenUrlCrossRef

5.
Bone RC (1991) Let’s agree on terminology: Definitions of sepsis. Crit Care Med 19(7):973–976..OpenUrlCrossRefPubMedGoogle Scholar

6
Rangel-Frausto MS, et al. (1995) The natural history of the systemic inflammatory response syndrome (SIRS). A prospective study. JAMA 273(2):117–123..OpenUrlCrossRefPubMedGoogle Scholar

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変形性股関節症に強く関連する臨床所見とは [医学一般の話題]

6 つの研究、1110 人の患者と 1324の股関節データ中、509件(38%)が股関節OAの放射線証拠を示した。

股関節OAを特定するために最も有用な所見は、スクワットによる後部痛(sensitivity, 24%; specificity, 96%;likelihood ratios (尤度比 LRs); 6.1 [95% CI, 1.3-29])。尤度比は6.1で十分だが、感度の24%は随分低いように思うが、、。

他動的外転または内転による鼠径部の痛み (感度; 33%, 特異度; 94%, LR;5.7 [95% CI, 1.6-20])。

外転力の低下(感度, 44%; 特異度, 90% ; LR, 4.5 [95% CI, 2.4-8.4])。

他動的股関節内転の減少 (感度; 80%; 特異度, 81%, LR, 4.2 [95% CI, 3.0-6.0])。

内旋の減少 (感度, 66%; 特異度, 79% ; LR, 3.2 [95% CI, 1.7-6.0])。

正常な股関節内転は股関節OAの否定のために最も有用であった (negative LR, 0.25 [95% CI, 0.11-0.54])。

結局のところ、特定に有用であったのは、スクワットによる股関節後部痛で、股関節の内転が正常ならば強く否定できる、ということ。

X線検査ができない鍼灸師にとって、参考にはなる。

出典文献
Does This Patient Have Hip Osteoarthritis?
The Rational Clinical Examination Systematic Review
David Metcalfe, Daniel C. Perry, Henry A. Claireaux, et al.,
JAMA. 2019;322(23):2323-2333. doi:10.1001/jama.2019.19413

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慢性腎臓病の小児たちに腎毒性薬が過剰に処方されている [薬とサプリメントの問題]

腎毒性薬が、プライマリケア医師によって慢性腎臓病(CKD)の小児に高率で処方されていることが、大規模な人口ベースの研究で示されている。

フォローアップの平均3.3年間に一貫して、CKDの小児のおよそ26%に対して腎毒性を有する薬物が処方されていた。その内、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)は17%を占めており、最も一般的に処方されていた。

1997年から2017年にかけて、英国臨床実践研究データリンク(CPRD)に参加する一般診療に登録された18歳以下のマッチングされた患者を対象とした、後ろ向き集団ベースのコホート研究。

主な分析対象薬は、アミノグリコシド、抗ウイルス薬、NSAID、サリチル酸塩、プロトンポンプ阻害剤、免疫調節剤など。二次分析は、アンジオテンシン変換酵素阻害剤およびアンジオテンシン受容体遮断薬が含まれていた。処方率は多変数二項回帰を用いて計算。

1,535,816名の適格な患者から、1018件のCKDおよび4072件の非CKDを特定(平均年齢9.8歳, 男性52%, 平均追跡期間3.3年)。 CKDのある患者の26%と非CKD患者の15%がフォローアップ中に1つ以上の潜在的な腎毒性薬を処方されていた。腎毒性薬物処方の全体的な割合は、CKD患者の100人年あたり71(95%信頼区間[95%CI]、55〜93)、非CKD患者では、100人あたり8(95%CI、7〜9)。

薬物が腎毒性の証拠を有する薬物を含むように拡大した場合, 処方率はCKDの小児の71%。このカテゴリーにおいて、最も一般的に処方された2種類の薬物はペニシリン(57%)セファロスポリン(18%)。

著者らは、CKDを持つ小児の潜在的に腎毒性薬の処方を評価する最初の集団ベースの研究であると述べている。潜在的に、腎毒性薬はCKDの小児患者に高率で処方されている。使用は必要性から正当化されるかもしれないが、腎毒性薬への暴露は死亡率の高い末期腎臓病への進行に寄与する可能性があり、リスクの高い患者に対する処方において有害性に対する意識を高めるべきことは明らか。

出典文献
Primary care prescriptions of potentially nephrotoxic medications in children with CKD
Claire E. Lefebvre, Kristian B. Filion, Pauline Reynier, Robert W. Platt and Michael Zappitelli
Clinical Journal of American Society of Nephrology (CJASN)
Source Reference: Lefebvre CE, et al Clin J Am Soc Nephrol 2019; DOI: 10.2215/CJN.03550319.

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